恋愛漫画好きの帆波とイケメン相手役な俺

@LEDCYU

第1話

鳴瀬なるせくん、あの、あのね...」


人気のない校内の木の下で制服を着た男女が向かい合っている。桜が空を舞い、爽やかな風が2人の頬を撫でる3月9日。3年間を過ごした中学の卒業式を迎えるこの日、俺は無感情に目の前の女子生徒を見ていた。


綺麗に手入れされた長い黒髪に、透明感がある艶肌をほんのり紅く染めた頬。加えてぱっちりとした瞳を持つその生徒には見覚えがあって、確か2年の時のクラスメイトだった女子だ。男子たちがよく話題にし、熱い目で追っていたから記憶にほんのりと残っている。


2つの綺麗な瞳が真っ直ぐに俺を捉えて、控えめな桜色の唇が動き言葉を紡いだ。


「わたし、鳴瀬くんのことが好きなの。つ、付き合ってください!」


勇気を振り絞って放たれたその告白に、俺は少しだけ目を伏せた。一拍置いて俺が返す言葉は、いつも同じだ。


「ありがとう。でも、ごめん。その気持ちには、応えられない」


「っ......そっか」


向かい合う女性の眉が下がり、徐々に瞳から涙が滲み出る。


「ほんと、急に呼び出してごめんね。どうしても、この気持ちを伝えたくて。...っ、今までありがとう」


無理に笑顔を浮かべて走り去る女子生徒を見送るのは、今日で何回目だろうか。


(ひゅ~、さっすがゆうくん。難攻不落の冷徹王子は揺るぎませんってね!)


(うるさい)


頭の中に響いた甲高い女性の声に、俺は反射的に拒絶を示した。


突然だが、俺の中にはもう1人、別の人格が存在する。彼女の名前は帆波ほなみ。恋愛漫画好きの元社会人だ。


(はぁ~♡目標に着々と近付いてるよ!あとは高校に入学して、難攻不落だったはずの友くんが好きになる女の子が現れるのを待って、でその後友くんが照れ顔とか晒しつつ女の子と恋の駆け引きをするの!)


(ほんとうるさい、黙れお前)


(友くん酷い!いいじゃん別に表で声に出してるわけじゃないんだから!)


(お前の声が頭に響いてキンキンするんだよ。ちょっと落ち着いてくれ)


は~い、と拗ね気味だが俺の言葉に素直に従う帆波とは、かれこれ約5年の付き合いになる。誤解のないように先に言っておくが、俺の方が後から芽生えた人格で、俺の元になった主人格が帆波だ。


彼女は生粋の恋愛漫画好きである。5歳の頃に帆波という前世の記憶が戻って以来、彼女はずっと今世で俺という存在をロールプレイして遊んでいた。


『目指せ恋愛漫画のイケメン相手役!』


それが彼女の目標であり、願いであり、生きる気力そのもの。幼少期からイケメンになるべく元より良かった容姿に更に力を入れ、勉強やスポーツにも力を入れて丹念に俺という存在を育成してきた。


そんなロールプレイの最中、ふと気付いた時に俺という人格が芽生えていたのである。


この事は親にも友人にも、誰にも話せていない。話した所で変人扱いされるのが目に見えているし、無駄に心配をかけて病院送りにされたくなかった。


それに、帆波としては俺という人格が芽生えたことで、ロールプレイ中にボロが出たりせずに済むから有難かったらしい。


(にしても、さすが卒業式なだけあるね。みんな叶いもしない告白なんてしちゃってさぁ)


(...後悔しないため、だろ?)


(そうなんだけど、よくやるよね。わたしなら玉砕覚悟の告白なんて絶対しない。...自分が傷付くの、目に見えてるじゃん)


どこか遠くを見るようなその声色を頭の隅に追いやりつつ、俺は元いた教室に足を進める。


卒業式を終え、これから最後のホームルームが始まる時間だ。校内を歩いていると女子生徒たちの熱い視線を感じるが、声をかけてくるわけでもない。いつもの如くスルーして通り過ぎれば、後ろの方でキャアキャアと湧く女子たちの声も今となっては聞き慣れたBGMだ。


「お、鳴瀬!お前どこ行ってたんだよ?また告白か?」


教室の前で俺に声をかけてきた男子生徒は、中学3年間ずっと連んできた仲である秦野はたのだ。質問に軽く頷いて、秦野と共に教室に入った。


教室の中にいた女子生徒の視線が一気に俺たちに集まるが、気にしないようにして会話を続ける。秦野もこの視線には慣れたもので、周りの女子たちにビクともしていない。


「んで?受けて来たの?」


「いや」


「やっぱな。相変わらずだよなお前。これで何人切りよ?」


呆れたように視線を向けてくる秦野を傍目に、俺は自分の席に座った。窓際の列の前から2番目の席だ。前の席には秦野が座る。担任の計らいで最後の席替えは生徒の自由に選ばせてくれた。


