第11話 悪魔の力を略して魔力

 ウェドメントに住む生物は、人間に限らず「魔力」というエネルギーを持つ。これは悪魔に由来する力で、活用すれば肉体からエネルギーを取り出し、放出することができるのだ。

 例えば指先に魔力を込め、射出するイメージをした場合。指先の魔力に体内の熱エネルギーを纏わせて発射すると、実際に魔力と共にエネルギーが発射される。それは硬度が無いものの、当たれば軽く火傷をする飛び道具となる。

 簡単に言えば「指鉄砲のマネごと」で、本当に「弾が出る」といったところだ。


 とはいえ、そのままでは身体の熱エネルギーがどんどん外に放出されて、使い過ぎればエネルギーがごっそり減ってしまう。しかし、そうならないように魔力やエネルギーの生成効率を高めたり、空気からエネルギーを作り出したり、という技術も開発されている。


 だが、ここで提示しておきたいのはそんな細々こまごまとした話ではなく、「魔力」とは「体内の便利なエネルギー」であるということ。

 そしてそれは個人差があり、当然、玖の調停者ナインルーラーズにもあるということ。



 玖の調停者ナインルーラーズは一般人から隔離された存在である。それにより機密情報の取り扱いも多いため、専用の伝話でんわ回線もあるのだ。


 その発端は、ムザクがXENOゼノベータ達を滅ぼしたこと。ムザクはその後、専用の回線でこう呼びかけた。

『おいヤタック、シアンポス、聞こえるか!』


 それを傍受ぼうじゅしたのは飛行中のシアンポス。彼のいる場所はキョウタたちから離れており、時差の関係で夜になっていた。

「どうした、ムザク」

『どうもこうもないわ! 他に敵はおらんのか!?』

「いないな。念のため確認したが、我がレーダーにも外敵の反応は無い」

『ええい、つまらん! 暴れてやろうか!?』

「……オレとヤタックに抗えるならいいぞ?」

『………………フン!』

 玖の調停者ナインルーラーズの中でも、ヤタックとシアンポスの強さは突出している。ルール無用の戦いでムザクとシアンポスが戦えばシアンポス有利であり、そこにヤタックも加わるならば彼の勝ち目はゼロに等しい。


 しかし、ムザクといえど「退屈」という強敵の前で黙るわけにはいかなかった。

『ならば、ワシの戦祭いくさまつりを開け! それならよかろう!』

「ほう? 戦祭いくさまつり、か」


 シアンポスは目を閉じ考える……。


「成る程、確かに以前の開催から日も空いている。前向きに検討しよう」


 そしてシアンポスは伝話でんわの通信を切った。

「あまり面倒を増やしたくないが、ムザクが暴れるよりは良かろう。……やれやれ」


 シアンポスはその場で再び考え事をすると、方向が決まったのか急発進。そのまま夜明けの方角へ飛ぶのだった……。



「で……、戻ってきたわけか」

 キョウタはシェーレとともに、レインの家の玄関前にいた。レインは寝間着のような格好ではなく、ワイシャツのような上着と半ズボンのラフな姿である。

 なお、シェーレはレインから離れた位置で、彼のことを半開きの目で見ていた。



「ええ、はい……」

「ふーん。結構やるじゃん。……弱そーなとこ以外」

「あはは……」

 その会話を聞いたシェーレの目が鋭くなる。だが、キョウタとレインはお互いの顔を見ているので、そんなシェーレのことは誰も見ていない。


「それで、レインさんに相談なんですが」

「なに?」

「強くなるにはどうすればいいんでしょうか」

「……」

 待ってましたとばかりに、レインの口角がわずかに上がった。だが、すぐに真顔へ戻り、口を開く。


「急にどーしたのさ? 君、強くなりたいの?」

「まあ、そうですね」

「……手伝ってあげないこともない、かな。そーだね……」

「(なんだろう、嫌な予感がする……)」


「実は、君に手伝ってほしい研究があるんだ。……ギブアンドテイクはどーかな?」


 そう言い終わった直後、いつの間にか「シェーレの拳」がレインへ襲いかかる!

