19.
「……兄貴、しばらく休みな」
クラスの女の子が家に来ると予告した瞬間、みつねは俺のおでこに手を当てながら心配そうに言った。
「いや俺は正常だから! 頭がおかしくなったわけじゃないから!」
「おかしくなってる人は自分では気づかないって言うよ」
「あのなあ、みつね」
「兄貴が家に他人を呼ぶ? しかも同級生のおなご? どう考えてもありえんから」
失礼なやつだ。
俺にも友達の1人や2人ぐらいいる。はず。あはは年かな、すぐには思い出せんけど。
「名前は? どんな見た目? 性格は? そもそもどうしてウチに来るの?」
「マスコミか! 質問は順番に一個で!」
「じゃあ何カップ?」
「そんなの聞いてなかったでしょ⁈」
大森さんの豊満な体つきなんて脳内に浮かべるだけで鼻血が出そうだ。
変に煽るような質問はやめてほしい。
「……まあ、みつねのために簡単に情報共有をしておくとだな――」
この空間は当然みつねの家でもあるので正直に打ち明けた。
大森さんは少し変わっているけれど、鬼のように可愛いこと。
加えて性格も純粋で好感が持てること。
そして、俺は大森さんの弁当まで作り、毎昼を2人で過ごしていること。
聴き終えたみつねは『はぁ』と大きなため息を吐く。
「……おいクソ兄貴、イチャラブしすぎ」
「い、イチャラブって言い方……の前に、クソ兄貴って言い方!」
みつねのやさぐれてる部分が露骨に出てきている。
「可愛い同級生を餌付けして、毎日2人で乳くりあってんでしょ? これはなかなかのプレイボーイですねぇ。というかヤリチ――」
「うるさううるさいうるさーい!」
まともな兄なら妹の口から聞きたくないであろう言葉が飛び出しかけた。
世の変態お兄ちゃんならいざ知らず。
「……写真」
「見たいの?」
「兄貴が可愛いって言うぐらいだし、どんな子か気になる」
濃紺色の学校のジャージで気だるそうにソファに座っていたみつねだが、俺のほうへピトピト忍び寄ってくる。
そりゃ俺みたいなのが女の子を呼ぶ、なんて言い出したら根掘り葉掘り興味がわくわな。
とはいえ、ツーショットなんて持っていないから入学式の日に撮ったクラス写真を見せることに。
「ねぇ、 陰キャは自撮りとかしないわけ?」
「今世紀1番の『誰が言ってんだ』」
「え〜? アタシ陽キャだし自撮りとかしょっちゅうするけど〜?」
「あのな、陽キャは自分のことを陽キャって言わないんだぞ」
陰キャ/陽キャなんて区分けを気にしてるのは陰キャだけだと思ってる。
「ほら、自撮りしてんじゃん」
「ちょ、みつねっ!」
よほどレスバで負けたくないのか、みつねはその場で自撮りを敢行。
俺の真横にぴとりとひっつき、内カメラが起動したスマホを首から回してきた。
「こんな距離で自撮りするやつがあるか! カップルじゃあるまいし!」
「家族なんてカップルより親密に決まってんじゃん」
「だからといって物理的距離を縮めるのはなあ……っ!」
「いいじゃん、おにーちゃん?♡」
「都合いい時だけお兄ちゃん呼びすんなー!」
すったもんだするたび、薄い胸が、だがしかし確かに主張し、みつねが中学生……成長期の女の子であることを知らしめてくる。
きょうだいでなにやってんだ、俺ら!
「ふ、ふぬぬぬぬ……」
みつねは肩を組んだ体制のまま、慣れない親指さばきでシャッターボタンを押す。
カップル顔負けの近さで映った俺らは画角こそ一緒だったけど、ブレブレで幽霊みたいだった。
「はい最高の写真。待ち受けにしちゃお」
「こんなブレブレの待ち受け見たことないけど」
「じゃあもういっちょ撮ってくれる?」
「ま、また今度な」
「よっし、楽しみにしてるよ〜」
兄となんて喋りたくすらない妹がほとんどだろうに……。
みつねの俺依存はどうにかしたほうがいいな。
と、思っていた矢先の出来事であった。
「……は? ちょ、ちょっと待って兄貴。意味わからん」
約束通り大森さんの写真を見た妹の顔が、衝撃に青ざめていた。
「誰がアイドルの宣材見せてって頼んだ?」
「じ、実は今度これがウチに来る大森さんって子で……」
怒っているのか、絶望しているのか。
未知に恐れ慄くように揺れるみつねの瞳をうかがいながら、俺はゆっくり言った。
「ヤだ……」
だが、少し遅かったみたい。
元来、シーソーの真ん中で片足立ちをしているような不安定な子なんだ。
少しの不安で大きく取り乱してしまうことなんて、他の誰でもない俺が1番知っていたはずだというのに……。
「兄貴が、盗られちゃうのは、イヤだって……」
震えた声のみつねが、俺の胴へすがるように抱きついてきた。
その気弱な様子は庇護欲を駆り立てられて可愛いけれど――この子の場合、本気で放っておいたらマズいという危機感めいたものも煽られる。
大森さん、ホントにウチに呼んでいいのか?
そして、大森さんに相対したみつねはどうなってしまうの?
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