24.

「……私、そんな変な子に見えますか?」


 んんん、と眉をひそめつつ自分の顔を指す。

 約束が違うじゃないか。大森さんがそう思うのは当然っちゃ当然だ。


「誤解しないで、大森さんは1ミリも変な子じゃないから」


 言ってから思ったけど数ミリは変な子だな。食欲絡みで。

 ただ、みつねにとって不快な変質さを与える子かと問われると、もちろんそんなことはない。


「なら会いたいなぁ〜……。私は仲良くなりたいです」

「ごめんね、ちょっと事情が」


 手を合わせつつ平謝りすると、大森さんは『う〜』と惜しそうな表情を浮かべたのち、両手を広げて力強く言った。


「そのうち私の家族になるかもしれないので、今のうちに挨拶しておきたいのもあるんですよっ!」


「ど、どこまで見据えてるのさ……」


 大森さんが有間家の一員に?

 あははぁ、どうやって侵入するつもりなのかなウチのペットにでもなるつもりなのかなぁ。


「……まあご無理は言えません。私は来させてもらってる立場ですし」


 どうにか納得してくれたみたいだ。


「いや、ホントにごめん。元々は会えるつもりで今日来てくれたのに」

「ううん、仕方ないです。それに」


 大森さんは数時間前まで唐揚げの乗っていた平皿を持ち上げて斜めにし、こちらに見せてきた。


「有間くんとおうちデートできただけでも、すっごーく幸せでしたから! ごちそうさまでした!」


 上唇に僅かに残る唐揚げの油を舌でペロリしながら満足げに頭を下げる。

 その表情に曇りはなく、心から喜んでくれたことが伝わってきた。


 ……その顔、その言葉。やっぱり何度貰っても嬉しいな。もはや大気圏まで飛び上がってしまうぐらいに。


 双方ホクホクになった俺たちは、示し合わせたわけでもなく自然に隣り合って座る。床に座ったまま肩をぴたりと引っ付け、ベッドの脚に背中を預ける。


「はあぁ……結局こういうのが1番ですね」


 温泉に入っているみたいな声。

 特別なことをしなくても、家で美味しいものを食べ、ゆったりとした時間をボーッと共有する。


 俺も同じく、これが『1番』で至高だと思った。


「ねぇ有間くん」

「ん」

「もう少しくっついてもいいですか?」

「大丈夫だよ……って、OK出す前から寄ってきてるじゃん」


 うっとりした目つきの大森さんが、お尻を滑らせて、さらに距離を縮めてきた。

 俺の肩先にちょこんと頭を乗せて体ごともたれかかる。


「ふふふ、幸せ増えました」


(めっちゃいい雰囲気じゃん……)


 バクバクバクバク、と異常な速度で鳴り響く心臓の音はどっちのものなんだ。

 ……いや、きっとどちらのものでもある。


 ふわっとした柔軟剤の匂いが鼻腔に侵入し、大森さんの肌の温かさがじんわりと伝わってくる。


 まるでお花見をしているときのような……そういう類のほんわかさを感じながらも、真横で無防備になる美少女に平常心ではいられない。


「お腹いっぱいになりましたかね」


 無言がこの空間のドキドキを加速させている気がして、当たり障りのない話を振る。


「はい、おかげさまで〜」

「良かった。頑張って揚げたかいがあるよ」

「……揚げるときって、何を考えるものなんですか? 手持ち無沙汰じゃないです?」

「一応、火の通りとか油のプクプクを見てはいたけど」

「まーじめ。さすが有間くんですね」


 ごめん、ちょっとごまかした。

 なんだかイケイケの気持ちになり、俺は大森さんの秘孔を突くように、少しズルい言い回しをする。


「美味しそうに食べてくれる大森さんのことも、チラチラ浮かんでたけどね」


 大森さんはどこまでもピュアな子だ。

 こんなことを言ったら照れて、舞い上がってくれると容易に想像がついていた。


「わ、私のこと考えながら揚げてくれたってことですよね?」

「そうなる、かな」


 大森さんはきゅうう、っと目を一の字に閉じ、歓喜を滲ませる。


 側面だけを肩に乗せていた頭はクルリと45度回転し、大森さんの顔がうずめられた。


「私たち、いつの間にかこんなに仲良しになっちゃったんですね……?」


 仲良し。

 定義が非常に曖昧な言葉だけど、普通の友達程度の『仲良し』を超えつつあることは自覚していた。大森さんもきっと、そういうニュアンスを含ませている。


「…………ふわぁ」

「こんなくっつきながらあくびしてるじゃん」

「ご、ごめんなさい……。いっぱい食べたら眠くなっちゃって」


 いつものごとく軽く5人前ぐらいは食べたのだ。もう血糖値のフェス状態じゃないの。爆上がりしすぎて。


「全然寝てくれてもいいけど」

「いいんです? もちろんくっついたまま寝ますよ?」


 誰に見られるでもないし、かなりイチャイチャな感じになるけど別に構わないだろう。


「うん。お腹いっぱい食べたら眠くなるもんね」


『ありがとうございます』と大森さんは俺にもたれたまま、幸せそうな顔で目を閉じた。


 何をしてもバレない……そんな無防備な表情が、俺の男の部分をバシバシに刺激してくる。


 まあチキンすぎるので枕に徹するだけだけど。唐揚げも食べたことだしな?


「Zzz……。有間くん、まだ食べられますよぅ……」


(いや、『もう食べられないよぉ』が相場だろ!)


 夢の中でもパクパク食べ、底知れぬ食欲を見せつける大森さんだった。


 完全に寝ついて意識が飛んでいる横顔を見てふと、思う。


 まずはみつねに、大森さんを見てもらって、徐々に心を開く準備をしてもらえばよいのではないか、と。

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