第9話 嫌われるから強い戦法
青白い粒子の浮かぶ空間で、女神キカもまた浮いていた。
「それにしても
二十号の言葉群はウェドメントのほぼ全域に広がっていた。それは、このキカの耳にも届いていたのだ。当然……、彼女が「破壊」された時の声も。
「なにか使えるモノが転がってるかもしれませんね。あの砂漠の場所は……、と」
キカは考える。
今、手が空いているのは誰か。「
……。
■
森の中をシェーレとキョウタの二人が歩いている。周囲の木々には数匹の動物たちが潜んでおり、その中には「ゴブリン」もいた。
ここは、二人が初めて出会った場所。目的地であるレインの家は、ここを通った先にあるのだ。
「やっぱりムザクさんみたいなパワー、憧れるですねー」
しかしその会話の内容は出会いに浸るようなものではなく、
「やっぱり、そんなに凄いの?」
「ムザクさんは『能力無効』と『武器無効』の能力を持ってるので、純粋な実力で勝つしかないらしいです。筋力とか魔力とかの」
先ほどの
なお武器か非武器かの違いは、それが肉体の一部かどうかということ。そのため、爪や角や牙なども無力化されない。
「へぇー。ってことは、素手でもメチャクチャ強いの?」
「まず、ムザクさんって身体がおっきいんですよ。前、寝ぼけて山を壊したってシアンポスさんに怒られてたです」
「や、山……。寝ぼけて、ってことは……、全然力を込めずにってことだよね」
「らしいですね。あとドラゴンですし、魔力無しで火を吐くのを見たことあるです」
つまりムザクは、巨体ゆえにフィジカル最強、能力でも武器でも対抗できず、オマケに火を吐いて遠距離攻撃まで可能な最強ドラゴン、ということになる。
「それって勝てる人、いるの……?」
「いないから最強なんじゃないですかね?」
「あ、そっか」
そもそも
戦闘禁止の例外は
そしてその担当こそが、
……と、そんな事情などシェーレとキョウタには関係ないことなのだが。
ともかく、二人は歩いて森を抜けるのだった。
……。
■
……シェーレとキョウタは、レインの家の前までやってきた。
シェーレの家は割と大きかったが、目の前のレインの家はこじんまりとしている。
玄関の前に来たシェーレは、呼び鈴を鳴らした。すると、カーン! と「ゴング」のような音が一度だけ鳴った。
「「……」」
反応無し。
シェーレは少し眉をひそめ、次はカンカンカーン! と三回呼び鈴を鳴らした。
……すると扉の奥から、小さな足音が聞こえてくる。
ガチャ。
扉の向こうには、シェーレと似た銀色の髪をくしゃくしゃにした少年がいた。見たところシェーレよりも年上くらいだろうか。そして着ている服の材質は、キョウタの目には寝間着のように見えた。
「レイン! 今日こそあんたをぶっ殺してやるですよ!」
「はぁ……、またか」
見た目よりも意外とハスキーな声から、シェーレのことを嫌がっているのが伝わってくる。
「ほら、早く顔を洗ってくるです!」
「めん……、寝起き、サイアク……」
……レインという少年の言った「めん」は「ゴメン」ではなく「めんどくさい」という意味だ。最初の二文字「めん」を口にしたその瞬間、続きを言うのも面倒になったのである。
寝起きサイアクというのは、おそらく例の二十号の声が原因なのだろう、とキョウタは思った。もしも熟睡していたのに「あの声」で起こされたのなら、最悪な目覚めだったとして不思議ではない。
……そして、レインとキョウタは目が合った。
「あ、あはは……。どうも……」
精一杯の
「……うわ。二対一? もっとマシな手段、無かった?」
あからさまに嫌な顔をして、レインはシェーレのほうを向いた。
「違うです。キョウタさんは、アシスタントみたいなものですから」
「ふーん……? ま、いっか……。どーせ変わんないし」
「今のうちに言っておけ、ですよ! さあ、とっとと準備してくるです」
「……準備? いーよ、僕はこのままで。『朝飯前』って言うじゃん」
そう言って、レインは
ただただ、やる気の無い様子のレインに対して、シェーレは怒りを溜める。
「あーそうですか。じゃあ、いいです。……キョウタさん!」
「……うん!」
合図を受け取り、キョウタは念じることにした。
――「死んでくれ」、そして、「苦しまないで」と。
その瞬間、シェーレは眠るように倒れた。その顔は、「穏やか」で「安らか」で、苦しみなどひとつも無い様子。
キョウタはここで初めて苦しまなくする能力を使用したのだが、無事に成功したらしい。シアンポスさんありがとう……、とキョウタは思った。
そしていつものようにシェーレの身体は浮かび上がり、
「――あれ? あれ? もうなってるです……?」
