第10話 心の天気、雨のち晴れ
玄関の扉を開けようとしていたレインに対して、キョウタは話しかけた。
「あ、あの……っ!」
「ん? ……あー。そーいや、もーひとりいたか。次はあんたを倒せばいい?」
やはりやる気のない目をしていたレインは、そう冷たく言い放った。
「いや、そ、そうじゃなくて……」
「じゃーなに? えーっと、あんたは……」
「俺はキョウタって言います。レインさん、でいいのかな」
「まー、なんでも。……そーだね、改めて。僕は『レイン・ゼブロリオ』。料理人だ」
「え……、料理人?」
「そー。このあたりには僕しか居ないんだ、料理人」
意外な職業名が挙がったことで、キョウタは驚いた。背格好や雰囲気からキョウタより年下に見えるが、強さ以外も随分としっかりしているらしい。
……だが、しっかり者といえどシェーレに
「あの、それでレインさんに聞きたいことがあるんだけど……」
「それ答えたら、寝ていい?」
「……」
彼の利己的すぎる態度に一瞬、キョウタは口を閉じてしまったが、怯んではいられない。
「……とりあえず、いったん聞いてほしいです。なんでシェーレにあんなことを?」
「『あんなこと』ってどれ?」
「その、『弱すぎ』とか『つまんねー』とかを言ったことです」
「あーそれ? だって、言わないと分かんねーみたいだったし」
「だからって、あんな……、泣かせるような言い方しなくても……!」
「え? ……え?」
レインはキョウタの言葉に、目を丸くしていた。まるで「泣かせた」など想定外であるかのように。
……厳密には、キョウタは泣いているシェーレの顔そのものを見ていないので、本当は泣いていないのかもしれない。しかしあの状況で泣いていないなら、シェーレが逃げる理由はない。
「泣い……てた?」
「まさかレインさん、そんなことも分からないんですか!?」
「……あー。そーなるんだ、あれ」
「へ……?」
■
よくよくレインの話を聞いてみると、あの発言はシェーレを傷付ける目的ではなく、本当にただの指摘が目的だったとのこと。
レインの部屋へ招かれたキョウタは、彼の言うことを注意深く聞いている。
「……食材はいーよね。人と違って、僕の言うことに逆らわない」
そして彼はシェーレの問題点について、キョウタに教えていった。
まず第二形態の「強み」は不死身であることと、身体に走る
これだけ強みがあるなら、確かに並みの相手なら苦労無く勝てる。だが、ウェドメントの強者にこれらの強みは通用しないことが多い。
一方で「弱み」もあり、水に弱いこと、電力切れで変身が解除されてしまうこと、攻撃手段がほぼ
なので、これらの弱点を突く戦法なら、レインが行ったように完封も可能なのだ。
とはいえ、どんな身体、どんな能力、どんな戦法であっても弱点を無くすのは難しい。だからこそ弱点と向き合い、不利を減らすための対策が必要なのだが……。シェーレはまだ精神が未熟で、そこまで考えが回っていない、というのがレインの見立てらしい。
「でも、それなら普通に言えば良かったんじゃ?」
「最初は言ってた。でも、変わんねーから速攻で殺すようにした。で、そしたらあの能力貰ってきた」
「あの能力って……、第二形態になる能力?」
「そー。……で、殺しても無駄になったから、次は変身前に『封印』するようにしてさ。……そしたら今度は、変身してから来るようになった」
「……」
「そーなったら同じ繰り返しでしょ? だからもう、最近は会ってなかった。これで来るのを感知してさ」
そう言いながら、レインは壁にかかった機械を手に取った。
「それは?」
「ミネシスメーター……、電力感知機。僕が作った」
見ると、扇形に目盛りが書かれており、目盛りの左端に針がある。おそらく強い電力が発生すると針が動くのだろう。
「シェーレが変身すると、値が250以上になる。そんでいちおう、天気の雷と区別できるようにアイツの魔力もメーターで測れるようにしてある」
「す、すごそう……」
レインは料理人であるが、こうした工学にも長けている。彼曰く、必要なものを作るだけで本質は料理と変わらないのだとか。
ただし食べて終わりの料理と違い、機械は使った後も残り続ける。そのため改良やメンテナンスが必要であり、他人に渡しても責任が持てない。なのでこれらは全て、レイン専用のセルフオーダーメイド品というわけだ。
「よーするに、コレが反応したらアイツは第二形態で近くにいるってわけ。だから、そしたら一時間くらい避難してればいい」
「……」
「あんたも、シェーレはめんどくせーだろ? ほどほどにしときなよ」
「いえ、俺は……。やめておきます」
「ん、やめておく……?」
キョウタが口にした言葉はシェーレに構うのをやめる、のではなく、さらにそれをやめる、という意味。つまり「シェーレに構う」ということ。
「俺、シェーレがあんなに悲しそうなの、初めて見て……、ちょっと放っておきたくないなって……」
「ふーん」
そう言ったレインは興味無さそうに、手に持ったミネシスメーターを見る。
だが、レインはそこでなにかに気づいた様子。キョウタのほうを改めて向いて言う。
「ッ!? ……あんた、もしかして」
「どうしました?」
「いや、それは後か……。あんた、シェーレを捜しに行くんでしょ? このメーター貸すよ」
「え?」
「これ、変身してなくてもシェーレがいたら反応するから。ほら」
「う、うーん……」
キョウタは少しだけ深く考え、レインに言う。
「たぶん、やめたほうがいいと思います」
「……なんで?」
「シェーレにそれ見つかったら、壊されるかと……」
「あー、それはそっか」
……。
そんなわけで、キョウタはシェーレを捜すために外へ出た。見送りとしてレインも玄関にいる。
「じゃあレインさん、ありがとうございましたー。さようなら」
「あ、ああ。じゃ」
タッタッタッ……。
……走っていくキョウタを見て、レインは呟いた。
「にしても、まさか『魔力が全く無い』人間がいるなんて」
レインは発信器代わりにミネシスメーターを渡し、それを元にもう一度キョウタに会ってみたいと考えていたのだ。だが、受け取りは拒否されてしまった。
(実験に付き合ってほしーなー……。ま、後でシェーレの家に行けば会えるかな?)
