第12話 魔力、始めました
「そういえばシェーレ」
「なんです?」
「この前出かける時、留守番が必要みたいだったけど。今回は無くて良かったの?」
「あー、それはですね。……あの時はお姉ちゃんがそろそろ起きそうってタイミングだったです」
おまけパートにて軽く紹介したが、シェーレの姉の名は「ルルー・ケイオス」。
なお、結界の目的は姉を止めることではなく「姉のいる場所に他者が入ってこないようにする」ことである。そもそも結界など、百個あってもルルーに足りはしない。
しかしキョウタは、そんなルルーのことをなにも知らなかった。
「あ、そうか。シェーレにはお姉さんがいるんだね。挨拶したほうがいいよなぁ」
「やめるです!! ゼッタイにやめてほしいです」
「……え、そうなの? なんで?」
「それは……、ですね……」
具体的に言うのも憚られる内容なのだが、シェーレはどうにかキョウタに説明するのだった……。
■
……時間はしばらく飛び、キョウタとシェーレが家に戻って「組み手」訓練が終わった後。時間としては夕方くらい。
やはりウェドメントで生活しているだけのことはあり、シェーレの格闘技術はキョウタよりかなり上である。とはいえキョウタもいくつか死闘を繰り広げており、ケガや死を怖がり過ぎることが無く、それなりに戦えるようになっていた。
「じゃ、いったんここまでですかねー。キョウタさんは休むがいいです」
「さ、流石に疲れた……。……ってシェーレ、まだなんかやるの?」
「あたしは『これ』をちょっと、です」
シェーレはそう言い、手に魔力の光を集めていた。つまり、魔力を撃つ練習をするのだろう。
「あ、俺を的にするって言ってた……」
「いや、アレは冗談ですからね? 『まだ』そんなことしないです」
「そ、そうなんだ……」
……。
キョウタは疲れていることもそうだが、魔力については一切なにも手助けができないため、大人しく家に入って休むことにした。
リビングにあるソファに座り、テーブルの上に水が入ったコップを置く。
「はー……。なんか、けっこう面白かったな」
身体強化をされてから、初めて思いっきり身体を動かしたキョウタ。その爽快感は強化前とは天地の差であり、言ってしまえばゲーム感覚。まるで五感を刺激する超体感型VRゲームで遊んでいるかのようで、ウェドメントに来てから一番と言っていいほど楽しい経験になったのだ。
キョウタはもともと活発に動くタイプではないのだが、明日になればまた訓練ができると思うと、ワクワクして自然と口元が緩んでいたほど。キョウタはもう、ウェドメントでの生活を完全に受け入れていた。
ゆえにキョウタは、忘れていた。女神キカから言われたこと。「ウェドメントの治安がとても荒れている」ということ。そして、「それを解決してほしい」ということを……。
■
その頃、シアンポスは「ルオイ砂漠」――ムザクが
彼は
「魔力も敵意も無反応だったが……、『何者か』が『回収した』?」
シアンポスは自身に、それぞれ「魔力」と「敵意」を感知する能力を付与している。情報量を制御するため、それらは同時に使用できないが、ウェドメント内で使用するにはそれだけで充分である。
もし「何者か」がウェドメント住民であれば、少量でも「魔力」を持っているので、それを元に探ればいい。そして住民でない場合、多くは侵略者。それは「敵意」を見れば感知することができる。
ゆえに引っかからないとしたら、ウェドメント住民でない、侵略者でもない者。例えば……、「キョウタ」のような者。だがシアンポスは、それを懸念してキョウタに能力を与えていた。キョウタの能力は身体強化とともに、シアンポスへ位置を知らせるレーダー機能も含まれているのだ。
「『キョウタ』は……、シェーレの家のほうだな。瞬間移動でも無ければ、ここには来られまい。……ならば、いったいどこの誰だ?」
今はまだ、その影も形も見えない。ウェドメントを襲わんとする魔の手……、否、「正義の手」が暗躍していると知る者は、シアンポスとヤタック、そして女神キカのたった三人のみである……。
「……ふむ、今はヤタックに知らせるのが限度だろうな。これ以上は良かろう。で……、次は『アレ』について、か」
シアンポスは頭を掻きながら、また次なる場所へ飛び立つのであった。
………………。
■ ■ ■
キョウタがウェドメントに馴染んだこともあり、昨夜起きたことといえば、夕食に封印食である「『空魚』のソテー」が出て、キョウタが舌鼓を打ったこと。それと、キョウタとシェーレの二人がいつも通り過ごし、親睦を深めたことくらいであった。
――そして、翌日。
また楽しい訓練ができると楽しみに目覚めたキョウタだったが、その前に一つ用事ができた。昨日の今日で別れたレインが、シェーレに
「キョウタさん。レインのやつ、もう『できた』そうですよ」
「……おおっ!」
用件は「
「朝ごはん食べたら、すぐ行くです!」
「ん? でも俺のことだよね? シェーレがそんなに嬉しそうなのは、なんで?」
「キョウタさんが魔力を使えるなら、やってほしいことがあるですから」
「ああ、そうなんだ」
………………。
そういうわけで、二人はレインの家までやってきた。
……早速リビングらしき部屋に通された二人は、テーブルの上に置かれた皿を見る。そこにあるのは、どう見ても「ポテトチップス」。例の
(そういえば、ファンタジー世界ってジャガイモが無いとか聞いたことがあるような……。ここには普通にあるのかな)
キョウタはそんなことを考えながらシェーレの顔を見るが、特に驚いているわけでもないようだ。
「レイン、あのグロいのが『これ』ですか?」
「
「あ、ええ、はい……」
「うし、なら大丈夫だね」
レインはそのポテチを一枚手に取り、続けて言う。
「これは
(あ、「ポテチ」って言った。こっちにもポテチってあるんだ)
そんなキョウタの心の声は誰にも聞こえることはなく、レインはマポテチを口に入れ、サクッという音が鳴った。
「味も最低限は確保したつもり。……さ、どーぞ」
キョウタと、そしてシェーレも唾を飲み込み……、ひとつまみして、いざ実食。
「「……」」
(――か、完全にポテチだ!)
