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「よっし、頑張ります!」
台所に向かってムンと息を巻く雲来ちゃんの肩は可愛く突っ張っていた。
やる気が満ち満ちていてほっこりする。
はじめてのおつかいならぬはじめてのおりょうりのスタートだ。
「食材は一応並べてあるよ。キャベツにひき肉、玉ねぎ……調味料はお好みで」
「ウィームッシュ!」
「ロールキャベツはフランス料理じゃないけどね」
「というか調味料もキレイに並べられててすごいですね! わざわざ小瓶に移し替えて」
「まあ案外凝り性だからね。毎日立つ炊事場だから気持ちよく作業できるようにしたほうがいい」
白を基調にした台所は落ち着きがある。洗練された空気感が邪魔されないよう売られているままの状態の調味料はガラスの専用小瓶に入れ替えている。
男でここまでこだわりが強い人は珍しいだろう。
少々とっつきづらく思われるか、素直にステキだと感じ取ってもらえるか。
「マメで丁寧で……キッチン一つとっても優心くんの好きなところがたくさん詰まってます!」
雲来ちゃんは後者らしい。ホントに俺を全肯定しすぎてくれている。
このままではロールキャベツでなく俺が煮上がってしまうので、台所のヘリを指でつついて調理に向かうことを促した。
「いったん、自分のやり方でやってみてよ」
「なんだか優心くん、悪い顔してません……?」
「ごめん、してる」
「むむむぅ……。私が料理できないのを知っておいて抜き打ちテストみたいなことをぉぉ……」
「あはは! ごめんごめん! でも、雲来ちゃんのポテンシャルを見てみたくて」
ドがつくほど下手でもそれはそれで笑えるし、案外スジが良くていきなり絶品料理を作ってしまっても面白い。
鬼が出るか蛇が出るか。雲来ちゃんは『何か起こしそう』というワクワク感を掻き立ててくる女の子でもある。
「よ、よしっ……」
気合いを入れるために自分の頬をペチンと平手した雲来ちゃん。
叩かれた頬はお肉が多いからか、ぶりん! と横揺れしていた。
また触らせてもらおう……かな。
そんな風に半歩後ろから温かい目で見守る俺の前に出てきたのは……『鬼』のほうだった。いやどっちが鬼でどっちが蛇かわからんけど。
「まずは玉ねぎを切らないとですね。包丁を使うときは、確かネコの――」
(うんうん。ネコの手で食材を抑えるんだよ)
「にゃ、にゃあ〜……っ」
(猫の声⁈ それはただのケモナークッキングだろ⁈)
「ハンバーグをこねこねするときは、何かを抜くんでしたよね……?」
(そうそう! ふっくら仕上げるために中の空気を抜くんだ!)
「お、お肉さん! こねられるのに緊張しないでください! 難しく考えないで! りらっくす&すま〜いる!」
(ひき肉の肩の力を抜くな?! 最高の先輩社員か?!)
「あれれ、ハンバーグはできたけど……こんなの絶対キャベツが剥がれちゃうじゃないですか」
(よく気づいた。爪楊枝なりで固定して煮ないと巻いたキャベツは剥がれて意味をなさないんだよ)
「まあついていけないのはキャベツの努力不足ですよね! そのまま煮ちゃえ!」
(急にスパルタだ⁈ 厳しく育てるためにわざと我が子を谷底に落とすライオンの話は聞いたことあるけど、雲来ちゃんはトマトベースの出汁にキャベツを放り込むわけ⁈)
それはそれはヒドい料理センスだった。
あのジャ⚪︎アンでさえドン引いて紫色のスープを混ぜる手を止めるぐらいの。
そして、料理が出来上がった。
いや出来上がったというより調理が完了した、という表現が適切だ。
「……雲来ちゃん、これのどこがロールキャベツなんでしょうか……」
「ど、どこからどう見てもロールキャベツじゃないですか!」
言い張るが、さすがに虚勢である。自分の失敗を認めたくない。
だって目の前の机に盛られていたのは、キャベツが上から被せられただけの真っ赤な生ミンチだったのだから。
ホントに食べられない料理って『マズそう』ではなく『グロい』って第一印象になるのか⁈
「いやこれはフォローしきれないから! どこをどう見てもロールキャベツではない!」
「し、失礼ですよ……っ! 私の力作に!」
「非力非力! 非力作っ!」
「むぅ〜。これが定食屋で食品サンプルとして並んでたら、みんな『あ、ロールキャベツじゃん』って認識してくれますよ!」
「するかあ! 前衛的な美術作品かと思われるだけ!」
「し、四捨五入したら……⁈ 大目に見たらロールキャベツ認定してくれますよね?」
「四捨五入したとて『料理』のジャンルにも入らないよ⁈ これもう、少し手の込んだだけのフードロスだし!」
俺も漫才ばりにツッコミまくるが、雲来ちゃんは一切引かない。初めて産み落とした我が子に対する愛情、のようなものなんだろうか。
「も〜っ。そんなにイジワル言うなら、もう私が全部食べちゃいますよ?」
「あぁ……世界一嬉しい取り上げ行為かも」
「くにゅにゅ……ぅ。ホントに食べちゃうんだから……」
え、そういや全部食べるって言ったな?
「やめてやめてやめて!!!! ストップ!!!」
生ミンチオンザキャベツ(仮称)を食べようとスプーンを手に取った雲来ちゃんの腕を掴み、全力で静止させる。これってスプーンで食べるのが正解だったんだ。
「は、離してくださいっ……! 目の前でご飯が粗末にされるのは耐えられません……!」
「ダメだって! 作った時点で粗末にしてるようなもんだから!」
「はい〜〜〜〜っ?????!!! これのどこが?!?!?!」
全部!!!!
「やーめーて、離して〜〜〜っ! お巡りさ〜ん!!!!」
「こんなの食べたら医者が来る! 110じゃなくて119番!!」
「ほんと、凄い止め方。まるで私が首吊りでもするみたいに…………!」
「てんこ盛りの生ミンチ食うのは食べるのはニアリーイコール自死だから止めてるの!!!!」
俺の必死の制御が届いたのだろう、雲来ちゃんは「はぁ」と小さくため息をついて、
「わかりました、このお肉ちゃんたちにはごめんなさいします」
そして俺の顔をじっくりと見て、真っ直ぐな眼差しでこう言ってくる。
「私が上手にご飯つくれるように、しっかり教えてください! お願いします!」
「も、もちろん……」
腕まで掴まれちゃあそりゃあ人肌脱ぎますよ。
この後、めちゃめちゃ料理捗った。
驚くべきは雲来ちゃんは一度飲み込んだ料理をメキメキ上達させたこと……。
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