22.

「おっじゃましまぁ〜す♪」


 俺の家に入るためにウキウキで腰を折り曲げ、焦げ茶色のサンダルを脱ぐ大森さん。


 その何気ない日常の仕草にも、俺は動揺しっぱなしだった。


(どこを見てればいいんだよ……)


 ノースリーブからのぞくお餅のような腕。

 そしてお肉がムニっとはみ出たお腹。


 そう、今日の大森さんはあまりに露出が多い。

 なにか変な体勢をとった拍子に、見えちゃいけない部分まで見えてしまわないかとドキドキするのだ。


「有間くん、もしかして今私のことめっちゃ見てました?」

「がっ……」


 お尻を突き出した前傾姿勢のまま、大森さんが顔だけこちらに振り返った。

 ば、バレた……! この至近距離で言い逃れできない……!


「えへへ、ぜひぜひ! いっぱい見てくださぁい!」

「ま、マジ?」

「はいっ! だって有間くんに見て欲しくて、こんな格好をしてきたんですもん!」


 ふふふ〜、とお尻を軽く横に振る。エロ釣りをしてやろう、というのではなく単純に気分よく尻尾を振っているように見えた。


 だが俺も男だ。どちらにせよそいつには強烈に視線が吸い寄せられる。


 ……緩やかに丸みを帯びて、柔らかそう。


「あ、上がるよ! 俺の部屋は3階だから!」

「はぁ〜い、有間くんの後ろついていきますっ!」


 やべえ、家なのに全然落ち着かない。

 どうやったらキモく見えない?

 どうやったら自然?


 いつもより全てが近くて、ダイレクトに五感を揺すぶってくる大森さんの猛攻……俺は今日、生きて帰られるのだろうか。

 いや帰るもなにもここが帰る場所のはずなんだけど。



 ♢




「有間くんのお部屋、どんな感じなんでしょうかね〜♪」

「別に部屋は普通だよ」

「部屋、は?」

「うん。でも今日はわざわざ大森さんが来てくれたし、おもてなしの用意はさせてもらってます」

「ホントですかっ⁈ 有間くんのおもてなしってことは〜……?」 


 階段を登りながらすごい期待を背に感じる。

 多分、その予想は当たってると思うよ。


 そしてその期待は、いつしか俺にとって嬉しいものになりつつあった。


(変わったなぁ、俺も)


 少し前までは、大森さんにご飯を求められることを負担に思うこともあった。

 だからお昼に何度訪ねて来られようと、ストイックにひとり飯を貫いていた。


 でも、最近は――いや、タレに漬け込んだ鶏肉を揚げてるときさっきだって。

 それを口いっぱい頬張って、子どもみたいな笑顔と絶賛をくれる大森さんが頭のどこかにちらついて。


 もうその甘い幸せの虜と言っても過言ではないのだ。


「……ふふふ、もう。有間くんって絶対モテますよね〜?」


 部屋のドアを開けるなり、大森さんが『お手上げ』みたいに吹き出した。


「残念ながらモテはしないよ。もてなしはしてみたけど」

「あ〜あ〜、今のダジャレのせいでせっかくの感動が120点に減点です」

「元々何点だったんですかね」

「女の子ってそれぐらいサプライズには弱いんです、すっごくすっごく」


 大森さんをもてなす際にご飯を作る、なんてのはサプライズというより見え見えの範疇だったと思う。


 それでも、人が欲しいものを期待通りに提供することが……『モテ男』という最上級の評価に繋がった。


 気配りができる人だと思ってくれたんだろう。嬉しい。


「でーも」

「…………う?」

「あんまりモテられすぎても……私的には困っちゃいますね?」


 後ろは見ない。見られない。

 背に感じるとてつもなく柔らかい感触が、俺の体を完全にフリーズさせたから。


 今日はかなり強調されている胸やお腹、実際に押し当てられるとここまでぷにんぷにんとしていたなんて。


「いつも幸せな気持ちにさせてくれて、ありがとうございます」


 俺の脇の下から手を回し、背中にぴたりとひっついたまま……大森さんは熱い吐息を鼓膜に流し込んできた。


 部屋のドアを閉めきって、文字通り2人きりの空間になった瞬間の出来事に、俺はオーブントースターに入れられたのかと思うほど灼熱の顔を静かに覆った。


(ううぅ……どんだけ無自覚に小悪魔やってんだよ、この子は……っ)

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