5.

 人体模型のバタバタもひと段落し、移動教室ならではの6人掛けぐらいの大きな机に、大森さんと並んで座る。

 そしていよいよそのときが来た。


「はい。どうぞお食べくださいな」


 俺の弁当を振る舞う時間だ。

 さっきの罪悪感が完全には拭えないので気持ち丁寧めに、保冷バッグから取り出した弁当箱をスススとスライドさせる。


「…………おいしそう」

「まだ箱しか見てないけど⁈」


 腹ペコの大森さんは透視ができるのか。すごいな。


「だって有間くんのお弁当なんて! 美味しいに決まってますもん!! 約束された勝利!!!!!」

「く、くれぐれもハードルは上げすぎないで」

「そのハードルを余裕で越えてきます、絶対に!!!!」


 ぐっぐっぐ、と立てた親指でアピールされる。

 いっそのことこれでお口に合わなかったほうが面白かったりして。


 ……いや、ダメだな。

 早いこと大森さんに満足してもらって、毎日の襲撃にケリをつけないと。


「お弁当箱もお揃いにしてくれたんですね! 嬉しいですっ!」

「そうそう。お揃いで……って、え?」


 あえてお揃いにした記憶はまるでないのだが。


「? 不思議そうな顔をしてますけど、ほら」


 大森さんが俺のほうの弁当箱に手を伸ばして、2つ並べてみせた。


「た、確かにお揃いになってる……」

「ふっふふ~。まるでカップルになったみたい!」

「違うんだ、これはそういうつもりじゃ!」

「あー。有間くん照れてますか? 正直に女の子とお揃い弁当してみたかった、って言ってくれてもいいんですよ~?」


 ホントに違う! 不慮の事故! 昔にまとめて買った弁当箱だから、同じ種類の色違いになってるだけなんだ!


「あえてお揃いにしようとしたんじゃなくて、揃ったのはたまたまなんだよ! ごめんね気持ち悪いよね⁈」

「ぜーんぜん。だからむしろ嬉しいです」

「嬉しい嬉しくないの問題じゃなくて……っ!」


 大森さんがどう感じるかは置いておいて、俺がニチャつきながら女の子と弁当箱を揃えていた気味の悪いやつだと思われるのがイヤなんです。


「ふふ、なんでも良いですよ。有間くんのお顔、お弁当箱ぐらい赤くなってます!」


 大森さんは赤色の弁当箱を軽く持ち上げ、優しい視線を俺の顔との間で反復横跳びさせている。


 照れるからもうそれ以上見つめないで欲しい。


「じゃあ、ホントにもぐもぐしましょう! お弁当冷めちゃいます!」

「お弁当なんて冷めてナンボの世界でやらしてもうてるでしょ」

「あはは、そう言われたらそうでした!」


 幸せそうに鼻の下を伸ばしつつ大森さんは色違いの弁当箱をピタリとくっつける。


「…………う」


 いや、ピタリとくっついたのは弁当箱だけじゃなかった。だから変な声が出る。


「近い、すごく近い」

「ん〜? そうですかぁ〜?」


 俺らの肩もだ。

 大森さんのワイシャツが俺のそれと重なってくしゃりと皺をつくる。


「イヤです?」

「イヤ……というより単純に食べづらいでしょ?! 大森さんはお箸を持つ右腕が俺にピッタリだし?」

「このぐらいの不便どうってことないです! 最悪、利き手の矯正します!」


 激急造のコンバートすんな。人の足りない弱小少年野球チームか。


 ……イヤじゃないけど緊張するんだって。

 すごく懐かれているような気分になって。


「そんなに引っ付きたいの?」

「はいっ!」

「謎だ……」


 単純な疑問を呈すると、大森さんは指先をつんつんしつつ、されど迷いなく話し始めた。


「もう。有間くんのせいですよ」

「俺のせい?」

「はい。だってお揃いの弁当箱なんかにするんですもん」


 やっぱり弁当箱が揃ってる件が気にかかってんじゃん。

 キモいよなそうだよな。


 ……いや、キモかったらひっつかないか。

 となると揃いの弁当箱が大森さんにもたらした作用は、むしろ逆で。


「こ、こんなことされたら、ホントに付き合ってるみたいでドキドキ止まりません…………」


「……っ!」

 

 さっきの失態を受け入れてくれる感じとか、こんなグイグイ甘やかしてくれる感じとか。


 大森さんがいよいよ天使に見えてきた。


(余計な雑念を持つな、俺!)


 大森さんの目当てはあくまで俺の弁当だけだったはずだ!

 俺本体には興味なんてないはずで、逆に俺も変な期待を持っちゃいけない。


 大森さんに特別な感情がわくと、今後も面倒すぎる弁当づくりを続けなきゃいけない可能性があるんだぞ?!


「お、おーい? 有間くん?」


 フリーズしていた俺の顔の前で、大森さんが心配そうに手をシュバシュバ振る。


「だ、大丈夫! ほら、弁当が冷めちゃうから早く食べよう?!」

「あはは! さっきの私と同じドジをしてます!」

「ぐぬぬ……」

「でも、良かったです。付き合ってるみたい、なんて言われてイヤな気になったのかと思いました!」


 だからイヤなわけじゃないんだ。


 だって大森さんは変わった人だけど、女の子としてのスペックはSSR級。

 そんな子にここまで甘やかされては、否が応でも男としての本能がくすぐられる。


 飯周りのちょっとしたキテレツ加減を差し引けば、だけど。


 弁当箱の蓋をカパッと開ける音。

 とうとう勝負のときがきた。


「はっ、はっ……。おいひそう……ぅ」

「?!?!?!?!?!」


 刹那、真横の光景に目を疑った。


 だって横にいたのは人じゃなく……犬だった(?!)。


「も、もしもーし……?」


 いや、犬ってのは限りなく事実に基づいた誇張だ。


 俺の隣で座っていたのは。


「はっ、はっ、はっ……」


 ご開帳になったお弁当箱を前に、本物の犬みたく両にぎりこぶしを顔の近くに寄せて舌をぺろりんと出す大森さんだった。


 は、はあ?

 あざとすぎる……っ! いや、ご飯を前にしてワンちゃんプレイ…………?!


(こういうところ! こういうキテレツなところを差し引かないといけないの!)


 さっき再確認したばかりの大森さんへの評価を、俺は胸中で大絶叫した。


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