20.

「よりにもよって、兄貴といい感じの女の子がこんなに可愛いなんてさ。はぁ、世の中結局顔だ、顔」


 すっかりやさぐれてしまい、1番上までジッパーを上げたジャージの中に口元を隠してしまう。


「お、大森さんは顔だけじゃないから!」

「じゃあもっとズルいじゃん」

「あ」

「可愛くて性格も良くて、その他諸々もハイスペック。こんな子と競って勝ち目あると思う?」


 さすがに恋愛対象としての競争ではない(と信じてるぞ?)けど、唯一心を許せて頼れる家族が別の人と親密になるのは、きっと嬉しくはない話なんだろう。


 他の子より複雑なみつねの場合は、特に。


「アタシ、根暗だし。見た目も地味で、笑顔だってジメッとしてるし」


 ここが河川敷なら、川に小石を永遠に投げつつぼやいている……そんなテンション。

 鬱ゲージが着実に上昇してる。マズい。


「落ち着いて、みつね」

「あー、イヤイヤ。兄貴がどこかにいっちゃったら、いよいよアタシは……」

「大丈夫だって。この間だって、自分で勇気を出してバスケ部に挑戦できたじゃないか。みつねはいざとなったらデキる子だよ」


 自分の中で一つ決めていることがある。

 それは、みつねの前では絶対にお世辞やウソをつかないこと。


 この子は勘がいいからすぐにバレるし、『気を遣われてたんだ』と気づくことで、さらに落ち込んでしまうから。


「自己評価は……確かに合ってる。とてもじゃないけどみつねは、明るくキャピキャピした快活さがあるとは言えない」


 だから、思ったことをそのままぶつける。

 それがみつねの救いになれば、と思って。


「でも、それも個性じゃん。明るい子は目立つし、目立つから正しいように見えるけど」

「兄貴……」


 潤むみつねの瞳を見据え、励ますように微笑んで、


「みつねにも違った良いところがあるし……その、可愛いところだってあると思う。俺は……」


 最後でどもるあたりが俺クオリティ。

 まあ言いたいことはなんとなく伝わっただろ。


「…………さすあに」


 口角を釣り上げながら飛んできたお馴染みのセリフは、いつもと重みが違って感じられた。


 そしてそのうっとりした顔を見て悟る。


 ……あぁ、また一段と、みつねのからの依存度を上げてしまったと。


「兄貴はアタシを1番大切にしてくれる。かといって無責任に褒めたりもしない。真剣に向き合ってくれてるのが伝わってくる」

「み、みつねさん……?」


 むぎゅっと抱きつかれた。

 ジャージの表面の毛玉が、コロコロと俺の肌を撫でる。


「だから離れられないんだっての……」

「か、かといって物理的には離れても良いのでは……?」

「ヤだ」

「…………っ」

「アタシはもう、兄貴にこんなにも手懐けられてんだよ」


 腹の上で頬ずりされる。

 自分の肌を刻み込むマーキングみたいだな、と思った。


「ねぇ、


 兄貴ではなく、そう呼ばれる。

 おどけた様子はなく、ボサリとした前髪の隙間からギラつきさえ感じさせる視線が飛んでくる。


「アタシじゃイヤ? アタシだけじゃ満足できない? きょうだいだからダメなの? それとも女の子として魅力が足りない?」


「お、落ち着いて……?」


「無理、無理無理無理……。お兄ちゃんが誰かだけのものになっちゃうなんておかしくなりそう。アタシにはお兄ちゃんしかいないのっ……」


 ぎゅうう、と胴を抱く力が強くなる。

 縛り付けるように。


「お兄ちゃん、ねえお兄ちゃん……好き、大好き……っ」


 上目遣いで好きを連呼される。

 好かれてることに嫌な気はしない反面、大声で物申したくなる。

 こ、困った妹……っ!


 これが血の繋がってない女の子相手だったら、俺はもう押し倒して抱き返してしまっていたかもしれない。


「できたらアタシにだけご飯を作ってくれるお兄ちゃんで……ダメ、かな?」


「ん、んんんんん…………」


 迷ってる時点で兄としてダメなんじゃないか?

 いやでも正直、


 ――私は、有間くんにがっちり胃袋掴まれちゃってるんですよ?


 大森さんのぷにぷにした笑顔が頭に焼き付いてしまっている。


 あの気持ちの良い肯定、癒し、多幸感を。


 ゼロに捨て去る気にも、俺はなれなかった。


「別に大森さんと仲良くしても、みつねが大事な家族であることは一生揺るがないから!」

「……んん」


 納得しているのかしていないのか、どうにかみつねは沸き上がる言葉を喉元で止めてくれた。


「だからまあ……もう少し気楽に考えて? ね?」


 今のみつねにかけられる言葉はこれぐらいだった。


 ポケットではラインがブルブル鳴っていた。

 俺にラインをしてくる人なんて――、

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