26.

「あー、なんか緊張してきたんだけど」


 俺の部屋のドアを前にして、みつねが足を止めた。

 全身真っ黒のジャージ姿のまま家中をウロウロする様子は、そういう物の怪みたいで好きだ。


「え、とりあえず前髪なおしとこ」

「隠されてる部分が左目から右目に変わっただけなんですが」


 みつねの髪は相変わらずボサっと膨らんでいる。

 顔が良くなかったら清潔感がどうのと難癖付けられそうなぐらいに。


「やだなぁ、右に向いてるほうが大物とか言うじゃん? 正装正装」

「そう……か?」


 いやそれはチンポジの通説だな?

 何とごっちゃになってんだよ、股間にドライヤーかけたりもすんのか?


「どっちにしろ大森さんは寝てるし、そんなに見てくれを気にしなくてもいいんじゃない」

「でも写真で見たかぎり、ありえん可愛いじゃん。寝ながらでも余裕で公開処刑してくる最強師範キャラじゃん」

「勝手に設定を盛らないであげて……」

「それぐらいお顔がお強いから緊張すんのさ」


 わかる。アイドルとなんら遜色ない。


「でも、みつねだって可愛いから自信持って。種類は違うけど」


 ここで言うと取ってつけたみたいになるけど事実だし。


「こ、この人たらし兄貴め〜……」


 イジっとした目で見られ、二の腕を爪でつままれる。

 おだてるわけじゃなく、みつねの心がネガティブに侵食されるのを避けたかった。


 そうした少し配慮はちゃんとみつねにクリティカルヒットしたようで、


「アタシのどこが可愛い? 目? 口まわり? ほっぺ? 鼻の穴?」


『ねぇねぇ』と腕を揺らされつつ、押し気味に問われる。


「ぜ、全体的に! でも最後のは違う気がする!」

「鼻の穴は可愛くないのかぁ……ちょっと凹む。整形しようかな」

「何をどうする気なんだよ⁈」

「ゾウさんみたいに長くしてもらう?」

「それもう整形じゃなくて変形だろ!」

「いいじゃん、ケモナー妹」


 響きとしては最高なんだけどさぁ……。

 妹さんよ、アナタはそんなに完璧を追い求めなくても世間的に見て十分すぎるぐらい可愛いですから。


「兄貴はすでにゾウさんみたいなとこあるから、獣身化きょうだいってことでさ」

「ば、バカやろっ!!!!」


 みつねの視線が完全に俺のお股のあたりに下がってんだけど⁈

 こいつってマジで、怖いもの知らずというか無茶苦茶言うときあるよな⁈


「ぬふふ、ぱお〜〜〜〜ん」

「っ?!?!?!?!」


 不敵なニヤケ顔になったみつねは、自分の腕でつくったゾウの鼻を――なんと俺のゾウさんの辺りに這わせてきた!


「兄貴のお鼻はどこぞ〜? ゾウさん同士、一緒に遊びましょ〜?」


 直接的には触れていないものの限りなく近い内股を撫で回され、背中が一面の鳥肌に塗り替わる。


 わーおイッツシスターイリュージョーン……。

 言ってる場合じゃねえ!


「や、やめっ……!」


 上体をひねり下半身をジタバタさせて逃れようとするけど、みつねのヌルッとした手つきが絶妙にマークされ続けている。

 世界一無駄な技量!!!!!


「やめろこのバカ像が!!!!!」

「それ3年何組ですか〜?」

「知らん! 3年バカ組! みつねはバカ組!」

「なにその学級土砂崩れクラス」

「学級崩壊の上位概念だ⁈」

「クラスの呼び名を『バカ』にするとか先生が道徳の授業受けろし」


 やいのやいのはしゃぎながら大森さんに対面する前の時間稼ぎをしているかのようにも見える。

 戯れつつ緊張をほぐす的な?


「ふわぁ……といれ、といれ…………」


 瞬間、扉の開く音がして呆然とする。

 その中から出てくる人はもちろん1人で、こんな光景を一番見せてはならない1人だったから。


「あり……まくんと、女の子…………?」


(史上最悪のタイミングだ……)


 そう。

 当然、ねぼけまなこを擦りつつ大きな口を開けてあくびをする大森さん。


「ぱ、ぱお〜ん」


 腕とお股、それぞれのゾウさんを絡ませあったきょうだいと、寝起きで意識が判然としていない美少女は互いに、目を見合わせて硬直した。

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