15.

 ローストビーフの握りをつまみ、大きく開けた口に放り込んだ大森さんは、


「んんんんんんんんんん……っ!!」


 可愛く地面をパタパタとキックし、比喩ではなく本当にほっぺが落ちそうとばかりに頬に手を当てている。


 美味しいものを満喫する大森さんが結局1番可愛い。


「どんどん食べな。まだまだまだまだあるから」

「はいっ、ありがとうございます! うわ〜、次はなににしようかな!」


 指先をお寿司に向けつつ品定め。

 次の餌食はどのお寿司だ。


「? 有間くんは食べないんですか?」

「あ、あぁ。食べてるよ」

「ウソだ〜。全然食べてなかったですよ〜」


 まずい、大森さんばかり見て手が進んでいなかった。普通の昼飯時だし、俺だって普通にお腹が空いてるはずなのに。


「いらないのなら有間くんの分まで私が食べちゃいますよ!」

「やめて? てかホントにどれだけ食べる気?」

「あはは、冗談ですよぅ! 有間くんが食べてください!」

「大森さんの場合ひとつも冗談に聞こえないんだよなあ……」


 俺が注文した4貫程度のお寿司なんて朝飯前だろ。昼飯中だけども。


「まあまあお腹的には余裕ですけどね?」

「案の定じゃん」

「でもこの肉寿司は有間くんにも食べて欲しいなぁ〜」


 ホンネを漏らした独り言のようにつぶやき、大森さんは両頬に手を当てる。自然にどこかおねだりするような雰囲気が香る。


「ありがとう。なんだかんだ俺に気を配ってくれて嬉しいよ」


『寿司』『好き』ニアミス自爆事件のときだってそうだ。

 大森さんは食を中心にかなり奔放だけど、自分勝手な子じゃない。


「ふふふ。だって美味しいものは大切な人と共有したいじゃないですか!」


 くしゃりと笑って、肉寿司と俺を交互に見る。サラッとそういうことを言わないで欲しい。


「た、大切な人……」

「はい! ……あ、もちろん私にとっての大切な人は有間くんですよ?」


 念押しされなくてもわかる。

 俺だってそこまで読解力がないわけじゃない。ガチ照れしているのだ。


「た、食べるっ……!」


 照れを隠すように大袈裟に腕をカルビ寿司へ伸ばし、口に放り込む。


「あー、これは確かに絶品だね」


 噛めば噛むほど甘い脂が肉から吹き出してきて、トッピングの岩塩が絶妙に舌先を刺激する。


 シャリも綿のようにふわふわでお肉の旨みを存分に染み込ませていた。


「ねっ?! すっごくすっごく美味しいですよね?!」


 言った通りでしょ、と大森さんが肩をぶつけて興奮気味に言ってくる。

 ボブの切端がふしゃりと俺の肩を撫で、食材本来の匂いをかき消してしまうような甘い女の子の匂いが鼻孔をくすぐる。


 味集中カウンターならぬ、味集中不可ベンチである。


「ハラミも美味しいですよ! あとこっちのすき焼き風もっ!!!」

「いやおばあちゃんぐらいご飯勧めてくる! 自分のペースでいただくよ!」

「あはは、ごめんなさい!」

「食が絡んだときの大森さんはやっぱりクセモノだ……」

「いえすパクチーガール!」


 じゃれつくような無防備な笑顔。

 おどけて舌を出しつつも、俺の食事ペースをかき乱している自分の頭を『ダメだぞ』と軽くコツン。


 場は和やかな落ち着きを取り戻し、互いに気になる寿司を食べ合う時間に。


「はむっ、はむっ。これもおいひい……」


 一口ごとに大森さんから至福の声が漏れ、体が幸せそうに微動する。


 あぁ、この生き物は一生見ておける。


「大森さん、地味に牛タン食べてないんじゃない?」

「はい、まだですが」

「そっか。これマジでヤバイよ。なんというか……ヤバい」

「あははっ、語彙力吹っ飛んじゃってるじゃないですか」

「ぜひ食べてみて欲しい」

「終盤の楽しみに置いていたんですけど……是非すぐにぱくぱくしてみます!」

「マジでオススメするよ。これはスゴい」

「食べる食べる! 有間くんが私に勧めてくれたものなんてワクワクしかないです!」


 なんだか嬉しい。別に俺が作った飯ではないのに。

 これがご飯の喜びを共有するってことか。


 大森さんは素直に言い切って、『牛タン牛タン……』と指先で寿司の大群を探している。

 こんなに食ったのにまだまだ残っている。


 俺は……初見の手ごねハンバーグでも食べるか。


「「あっ」」


 牛タンの上で指先が触れた。


「ロマンチックのかけらもないな……」


 こういうのは図書館で同じ本を取ろうとしたときに手が触れたりするからいいんだよ。


 こんな生モノを介してキュンとできる人なんて……、


「そう……ですか?」


 いた。

 真横のキテレツちゃんが、上目遣いのまぶたをパチパチして俺のことをガン見してきていた。

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