 パシッ……。しかし、腹部に当たる直前に腕を掴まれ、届くことはなかった。

「――なにするですか!」

「それはこっちのセリフな、シェーレ」

「もう、バカレイン! 放しやがれです!」

 意外にもレインは、素直にシェーレから手を放し、解放する。


「どうしたの、シェーレ?」

「コイツの研究なんて、どーせロクなもんじゃねーですよ! やめたほうがいいです!」


 シェーレの暴言にもレインは特に表情を変えず、右手を上向きで開く。そして手の上に魔法陣が出現し……、卵の形をした「チョコレート」が飛び出した。

「せめて、話を聞いてから判断してほしいね。えーっと、? だっけ?」

「あ、キョウタです」

「キョウタか。……で、実はさっき君のことを調べたんだ。そしたら、『魔力が全く無い』って分かってさ」

「『魔力』、ですか……」

 キョウタは魔力と呼ばれるものについて、「シェーレが名前を言っていた」程度の知識しかない。……生前にフィクション作品から得た知識を除けば。

 それが、この世界において便利なものという認識はあるのだが、それを自分が一切持っていないとまでは知らなかったのだ。


 そして、それを知らなかったのはシェーレも同じ。

「マジですか……? キョウタさん、魔力が……?」



「僕は魔力が無い人間を初めて見た。でも、この世のどこかに居るとは思ってた」

 レインはチョコレートの卵を手の上で浮かせながら言う。

「……もしも『これ』を食えば魔力が使える、って言ったらどーする?」


「……」

 キョウタはどう判断すればよいか分からず、口をつぐむ。当たり前だが「魔力」が良いものなのか悪いものなのか、知識が無いので分からないのだ。

 そこでキョウタは、貴重な第三者であるシェーレの顔を見る。


 ……シェーレは、ギリギリと歯を食いしばっていた。

「シェーレ?」

「ぐー……。悔しいですけど、話は聞いていいかも……、です」


 よっぽどレインのことが気に食わないのだろうが、「魔力」というものはよっぽど重要なものらしい。彼に頼りたくはないが、頼れば良い結果が得られそうというジレンマが彼女の態度に表れていた。

 なので、キョウタはレインの顔を見る。

「レインさん。そのお話、詳しくお聞きしても?」

「よしきた」



 ……とはいえ見たところ、ただのチョコエッグ。製品としてのそれはキョウタも昔食べたことがあるが、とても甘いミルクチョコレート。そう考えると、「よく効く薬だからものすごく不味い」とはならないはずなので、きっと問題は食べた後のこと。強い薬は副反応も強いと聞くので、そういうことだろう。


「まあ、カンタンな話。体内で魔力が作れないなら、作れる『設備』を体内に入れればいいんだ」

 そう言ったレインはチョコエッグに対し、デコピンのように指を弾く。するとヒビが入るのだが、ピシピシ、ピシピシ……。何故かヒビが入る音が何度も鳴る。



 そしてチョコエッグから、「生まれた」。


 ――うねうねうねうね、うにょうにょうにょうにょ……!



「いっ!!?」

 小さなチョコエッグから、とても大きい「ミミズ」のような、赤黒い紐状の生物が生まれたのだ。レインは慣れた様子で、そいつの首(?)を掴んで持っている。大きさは見たところ一メートルくらいはあるだろうか。

