6.
ちょっと幼げなところや人懐っこいふわふわした性格も込みで、俺は大森さんを動物に例えるなら犬だと思っていた。
けど。
所作まで犬だと、いよいよ本物の犬なんすわ。
「てろてろてろ……」
「舌先をぺろぺろするのはやめよホントにやめよ」
「わうわうっ!!!」
ベロにも手つきにも、ドッグフードを『待て』しているときのトイプードルが憑依している。
褒められた行儀ではないのかもしれないが、この興奮しきった様子は……、
(ちょっと可愛すぎるかも)
待ち望んでいたものに脳のネジが緩みきってる感じ。全身全霊で『好き』なものにしっぽを振る感じ……良い。
この素直な犬を飼いたいな、と思わされてしまう。エサ代で家庭が破産しそうだけど。
「美味しそうなものを前にした大森さんは犬になるんだ?」
確かめるように問うと、大森さんは言葉ではなくジェスチャーで解答。
「わんわん!♡」
俺の弁当を指さして。
サムズアップで好感を表現し。
自分のボブの上に拳を2つ置いて、犬の耳をつくってみせた。
……なるほど、俺の解釈は合っているらしい。
最興奮の大森さんは言葉での感情表現がままならない。
「お、おあがりよ」
「いただきますっ!!!!!」
ずっと可愛いわんころと戯れているわけにもいかないので食べることを促すと、大森さんは元気すぎるぐらいに手を合わせた。
大きく挨拶できて偉いでちゅね。
「はわわ〜!!!これ、ホントに有間くんがつくってくれたんですかっ?!」
そして大森さんは、箸で半分に切り分けたコロッケを口元に持ち上げる。
いきなりメインからいくタイプね。
「いちおう……」
「やっばいですね。ほっぺた落ちそうです!!」
「せめて食ってからでしょ。フライングほっぺた落下しないでもらって」
美少女の食レポでありがちな表現として、『私の顔ぐらいのおっきさ!』というのがある。食べ物の大きさ、そして女の子の顔の小ささのどちらのスゴさも引き立たせる。
でも大森さんの丸顔ではそのテクニックは通用しなそうだ。
お肉と顔がわんぱくに並ぶほうが似合う。
そういう気取らなさ、良い。
「はあむっ……んんんんんんん〜〜〜!」
おっきな口でコロッケを頬張った瞬間、大森さんの口からは逆に、聞いたことのない甲高い声が発せられる。
甘美な電撃に撃たれたかのようにビクンと体が波打ち、比喩ではなくホントに落下しそうなほっぺたを押さえている。
(ぶっ刺さってるな、こりゃあ)
「あ、有間くん…………?」
「な、なんですかいな」
ゆらゆらと瞳の奥が揺れている。感激をこぼさないように受け止めているお皿みたいだ。
これはすごい熱量をぶつけられる。
だが言葉の嵐に身構えた俺を襲ったのは……柔らかい感触で。
「ぎゅ〜〜〜う」
「え、ちょ」
「美味しいお弁当をありがとうございます、お返しですっ!!!」
大森さんの柔らかい体が、俺の体を抱いていた。そのぷよんぷよんとした弾力は大変クセになって、真冬のコタツの中ぐらいの凶悪な依存性があった。
(あぁ、ずっと包まれてたい……)
「じゃなくてっ!!!!」
「あぁ〜、そんなに無理やり離れなくても」
「ダメだろ!!ここ学校だし、そもそも俺らは普通のクラスメイト同士なんだから!!!」
やっぱり不純な感じがしてダメだ!
気持ちよさにかまけて女の子と抱き合い続けていると、他に大事なものを失いそうな気がする!
「えぇ〜? 私はシェフに感謝を伝えたかっただけですけど!」
「そういうのの相場は高級レストランでしょ?!『シェフを呼んでくださる?』的な」
「確かに!でも私、フツーにサイゾリヤとかでも料理人さんを呼んじゃいます!」
呼ぶな。
フリーズの食材を解凍してる大学生バイトが出てくるだけだ。
「美味しがってくれてるのはよく伝わってきたよ。でもいきなりこんなことされたら、俺も焦るし」
「それはそうですね、ごめんなさい。つい」
『つい』だって。
本能的にやっちゃった、みたいなニュアンスが逆にドキドキを増してくるね?
「はっきり言って、有間くんのお弁当は私の今まで食べたお料理の中で一番でした」
「おぉ、それは強気な……」
「ウソじゃないです、私の目を見てください。いや、お腹のほうがいいです?」
「…………目を見てればわかるので」
ナチュラル露出狂すんな。
「こほん。そ、それに。男の子の手料理を食べたのももちろん初めてで――」
顔つきが変わる。
ご飯のことを考えるときの大森さんは子どもみたく無垢な雰囲気だったんだけど、今はどこか照れているような。
「わ、わたし……」
「?どうかした?」
「いや、これを言っちゃうと、でも……」
「何か弁当に気になることでもあった?」
「弁当が気になるっていうか、有間くんが気になるっていうか……?」
奥歯に物が挟まったような言い方。
大森さんの場合、比喩でなく本当に挟まっててもなんら不思議ではないのだけれど。
「…………あぁ、もう! うじうじしてても私らしくないですよね!」
スカートの上から太ももをパン!と叩き、真横の大森さんは、張り詰めた空気を切り裂くように、大胆に叫ぶ。
「私はもう有間くんに胃袋掴まれちゃいましたっ!!!!すみません!!!!」
気はずかしさを押し殺すように、握りこぶしをぎゅうっと太ももに押し付けている。
「……へ」
言われてしまった。
だってそれは、言葉の意味を汲むと、俺を『好きだ』と言ったようなもので。
「…………へっ」
昨日の夜は、倍量の弁当を作るのが面倒だったはずなのに。
昼休みの安らぎを乱してくる自由な大森さんに、俺は多少なりともピリっとしていたはずなのに。
今日で、毎昼にたかってくる大森さんとの関係に区切りをつけるはずだったのに。
――こんなことを言われてなお、女の子を拒絶して跳ねのけられる男ってこの世に存在しているんだろうか。
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