■
……キョウタは、シェーレが走っていったほうへ向かう。どこにいるか分からないので、全力ではなく小走りで。
「早く、見つかるといいな」
……。
ウェドメントという世界は、「強さ」で溢れている。
今まで見たものは皆、キョウタにとっては規格外の人や品ばかり。人間離れした超能力や死人を生き返らせる薬など、人の肉体や技術はとてつもない進歩を遂げ、それが常識となっているのだ。
だが……、それでも変わらないものがある。それは「感情」。
× × ×
シアンポスがそう叫ぶと、彼の足元から伸びる「影が砕け散った」。そしてその破片が空中に集まり……、人の形になる。
~
「喜ぶがいい! 今からこいつと存分に遊ぶのだ!!」
「やったです~~~っっっ!!!」
■
「はっ! まさか、シアンポスさんのおかげで能力も強化されたです!?」
「あ、ああ……、うん。それは」
説明しようとしたキョウタだったが、
「マジですかー! やったです、サイコーですーーーっ!!」
■
「ひどいです、ひどいです……」
万策尽き、シェーレは
× × ×
嬉しいという感情。悲しいという感情。それらがこの世界にもあるのは、きっと、それが人というものの根っこにあるものだから。
だから、きっと分かりあえる。キョウタは無意識的にだが、そんなことを考えていた。
……そんな彼だから、見つけられたのかもしれない。
林の中、途中で不自然に道の色が変わっていた……ように見えた。実際には足跡が消えただけなのだが、キョウタには色で見えたのだ。
そしてその地点まで歩き、キョウタは左右を確認する。右のほうをよく見ると、そこには「洞窟」があった。
「ここだ……」
キョウタ決して走らずゆっくりと歩き、だが、周囲の様子は観察しない。一見慎重のようで、その
もしここにシェーレがいるなら、泣いている子がいるなら。大きな音を立てれば気づかれて、逃げてしまうかもしれないからだ。
それ以外に警戒するべきことなど、キョウタの頭にはなかった。
……そうして足音を殺しながら進むと、聞き慣れた声がする。
「うっ……、ぐす……っ」
薄暗くて顔は見えない。しかし、そんなことはどうでもいい。
「――シェーレ」
「……っ!!?」
驚きを隠せぬ声。……シルエットのわずかな動きから、彼女が逃げようとしていると分かった。だが、すぐ後ろには壁がある。
……。
「なにしに……」
「……」
「なにしに来たですかっ! あ、あたしを、笑いに来たですかっ!!」
普段のシェーレからは考えられない、悲しみを含んだ怒り。そこから「拒否」「敵対」の感情が読み取れる。
当然、キョウタは敵のつもりではない。
「……違うよ」
「じゃあなんですかっ! なんのために、わざわざっ!!」
「俺はただ、シェーレを放っておけなくて」
キョウタはそう言い、ザッと右足を一歩踏み出す。
「来るな、です!」
さらに強い「拒否」の意思表示、
もちろんこの場から離れてほしいことには変わりないのだが、実態は「味方が欲しい」、転じて「味方ではないお前はこっちに来るな」というもの。
何故泣いているのかといえば、誰も助けてくれないという悲しみがその原因だから。であるならば、キョウタが離れたところで助ける者は増えないので、解決しないのだ。
要するにこれは、退いたら失望、進んでも拒絶。どちらも間違いとなる。であるなら、少しでも彼女のためになることをしたい。……キョウタはそう思った。
次は左足を踏み出す。そしてさらに右、左。
「来るなですよ! あっちいけ、ですっ!!」
言葉は強いが、シルエットは縮こまっている。包み込む……、とまでは行かなくとも、そばに居てあげたい。
もう二度と、あんな悲しい想いをしたくない……! と、キョウタはこれも無意識に思っていた。
「無意識」ということは言語化できているのではなく、あとから考えた時に「あれはこういう感情だったな」と思い返す程度のもの。
言ってしまえば今のキョウタは「無心」で、ただシェーレの気持ちを守ろうと集中しているのだ。
「来るんじゃねぇですよッ!!」
……キョウタの誤算といえば、ここがウェドメントであり、ここにいるのは界民ランクB「シェーレ・ケイオス」という人間であるということ。
本来、
――ぐしゃあッ!!