「レイン、これホントに『アレ』ですか? ただのポテチじゃないですか。身体もなんとも……」
「言ったろ、効率75%だって。つーか、シェーレはもともと魔力使えるんだし、ほとんど効果無いから」
そしてレインはキョウタの目を見て伝える。
「そーいうわけだから、この皿のを全部食うくらいで効果が出るハズ。イケる?」
「うん、これくらいなら……」
「んじゃ、これもね。はい、ドリンク」
レインがテーブルへ手を向けると小さな魔法陣が浮かび上がり、「透明な炭酸水」の入ったグラスが三個出現した。やはり、ポテチといえばコレなのだ。
■
「……あー、おいしかった」
というわけで、比較的あっさりとマポテチを完食。キョウタは改めて、ソーダとポテチの組み合わせは凄いと感じるのだった。
なお、シェーレはソーダ二杯目とともに、「マポテチ失敗作(味は変わらない)」をレインから貰って食べていた。
「キョウタ。なんか変わった?」
「お腹がいっぱいになったくらい……、かな」
「じゃ、そろそろ来るね」
お腹がいっぱい。確かにマポテチは少なくない量だったが、それにしては満腹感が少し気になるような、といったところ。
ん? お腹、が……?
「――うおオオオオオぉぉぉッッッ!!!?」
急に体内から「熱さ」を感じ、キョウタは叫ぶ。その熱は腹部から昇ってくるが、外に飛び出ずに留まっているようだ。
「オッケー。それじゃ、あんまコーフンせずに外に来てくれる?」
「う、うん……」
……。
落ち着きのないキョウタと、顔に笑みを浮かべるシェーレ、そして一人冷静のレインの三人、は家の前の広めのスペースに出た。
「ま、まずは魔力をテキトーに出してみてよ。どこ撃っても大丈夫だから」
レインはキョウタにこう言った。
「え……っと、どうやって……」
「えー? ……あ、これも分かんねーのか。こう……、……なんて言えばいーんだろ」
「キョウタさん、とりあえず手を前に出してみるです」
「あ、うん……」
キョウタはシェーレにそう言われ、二人がいない、かつ、家のほうではない方向に両手を向ける。
「それで、えーとですね……」
……。完全に感覚の話であり、しかもシェーレとレインの二人は生粋のウェドメント住民。二人とも魔力があるのが当たり前で、魔力を撃つという感覚は生きるだけで勝手に身につくもの。
「……こう、『バーッ!』ってやるです!」
「えぇ……」
ゆえに、具体的な説明は困難を極めた。
これ以上はヒントを貰えないと思ったキョウタは、ひとまず自分の腕に意識を向ける。目を閉じ、そして……。
「バーーーッ!!」
――バァァァァァ!! 青白い光の波動が、キョウタの手から放たれた。
「わああああっ!? ホントに出たぁぁぁッ! いや出てるぅぅぅッッ!!?」
思っていたよりも魔力の勢いが激しく、しかも一瞬で出終わるかと思いきや、放出が止まりそうにない。
「こ、こ、こ、これ、止ま、と、とま……っ!?」
キョウタは自分でもなにが起きているか分からず、だが、体勢を変えるとこの光が二人や家を襲いかねないので、手を伸ばしたままでいることしかできなかった。
しかしそうしていると、体内から大事な「なにか」が抜け落ちていく感覚がしてくる。
「これ、どうすれば……ッ! どう、すれば……」
(どう……、……どうでも、いいかー……)
エネルギーやら、やる気やら。「活力」と呼べるものが、キョウタの身体から無くなっていく。それはあらゆる原動力であり、無くなることを危惧したり、疑問に思ったりする「思考」のための活力も消えてゆくため……。
……いつの間にか、キョウタの視界は真っ白になった。
「――ちょ、ちょっと、キョウタさぁぁぁん!!」
……。
■
キョウタが目を覚ますと、どこかの天井が目の前にある。
「あれ? ここは……」
「あ、起きたですねー」
「シェーレ……、レインさん……」
どうやらレインの家のベッドに寝かされているようだった。
「キョウタは本当に魔力が無いんだなって、思い直したよ。……エネルギー全部使っちゃうなんてさ」
「どういう、ことですか?」
「カンタンに言うと、電池切れとか燃料切れだね」
……レインが言うところによると、魔力はそれだけが放出されるのではなく、一度「魔力」と「体内のエネルギー」が結びつけられる。さらに放出すると、魔力とエネルギーを際限無く出し続けてしまうため、途中で止めなければならないのだ。