「お前も早く彼女つくれよ。恋愛に興味無いのは知ってっけどさ。女子たちが気の毒っつーか...。青春なんて今のうちって言うだろ?」


「どうでもいい」


「へーへー」


別に全く恋愛に興味が無いわけじゃない。ただ、俺はそういう存在として生まれてきて、あまり恋愛に感情が動かないだけで。あと帆波の恋愛妄想に辟易しているというのもある。


「そういやお前、最近ゲームはどうよ?ドラゴンだっけ?苦戦してるって言ってたやつ。倒せたのか?」


秦野が話題に出して来たのは、去年の10月頃にリリースしたMMOのアプリゲームだ。それまであまりゲームに手を出してはいなかったが、『ゲームきっかけに恋愛が展開するかもしれないじゃん!ほら、山○くん的な!』という帆波の思い付きにより始めたのがきっかけ。俺はあまり乗り気ではなかったが、やれと言い始めた帆波はしつこい。頭の中で騒がれると迷惑なのでリリースと同時に始めたわけだが、やってみると意外と面白かった。


コメント機能を使ってネットの先にいる人たちとコミュニケーションが取れるし、ギルドに入れば仲間意識も芽ばえる。一緒に強大な敵に挑み、何度も失敗した後に討伐出来れば大きな達成感に包まれた。


ゲームの中で仲のいい人たちも出来て、その人たちとゲームの中で話したり、一緒に討伐に出かけるのが今の俺の何よりの楽しみとなっている。


「サードラゴンか?あれならこの間倒せたよ。みんなボロボロで危なかったけどな」


薄く笑んでそう返せば、秦野もニッと口角を上げて笑顔を向けてきた。


そんな俺たちの様子に、遠くから見守っていた周りの女子たちが湧き始める。が、秦野は意に介さず会話を続けた。


「へえ、良かったじゃん。そのゲーム、そんな面白いならオレもやってみっかな」


「やるならアカ教えろよ。素材集めとか手伝うからさ」


「お、マジ?助かるよ」


何も分かんねぇからいろいろ教えてくれ── 、そう言う秦野に被さるように教室のドアが開く。入室してきたのは担任の教師だ。


ガヤガヤとしていた教室が徐々に静けさを保ち始め、秦野も前を向いて座り直した。


中学最後のホームルーム。いつもと変わらない光景のはずで、爽やかな春の風が窓から入って来ているというのに、教室内の空気は少し湿っぽい。


「卒業おめでとうございます」


その一言から始まった、担任から生徒たちに送られる言葉は、教室の湿っぽい空気を更に湿らせていく。


俺は机の上に置かれた卒業証書に目を落とした。


大きく卒業証書と書かれた横に、鳴瀬友都なるせゆうとという名が印字されている。


(卒業おめでと。あと1ヶ月もすれば高校生だね)


帆波が言う。


(友くんはこれから女の子に溺れる覚悟、出来てる?)


(.....楽しみなのは分かるが、あまり変な妄想に付き合わせないでくれよ)


(えー?高校生になったら、意外と友くんの方がノリノリだったりしてね)


(......ハァ)


(え、なにそのため息?)


小し開いた窓の隙間から入ってきた風が、無造作に整えられた髪をふわりと撫でていく。窓を見やればガラスに俺が映っていた。綺麗なパーツがバランスよく整っていて、きっと誰が見てもイケメンと評される顔立ちなのだろう。


現に、教室内に視線を戻せば女子生徒と目が合うが、勢いよく顔を逸らされた。ほんのり紅く染められた頬は俺への好意を誤魔化せないようで、その様子に少しかわいいと思えるも大きく感情は動かない。


好意を向けられる事に悪い気はしない。だが、その好意に応えられない自分がやけに嫌に思えてくる時があって、だから帆波と違って俺は恋愛というのが少し苦手で、正直よく分からなかった。


帆波が言うように、高校生になれば俺も普通に恋愛をして、嫉妬とかしたりするのだろうか。


今はまだあまり想像はつかないが、まぁ、なるようになるだろ、なんてその時は軽く考えていた。


─────────


~とある日の帆波と友都~


(ねぇ、友くん、ちょっと鏡の前に立って)


(なんだよ急に)


(いいから早く)


帆波が突然何かを言い始めるのはいつもの事だ。テスト勉強もキリのいい所で終わっていたので、俺は穂波に付き合う事にして鏡の前に立った。


(真っ直ぐじゃなくて、ちょっと斜めに立って)


(え?.....こうか?)


(そうそう。右手を口元に持ってきて、それから少しだけ顔上げて)


言われたままに行動すれば、鏡の中にどこぞのモデルのようなポーズをした俺が出来上がる。


(はぁ~♡良いわぁ!超絶イケメン!やばい!こんなのが漫画に出てきたらわたし絶対推しちゃう!)


(.....)


(あ!ちょっとなんでやめるの?!早いよ!まだもうちょっと見たかったのに!)


(うるさい黙れ)


(友くん酷い!)

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