 その異質さというか、グロテスクさにキョウタは驚かずにいられなかった。


「これが魔力蟲まりょくちゅうって言って、エネルギーを食って魔力を作るんだって」

「そ、それを……、食べ、る……?」

「そー、昔は食ってたらしいよ」

「……ちょ、調理法とかは?」

「いや、そのままらしい」

「………………」

 見れば見るほど、ミミズにしか見えない。それを、そのまま……。


 キョウタはその生物を口に入れる想像を

「ムリですごめんなさい」


 ……想像することを脳が拒否し、提案を断ることにした。



 しかし、やけにレインは堂々としている。もしかしてウェドメントではこういった食文化も当たり前なのか? とキョウタは考えて、シェーレのほうを見た。

 シェーレがいない。

「あれ……?」

 もう少し注意深く周囲を見てみると、木の影にシェーレの姿を見つけた。


 どうしたんだろうと声をかけにいこうとすると、彼女のほうから走ってきた。否、キョウタに向かっているのではない。レインのほうへ走っていき……。両手に青白いの光が集まっているのが見える。


「――このバカァァァァァッッッ!!!!!」

 シェーレが叫びながら手を前に出すと、バァァァァァ!! と、青白い光が手から放たれた!

 そして光はレインにぶつかり、その瞬間に眩しい光と爆発音が響き渡る!! 



 ドカァァァァァン……!!



 眩しさに目を閉じたキョウタが目を開けると、息切れしたシェーレが立っていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……!!」

「シェーレ……?」

 キョウタは声をかけたが、それどころではないようで、シェーレは大量の煙が立ちのぼるレインのいた場所に向かって叫ぶ。

「な、なに見せやがったですか!! この、バカ! バカ! バカァッ!」


 ……煙が晴れると、レインは変わらぬ調子で立っていた。肌どころか、服や後ろの家さえ無傷である。一方でウネウネした「アレ」は見当たらない。

「ふー、間に合ってよかった。……シェーレこそ、魔力蟲まりょくちゅうが死んだらどーするつもりだったの」

 そう言うレインの手には、割れたはずのチョコエッグがあった。おそらくシェーレの攻撃が当たる直前に、「アレ」をチョコエッグの中に仕舞ったのだろう。


「あんなの、か、勝手に死にやがれです!! はぁ、はぁ……」

 やはりシェーレは「アレ」が嫌であったようで、レインへの怒りを存分に表現している。シェーレの感覚が自分と似ていて安心するとともに、彼女がレインを嫌う理由がなんとなく理解できる気がした。



「はー、ダメかー。でもさ、他に強くなるアテってなんかあんの?」

「そ、それは……、です」

 言葉に詰まるシェーレの姿を見て、キョウタも口を挟むことにした。

「えっと、シアンポスさんとかはどう?」


 すると、レインが少し驚いた表情を見せた。

「え、あのシアンポス? あの人メッチャ忙しいでしょ」

「やっぱりそっか、ダメか……」

 あの時のシアンポスは仕事帰りと言っていたので、たまたま時間に余裕があったのだろう。となると……、キョウタは他に頼る相手が思いつかなかった。あえて挙げるなら女神キカ……は、そもそも会えるなら強くなる必要はない。



「で、他にアテは?」

「「……」」

 二人とも、答えることができない。


「無いのか。で、僕の提案は受けるつもりはない、と」

「「……」」

「君ら、強くなる気無いの?」

「……もういいです! やっぱりこんなヤツに頼るのが間違いだったですよ!!」


 シェーレはきびすを返し、帰ろうとする。だが、もしかして……?


 キョウタは、シェーレとレインの二人に聞こえるように言う。

「ちょっと待って! あ、レインさん。俺、強くなりたいです。でも、あのウネウネしたのはちょっと、食べたくなくて……」

「……なんで?」

「ええと、その……、き、気持ち悪いからです。……見た目が」

「……」


 キョウタはレインの言葉を「文字通り」に捉えて、素直に回答することにした。彼の言葉は「そんな心構えだから弱いままなんだよ」と解釈できるので、それに口答えするような形になるが……、こうは考えられないだろうか。レインはただ「質問しているだけ」ではないか、と。

 さっきもシェーレが立ち去る前に心無い言葉を浴びせていたが、その真意は「話を聞かないから直接『そのままでは弱い』と伝えた」ということ。そしてレインに他者を傷つける意図はなく、マウントを取ろうとするつもりもなかった。