当の本人といえば、目が覚めた途端に不思議がって左右の手を交互に見たり、先が無い腹部を確認したりしている。それもそのはずで、今まで死ぬ時に必ず「苦しみ」が伴っていた。それが無いのに変身していたのだから、驚いて当然だ。
「はっ! まさか、シアンポスさんのおかげで能力も強化されたです!?」
「あ、ああ……、うん。それは」
説明しようとしたキョウタだったが、
「マジですかー! やったです、サイコーですーーーっ!!」
その喜ぶ様を見ては無粋なマネだろうと判断した。
幸福感は自信を後押しする。シェーレはレインのほうを向き、高らかに宣言した。
「さあレイン! すぐにラクにしてやるですよ!!」
……。
■
数分後、キョウタは呆然としていた。
なにかが起きたわけではない。逆に、「なにも起きなかった」のだ。
今この場には、第二形態になって宙に浮いているシェーレがいる。だが、それとは別にもうひとつ、宙に浮かぶ物があった。
それは「水」で作られた球体。そしてレインはその中で胎児のように眠っている。
ただ、それだけ。ただそれだけの状態がしばらくの間、続いていた。
「うぅぅ……」
シェーレは水の球を、潤んだ瞳で睨む。何度も何度も
そして、第二形態のシェーレは水に弱い。水中では極端に動きが遅くなってしまうので、水の球の中に入るという選択肢は無い。そもそも
「ひどいです、ひどいです……」
万策尽き、シェーレは
キョウタの目の前で暴虐を働き、その強さと理不尽さからこの世界のことを教えてくれたあのシェーレが、見た目相応の少女のように「諦める」ことしかできない。そんな光景を見たのであれば、呆然とするより他ないだろう。
しかも、シェーレが
「――ッ!」
自らを目掛けて飛んできたそれを、シェーレは必死に避ける。光速とまではいかないが、音速を誇る第二形態の速度でなければ、きっと当たっていた。
そして、小さなボールは地面に着弾。するとそれは、ベチャッと柔らかく広がる。
それを見たキョウタは、こう思った。
(な、なんか「ガム」のような……?)
その跡はまるで、噛んだフーセンガムを膨らませて割った後のよう。
シェーレは回避のあと、慌てて
さらに今までに放電で攻撃したり、激しく動き回ったりした影響か、第二形態に変身した直後よりも、シェーレの身体に走る「スパークが弱くなっている」ように見えた。この形態を維持するためには、電力の蓄えが必要なのかもしれない。もしも、尽きてしまったらどうなるのか……。
この状況を見たキョウタは、コロシアムでのサイクロプスの「ハンナビース」との戦いを思い出した。なにひとつ打つ手が無く、だが、相手には余裕がある「詰み」の状態……。今、まさにこれがそんな状況だ。
ガム弾――と、小さいボールを便宜的に呼称する――をシェーレがわざわざ避けたことから、それは当たってはならない攻撃なのだということはキョウタにも分かる。
あれが本当にガムだとして……、ガムはとても粘着性のある物体だ。菓子としてのガムは小さいものだが、もしそれが大きくなると人間サイズですら身動きがとれなくなってもおかしくない。
× × ×
「……あの、君の第二形態でも勝てないの?」
「レインには第一形態のまま『封印』されるですし、お姉ちゃんには第二形態でも絶対に勝てないです」
「へ、へぇ……」
× × ×
もしかすると、あのガム弾に当たると動けなくなり、「封印」される? だから、今までに何度も撃たれたことがあり、攻撃の正体を知っていたのではないか……、とキョウタはそんなことも考えていた。
■
そう、キョウタの考えは正解である。シェーレはいつもレインと戦おうとすると、ガム弾を当てられて「封印」されていたのだ。
別に封印というものそれ自体は、この世界における「死」と変わらない。そして、レインの封印は時間経過で勝手に解除される形式のものであり、むしろ死より軽い。
しかし封印されるということは、戦えないということ。それを初手からやられようものなら「戦いを拒否された」と言っても過言ではない。それはシェーレにとって、この上ない屈辱だった。
だからこそガム弾を避けられる第二形態でレインと戦いたかった。……今までは、それが叶わずにいた。どういうわけか第二形態になってからレインの家を訪ねると、
彼はいつも必ず「外出」していたからだ。部屋の中を覗いてみると電力を感知する機械があったので、一定の値を超えた段階で外出するようにしていたのだろう。
シェーレはそれを、第二形態の強さを恐れていたと勘違いしていた。だから、逃げようがない状態で第二形態になれば強さを見せつけられると思っていた。
だが……、実際にはこのとおり。今までと変わらず「戦いを拒否された」。
(こんなの……、こんなの、もうイヤです……っ!)