そしてエネルギーが完全に空っぽになってしまうと、生命活動さえ止まってしまうのだとか。止め方の分からなかったキョウタは、それでエネルギーを出し続け……。
「じゃあ、俺はそれで一回死んだってこと……?」
「いや、倒れてすぐは息があったですから、あたしが首折って殺したです」
「え……」
「ふふ。どーせ死ぬですし、生き返すのは早いほうがいいですからね」
笑顔でシェーレがそう言ってきた。確かに、下手に対応が遅れて後遺症でも残るくらいなら、とっとと殺して「蘇生薬」を使ったほうが効率が良いのだろう。
そのおかげか、キョウタは「体力を使い果たした」という感覚もなく、普通に寝起き程度のコンディションだった。
「にしてもなー、基礎からいろいろ教えたほうがいいんだろーなー……」
「まあ、キョウタさんは急ぐ必要ないですからね。組み手みたいにあたしが教えてあげるです!」
「ん? シェーレ、あんな腕前で人に教えられんの?」
「――はっ!!」
レインの
「ほら、この程度なんでしょ?」
「また邪魔するですか、レインっ!」
「弱いのが悪いんだろーが」
「この……ッ! もう許さねぇです!!」
シュババババババッ……!
……残る左腕で、必死にレインへ攻撃しながら、掴まれた右腕にも力を込めて抵抗する。しかし左の攻撃は次々受け止められ、右の抵抗はびくともしない。
「あ、あははは……」
凄まじい攻撃の応酬だが、もう慣れてきたキョウタは「二人の態度」を見て苦笑いしていた。
――カーン! カーン! カーン!
そんな中、ゴングのような音が何度か鳴り響いた。それは一定のリズムで鳴っており、まるで「電話の着信」のよう。
ちなみにこのゴングの音は、家主であるレインの趣味である。彼はこの音が好きなので、あらゆる通知時にこの音が鳴るように設定しているのだ。
そんなレインは、暴れるシェーレの両手を掴んでから彼女を突き飛ばし、指をパチンと鳴らした。
「
すると、声が脳内に聴こえてくる。
『――フハハハハ!! 聞こえるか、ウェドメント全土の諸君! 我が名はシアンポス!! 今日は貴様らに連絡事項だ、よく聴くがいい!!』
キョウタも聞き覚えがある、自信に満ちた声。魔力を得たためか、キョウタの頭にもその声は届いていた。
「あ、シアンポスさんだ」
『よいか、今回は「戦祭り」開催についての連絡だ。これより「一週間後」の、昼の十四時。
その発言を聞いた、三人の反応。
「お、おおー……」
キョウタはよく分かっていないが、凄そうなので少し驚いた。
「おおおおぉぉぉぉっ!!!!」
シェーレは、目を輝かせて喜んだ。
「うわ、ムザクか……」
一方、レインは面倒臭そうに顔をしかめた。
『今回の会場はマグラード国の「バルブルー平原」。「戦祭り」はいつも通り、参加手続きは不要、途中参加も歓迎だ! ムザクのやつをヒマにさせぬよう、せいぜい奮って参加するがいい!!! ……詳細は、追って書面で通達するとしよう。では、以上だ! フハハハハ……!!!』
……。
しばらく沈黙が流れた。
そこから、最初に口を開いたのはシェーレ。
「キョウタさん」
「……なに?」
「魔力、急いで訓練するです」
「……へ?」
「なんとしても! 一週間後に間に合わせるですよ!! ……レインも行くですよね!?」
「いや、僕はパス。ムザクじゃなきゃ行ってたけど」
「なんでですか!」
「僕にとってアイツの『武器無効』は天敵だからだよ」
「もう、ムザクさんみたいに身一つで強くなろうって思わないですか!?」
「でもお前、僕より弱いじゃんか」
「――まだ言うですかッ!!」
……再び小競り合いが始まりそうになったので、キョウタはシェーレに声をかける。
「あの、シェーレ」
「なんです?」
「一週間後の『戦祭り』って、俺も行くの?」
「もちろんですよ! あたしのために来るです!」
「で、でも、俺なんかが居ても意味ないんじゃ……?」
「だから、早く訓練するですよ!!」
「『魔力』の訓練だよね。……なんのために?」
「それは……、キョウタさんに『強化魔法』を覚えてほしいからです!!」
つづく
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