「ぐはぁぁぁ……っ!!!?」
シェーレの腕がキョウタの腹部を貫き、殺傷。
もし強者が
「しぇ……、シェー、レ……」
こうして、キョウタは命を失った。
……。
■
キョウタが目を覚ます。そこは洞窟の入り口付近で、青色の空がよく見えた。ここに来た時は朝だったが、おそらく今は昼過ぎくらい。それなりに時間が経過したことが分かる。
そして周りを見てみると……、罰の悪そうな顔をしたシェーレが壁を背に座り込んでいた。
「あ、キョウタさん……」
目を逸らそうとするのは、後悔の表れに見える。勢いで殺してしまったが、蘇生薬を使用してキョウタを生き返らせた。そういうところだろうか。
キョウタが無言でシェーレを見つめていると、シェーレのほうから言葉を切り出した。
「考えたですけど……。キョウタさんじゃ、あたしに勝てないですし、笑いに来るはずなかったですね」
「ま、まあ……、そうだね」
「……ごめんなさいです」
気分が落ち着いたのか、申し訳なさそうにシェーレは謝罪を述べた。
「いいよ。だって、こうして生き返らせてくれたんでしょ」
「そ、それは……」
……また目を剃らすシェーレ。カッとなって殺してしまったことに罪悪感があるのだろう。そこで、今度はキョウタから話すことにした。
「その、俺、レインさんに色々聞いてきたんだ。シェーレのこと」
「え……?」
「えっと確か、『第二形態は弱点が多いから、素の状態で強くなってほしい』みたいに言ってた」
「………………」
ぽかーんとした表情が数秒、だが、それはすぐに豹変する。
「あんの野郎、バカじゃないですか!?」
「……そ、そこまで言う?」
「当たり前です! 人のこと散々殺して、『強くなってほしい』です? じゃあどうすりゃ強くなるのか、教えやがれです!!」
……。
シェーレはレインに対する不満を次々口に出した。
そもそも先にふっかけたのはシェーレのほうである……、というのは置いておくとして。
何故シェーレが「第二形態に変身する能力」を得たのかというと、レインに何度も瞬殺されたからである。具体的にはシアンポスに「死なない能力」「強くなれる能力」について相談したところ、それらを両立する今の能力を紹介されたのであった。
しかし、当時のシェーレは界民ランクCであり、第二形態の能力付与には強さが足りなかった。そこで、シェーレはたったひとりで「レインを見返してやる」と死ぬ気で努力し、今のランクBの強さを得たのだという。
「これで足りないなんて……、だったら、もうどうすりゃいいですか……!」
「それなんだけど……、俺も強くなりたいって思ってさ。シェーレが良かったら、トレーニングに付き合わせてくれないかなー……、なんて」
「え? キョウタさん、強くなりたいですか? そんなつもり、無さそうに見えたですけど……」
「だって、シェーレは頑張って強くなったんでしょ? なら、俺も頑張ればいけるかなーって」
キョウタとしては、何の気なしに発した一言である。だが、なんだかシェーレは自分を軽く見られた気がしてカチンときた。
「ふふふ……、ふふふふ……。」
「……どうしたの、シェーレ?」
シェーレは眉間にシワを集めながら、キョウタに近づく。そして右手を後ろに下げ、反動をつけてキョウタの腹部を狙い……。
――パシッ。
当たる寸前のところで、腕をキョウタに掴まれた。
「え……?」
「あ、危なっ……! いや、反応できて良かった……」
攻撃を「受け止められた」ことに唖然としたシェーレは、思考が止まる。まさかこんなことが……。
洞窟内は暗く、そもそもシェーレの姿と動きが見えにくかった。一方で、今はほとんど日の下に出ている状態。
今のキョウタはシアンポスに与えられた能力により強さが底上げされているので、明るければ攻撃を目視したり防いだりすることが可能なのだ。
「……」
シェーレはうつむいて黙り込む。まさか攻撃を止められるとは考えていなかったらしい。
「ほら。こ、これなら、ちょっとはシェーレの練習相手になるんじゃないかな……? あはは……」
――ガッ!!
その瞬間、キョウタはふわりと浮き上がった。
(あれ……?)
おかしいな? なにが起きたんだろう? などと考えていると……、どさっ。キョウタは背中から地面に着地し、仰向けの形になった。
シェーレの顔を見てみると、真顔なようで口元だけ緩んでいるように見える。
「こんな『足払い』程度にかかるようじゃ、まだまだです」
そう言ったシェーレは後ろを向き、また顔が見えなくなる。
「……でも、ですね」
そうして、もう一度キョウタのほうを向く。にっこり笑顔の彼女はこう言う。
「仕方ないですから、あたしがビシバシ鍛えてやるですよ! 感謝するがいいです」
「うん。ありがとう、シェーレ」
……。
――雲ひとつ無く、青い空。
キョウタはその下で、シェーレの伸ばした手を掴むのであった。
つづく
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