16.
まるで競技かるた大会の名シーンみたいに、指を重ね合わせてお互いの顔を見る。
大森さんは多分本気でドキドキして。
俺は『マジかよ』と彼女の様子を確かめて。
「ねえ。私の手、すっごく熱くなってるんですけど……」
「よ、よくドキドキできるね。オンザ肉寿司で」
「だって触れているのが有間くんなんですもん……。もうこの辺のお肉、全部ウェルダンになっちゃう」
「それはもはや手が燃えてるレベルでは……?」
恥ずかしさをごまかすようにツッコんだが、大森さんは黙りこくって微動だにしない。まるで今の瞬間を噛みしめているみたいに。
そして何を思ったか一言、
「有間くん、ずっとこうして手をひっつけていましょう」
「イヤだよこんな寿司の真上で⁈」
「え~、じゃあ私の一生のお願いをここで使いますから!」
「切り札をゴミ箱の中に召喚するんじゃない!!!!」
と、引っ張り合うようにお寿司の上で手をすったもんださせていると。
トテン。
「あー、ほら。炙りカルビくんが巻き添えを!」
俺たちの手に当たった寿司がコケて、ネタとシャリが分離した。
「あぁあぁ。俺がちょうど食べようか迷ってたやつ」
「お、そうなんですか? これで2つ目ですね。ちなみに横のローストビーフも食べるなら2つ目で、後ろのハンバーグなら初めて!」
「俺のこと見すぎでは」
「ふふ、あったりまえです!」
あったりまえ、ではないだろ。
「とっ、隙あり」
「あ、有間くんがしれっとおててを離してる!」
「なんで不満そうなんですかね……」
「可哀想です、私と倒された炙りカルビくんもどっちも」
ひどい仕打ち、と顔を手で覆っているけど隙間からニヤけた顔が見える。楽しそうでなによりですけど。
「5億歩譲って私のやりたいことが中断されたのは許します」
「そこまで譲歩しないと許してくれないレベルだったんだ」
「でもっ!!!!」
「うわ! 急に大声、ビックリした!!」
大森さんは捨て猫を見るような目つきで、倒れた炙りカルビをしげしげと眺める。
「これはお寿司に対する立派な虐待だと思いますよ?!」
「……コケただけじゃん」
「だけ?! 有間くんは車で人を轢いても『轢いただけじゃん』って言うんですか?!」
「スケールが違いすぎるでしょ」
「最近の子は食べ物を大事にしない、とか言いますけど!!! まさか有間くんもそっち派の人だったんですか?!」
「ダメだこりゃ……」
過保護すぎて逆に問題になるお母さんみたいだ。
「ちゃんと責任持ってもぐもぐしてください」
「言わなくても食べるけど……っておいおいおいおい?!」
「? 私がちゃーんと有間くんに食べさせてあげますので」
俺の声が裏返ったのは大森さんの行動があまりに信じがたかったからだ。
「にゅっ、にゅっ、にゅっ……」
「し、素人板前だ……っ!」
大森さん、やわらかそうな手でバラバラになったネタとシャリを握り始めた?!
「いくらなんでも、自分で寿司を握り直さなくてもさ?! ほっといても俺普通に食べたし!」
「いくら?これは炙りカルビのお寿司ですけど」
「あーダメだこの人お話が通じない」
「魚の卵とお肉の最終形態……ほら、全然種類が違う」
「頼むから今から食べるカルビのことを『お肉の最終形態』って表現するのはやめよ?」
揃えられた人差し指と中指が、ぺっこんぺっこんとネタの上で不器用に弾む。
シャリを支える手のひらは、その圧力を受けてモチっと沈み込み、寿司酢によって微光沢を帯びている。肌のキメの細やかさがいっそう際立つ。
「これ、結構きもちぃです……」
リズミカルな動きに合わせて大森さんの体も愉快に弾む。
寿司屋の職業体験をする子どもみたいじゃねえか。
そしてノリノリのまま炙りカルビ寿司をリメイクし直し、
「へいお待ちっ!」
ニカッと満面の笑みを咲かせながら、俺を見てきた。テカテカの手のひらの上にポツンと乗る一貫の炙りカルビ寿司。
出来たから食えと言われている。
「こ、これはかなり抵抗があるっていうか、その……」
別に大森さんの手が汚いとか言ってるんじゃなく。
むしろほんの少し前までこんな可愛い子の手に濃密に触れていた物を口に運ぶのは男としての欲望を掻き立てられるのだが。
……そうだ。掻き立てられすぎるのだ。
「俺、女の子の料理とかも食べたことないし!いきなりが握りたての寿司ってのはなんかこう……刺激が強すぎる気がする!」
口から含む『女の子』の成分が多すぎる。
普通に手作り料理をいただくとは訳の違う生々しさがゆえのビビり。
「うーん、よくわかりませんっ!」
だが大森さんに、この微妙なニュアンスが伝わるわけもなく。
えいや、と思い切りよく。
「…………ふご」
それはそれは大胆に、炙りカルビの寿司を口に突っ込まれた。
「はい、もぐもぐして?」
「…………んんんんんッ!」
俺の唇からそろりと手を引き戻しながら様子をうかがう大森さん。
自分で握ったお寿司のリアクションってきっと……いや絶対気になるよねぇ。未知の体験すぎて。俺も料理をする身だから気持ちはわかるし。
「お味、どうですか?」
「あ、味は変わらんでしょ……」
「うわあ、良かったですぅ!」
喜んでるけど味付けは職人が既にやってたからね?
「ぐちゃぐちゃになったお寿司を問題なく修復!あれ、もしかしてお寿司屋さんに向いてるかも……」
鼻の下を伸ばしておどける。
修復……とは言っているけど、口の中の寿司には少しの違和感がある。
(ホカホカだ………………)
それはきっと大森さんの手の温もりで。
彼女のクリームパンみたいな可愛らしい手で作られたお寿司だよ、というのがダイレクトに咥内に伝わる。
「このお寿司を握ったのはわ、た、し!」
「…………っ!」
「えへへ〜。有間くんが満足げで嬉しいです!」
なんだよこの変な感覚!もとい興奮。
美少女女子高生が握った寿司を食べるなんて、相当珍しい実績解除だ。
左上に金色の寿司のトロフィーが表示されるのが目に浮かぶぜよ。
「あ! あと私、あっち行きたいです。ちょっとまっててもらっていいですか?」
「あぁ、うん」
すいません、と軽く頭を下げて早歩き。走りはしない大森さん。
きっとまた別の食べたいものを見つけたのだろう。
(俺の弁当……)
ハシゴはさすがにマズイだろ、と思い出す。
一応頑張って作った弁当だけどな。大森さんはこの場に夢中になって忘れてしまってるのかな……。
「いいものを買ってきました!」
5分ほどして戻ってきた大森さんは、俺に見えないように後ろに組んだ手で何かを持ってきたみたいだ。
その笑顔は今日1番――爽やかに見えた。
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