 ならば今回も似たようなことではないのか、とキョウタは思ったのだ。



「……ふーん、そーなんだ。じゃ、見た目を改良したほうがいいのかな」

 そして、どうやらそのとおりだったらしい。レインは特に怒る素振りを見せることなく、淡々と改良のやり方について考えている。


「そう、ですね。普通の料理みたいな見た目ってできませんか?」

「『普通』ってどーいうこと?」

「ええと……。俺、今朝グラタンを食べたんですけど。こう、それみたいに……」

「あー、なるほどね。あのくらいまで加工すりゃいいんだ」


 ……一時は交渉決裂となりそうだったが、こうして無事に普通の会話まで軌道修正ができたのだった。



 一方でシェーレは場の空気が変わったのを感じ、立ち止まって話を聞いていた。

「あ、アイツとまともに話してるです……」



 レインは魔力蟲まりょくちゅうの「質」を保ちながら「見た目」を良くするための研究をするということで、キョウタとシェーレは一度帰宅することにした。


 その帰り道のこと。


「シェーレ、あの青白い光が『魔力』なの?」

「そうです。えっと、こんな感じですね」

 シェーレは右手を軽く開いて手のひらを上に向け……、そこに青白い光を灯した。


「すごい……、綺麗だな」

 キョウタはそれを、まじまじと見る。そして同時に、これを女神キカに会った時に見たことを思い出した。彼女がいたのは青白い世界だったが、もしかするとあの場所には魔力が充満していたのだろうか……?

 ……だが、今のキョウタの身体には魔力が全く無いらしい。あれは魔力と似て非なるものなのか、あるいはキョウタの体内に入って別の形に変化したのか……。それを知る術はないので、キョウタはそこを考えないようにした。


「まあ、こんなの大したことないですよ」

「でもシェーレのそれ、初めて見たな。いつもは使わないの?」

「……そう、ですね。だってこれ、メチャクチャ疲れるですから」

 確かにレインに向かって魔力を放出した後、シェーレは息切れしていた。おそらく全力疾走した時のように疲れるのだろう、とキョウタは考察した。


「それにです、狙いをつけるのもメチャクチャ難しいですよ」

 シェーレは言いながら、目の前の木を左手で指さす。そして、右手に集まる魔力を人差し指に集めて、木に向かって飛ばした。


 ……だが、魔力はよろよろと動き、木に届く前に失速。地面に当たって消滅した。

「ほんっとーに、この力加減が激ムズです……。だから身体に使うほうは、いっぱい練習したです」

「『身体に使う』?」

「単純な身体強化ですね。例えば、殴る時に魔力を込めると……」


 ――シュパァァァン……!!

「こうです」


「お、おお……」

 シェーレが正拳突きのような動きをすると、破裂するような音がした。キョウタは達人の正拳突きの時に音が聞こえるというイメージがあったが、まさにそれの通り。



 今まで、華奢で筋肉もあまり付いていないようなシェーレが、何故あそこまで強い打撃ができるのか知らなかったが、これでようやくキョウタは理解できた。

 つまり、ウェドメント住民は全員がこの魔力を持っており、戦いに使用していた。だからキョウタの素の力では太刀打ちできなかった、というわけである。



「……でも、シェーレ」

「なんです?」

「強くなるには、魔力を撃つほうも練習したほうがいいんじゃ……?」

「そう……、ですよね」

 それくらいのこと、シェーレだって理解しているのだろう。

 今までは第二形態になることで、手足のようにいかずちを放つことができた。だから、魔力を放つ練習は不要だった。だが、レインに実力差を嫌と言うほど見せつけられた以上、きっと避けては通れない。


「ゆっくりやっていこうよ。俺も、できることなら手伝うからさ」

「キョウタさん……、ありがとです」


 ……二人は軽い足取りで、シェーレの家に向かうのだった。



「じゃあ、最初はキョウタさんを的にするです」

「え……っ」



つづく

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