……。
シェーレが第二形態に変身してから、十数分が経過したころ。始まる気配の無い「戦い」は終わろうとしていた。
キョウタの考察どおり、シェーレの第二形態は姿を維持するだけで電力を消費してしまう。そこへ
「い、いい加減……、出てきやがれです、レイン……ッ!!!」
彼女が両手を水の球へ向けて攻撃しようとしたその時……、その身に走るスパークが完全に消滅した。
するとシェーレの角は消え、髪は縮み、肌の色は青から薄橙色へ戻る。消えていた下半身も元に戻り……、第二形態が解除されてしまった。
「………………っ!」
浮いていた状態から地面へと落下し、そのまま膝をつく。その顔がどうなっているか……、言うまでもない。
そして、これによりシェーレの「動きが停止した」。ということは、水の球の前に魔法陣が出現する。
――ベチャッッッ!!
ガム弾はシェーレに命中した。
「きゃあっ!!」
粘着トラップに引っかかったようにネバネバすると思いきや、ガム弾は風船のように膨らみ、浮き上がり、球体となる。さらにそこから、シェーレの「頭」だけが出る形となり、カチカチに硬質化した。即興の牢獄の出来上がりである。
「封印」されるかと思いきや、目の前の風景は視認できる。手足は……、固められて動かせそうにない。
その直後、カンカンカーン! とゴングのような音が水の球のほうから鳴る。まるで「試合終了」とでも言いたげなその音は、レインの身体を動かした。
正確には、レインはその音を聞いて目を覚ましたようだった。胎児のような姿勢から手足を伸ばし、水を四方八方に吹き飛ばしてゆっくりと着地する。
「ふわぁー……、やっと終わったか。ま、仮眠としては悪くない」
レインは
「レ、レイン! どういうつもりですか!!」
それとは対照的に激昂するシェーレ。
「ん? だって、『分かんない』んだろ? だから、教えてやろうと思って」
「な、なにが、です……っ!」
ゆったりとした足取りで、レインは風船ガムに囚われたシェーレに近づく。
「言っていいの? 聞きたくないなら、
「……っ」
「だって、言ったら泣くよ? それに、ホントは気づいてるんじゃない?」
「……な、な、泣くわけ、ないですよっ!!」
「あ、そう。じゃあ言ってやるよ」
「――お前、マジで『弱すぎ』。戦っても『つまんねー』んだよ」
……。
ガシャァン……!
シェーレの心が、折れる音がした。
■
その音は、硬質化した風船ガムが地面に落ち、壊れた音。
少なくともキョウタにはそう聞こえていた。レインの耳には……、その音すら届いていなかった。すでにその足先は彼の家のほうを向いており、「部屋へ戻ろう」としていたからだ。
一方でガムから解放されたシェーレは、膝をついた四つん這いの姿勢となり、ただ下を向いている。その顔がどうなっているかは、キョウタからはまったく見えない。
流石に只事ではないと、キョウタはシェーレに近づいて声をかける。
「シェ、シェーレ……」
「……」
反応無し。……この近距離で、聞こえていない?
不審に思ったキョウタは、シェーレの肩に手を置いて再度声をかける。
「だ、大丈夫? シェーレ……」
「……ぅ、……っ」
――シェーレは勢いよく立ち上がり、レインと真逆のほうへ走って行った。
「ちょっと、シェーレ!? ……シェーレ!!」
顔は見えなかった。まるで「誰にも顔を見せたくない」と言っているようだった。
キョウタは二つの方向を見比べる。
片方は退屈そうに戻ろうとする、レインが歩く方向。もう片方はもう姿が見えなくなった、シェーレが走って行った方向。
シェーレのほうに行きたいという気持ちもあった。だが。
(俺が行ったところで、なにができる……?)
慰めの言葉など、ひとつも思いつかない。そもそも、シェーレはキョウタよりも圧倒的に強い。そんな間柄で慰めることは、彼女にとって屈辱ではないだろうか。格安の同情は、さらに彼女の気持ちを逆撫でするだけではなかろうか。
いや、それよりも……。何故、あそこまでシェーレに酷いことを言ったのか。彼はどういう気持ちでシェーレと接していたのか。「強者の気持ち」はなんなのか。
キョウタは、それを知るべきだと直感していた。
……ゆえにキョウタは、レインの家へと走って向かうことにした。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます