9.

 ――「兄貴に手間かけてばっかりだったら悪いし。盛り付けはアタシがやる」


 ハヤシライスの用意があると聞き『起動』を始めたみつねは平時より生気をたぎらせてそう言った。


 気だるげに生きているけど、根は実直な子なんだよな。


 兄として誇らしく、頷きながら妹の背中――ほんの少しだけ大きく見える――を眺めていたわけだけど。


「見て、できた」

「みつね…………ホントにお前ってやつはなあ」


 真っ白な平皿の上に盛られたハヤシライスを見て頭が痛くなる。


 両端にそそり立つ2基の細長い米の塔。

 その間を結ぶルーの河川。

 一方空中では、米の塔どうしにスプーンの橋が架けられ、2階部分まで形成される。


「ピカソでもこんなアーティスティックなご飯食わんからな?!?!?!」


 どういう思考回路でこの盛り付けに辿り着くんだよ……。というかよく完成させたな、食べづらいとかいう次元超えてるだろ。


「ひひ、ヨーロッパの街並みを再現してみた。川とモダン建築の融合」


 自信ありげに鼻の下をこすっている。


「すごい?」

「すごい」

「さすあに」

「さすが兄貴を略すな一文字しか楽できてないぞ」

「大事なのは語呂ゴロ。少年野球と一緒」

「いやそういう指導されるけど!全然上手く言えてないから!」

「でもこのハヤシライスは?」


 すごく褒めに飢えてる感じがするな。

 いや飯しか使わないで西洋の雰囲気を演出してるのは正直スゴすぎるけど。誰が見てもヨーロッパだ、ってわかるし。


 ただ、これを飯でやっちゃうあたりみつねの感性が異質なのは言うまでもあるまい。

 天才なの? あるいは単に変人すぎるだけ?


「上手いよ、頑張ったね……」


 ガラス製品に触れるように褒める。

 するとみつねは、中学生らしい穢れの少ない笑顔を見せた。


「頭ぽんぽん」

「…………はい?」

「今日、アタシすっごい疲れたから。兄貴にぽんぽんして元気つけて貰いたい」


 普通の中学女児は、兄貴に頭なんて撫でられるとむしろ元気が削がれるんだよなあ。


 嗚呼、我が変人妹……。


「……はい。これでいい?」


 半ば渋々、でもみつねを放っておけない気持ちで頭にそっと手を伸ばす。

 くしゅりと髪の毛が動き、みつねは気持ちよさそうに目を細めた。


「すっごくいい、さすあに」

「ったく、きょうだいでこういうことをするのは良くないんだよ」

「誰が決めたの?」

「…………法律?」

「なーんだ法律かあ」

「なんだとはなんだ。法律なんてめっちゃ大事なもんでしょ」

「私の人生の世界の中心は総理大臣様じゃなくて、私だからなあ」


 猫背で気だるげながらも舌をペロリと出して強い意志をのぞかせる。


「パンクロッカーかよ……」

「だってそう思わない? 別に犯罪に手を染める気もないけどさ。我が道しか往かんぜって感じ」


 そうなんだよなあ、みつねを世の中の「はぐれ者」と片付けるのはもったいない気もする。


 しっかりと我があって。

 ハヤシライスの盛りつけで見せたようなセンスもあり。


 ……それが少し、今の世の中や他人と相性が悪いだけな気もする。


 みつねが自分らしく活き活きとしていられるように俺もそばで支えていきたいな。


「このハヤシライスだって、余ったんじゃなくて余らせてくれたんでしょ?」

「……あぁ、正解だよみつね」


 やっぱりこういう感覚は鋭いな。

 新歓で軽食が出るとはいえ、みつねがそれをろくに食べてこないことなんてわかりきっていたから、あらかじめ多めに晩飯を作っておいた。


 どうだい、『さすあに』だろ?


「ホントいつもお世話になってます、世界で一番好きな兄貴」


「えぇ…………」


 驚きの声が漏れる。

 見慣れた、どこか不器用な笑顔を向けられるぐらいだと思っていた。


 だけど。

 今日のみつねはよほど感謝を感じてくれているのか、


「これからもアタシから離れないでね…………?」


 なんと、大胆不敵にも俺の胴に抱きついてきた。回された腕は蛇のようにしなやかに、俺の体を強めに縛ってくる。


「か、加減して!!痛いっ!!!!!」

「なるほど、痛くなくしたら兄貴にハグしてもいいんだ」

「だからそもそもきょうだいでふしだらなことをするのはグレーゾーンであってだな……!」


 俺が叫ぶと、みつねは不敵に口角を上げ、


「黒でも白でもない。グレーゾーンの橋の上を全力疾走……それがアタシの生き方」


 そんな魅力的な妹に軽く依存される俺であった。


 あぁ、多方面に向けて弁当づくり頑張らないと。

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