ウェドメント生活 3日目
第8話 秒殺の侵略者
まだ少しだけ暗い、早朝のこと。目が覚めたキョウタは部屋に置かれていた本棚にあった「図鑑」を眺めていた。
寝ずに起きていた……、というのは、半分当たりで半分間違い。というのもキョウタはシアンポスから「身体を強化する能力」を貰ったことで、体力の回復も通常以上の効率で行うことができた。なので少し眠っただけで体力満タンとなり、これ以上眠る必要はないと身体が判断。それにより眠れない状態なのだ。
またそれだけでなく、キョウタにとってウェドメントはまだまだ未知の世界。そこにある本や雑誌なんかも、彼が初めて見るものばかりが載っているわけである。
例えば、今キョウタが見ているのは「ドラゴン」のページ。
「……えっと? 『全長約七メートルを超える成体は』、『動植物を補食する際に土も食べる』。『タンパク質を効率よく吸収するため、土中の微生物に食物を分解してもらうのだ』……。ドラゴンって土を食べるんだ、へぇー」
……といった具合でファンタスティックな生物の生態が、とても分かりやすいカラーの挿し絵とともに記載されているのだ。
さらには。
「えっ!? ゴブリンって人間の進化なの? 『知能の代わりに筋力等の身体能力が向上した人間が、ゴブリン種の先祖である』。『生存競争の過程で体毛が緑色の個体が増加し、植物に紛れることで外敵から身を隠しながら個体を増やしたとされる』、か……。なんか、凄い話だな」
シェーレが悪魔を呼ぶ生け贄として使おうとした、あのゴブリンも載っていた。
そんなわけで、図鑑にのめり込んでいたキョウタは、時間のことなどまるで気にしていなかった。
コン、コン……。
突然、扉をノックする音。
「ん、シェーレ? ……って、ああ、もう朝なんだ」
部屋の扉のほうを向こうと図鑑から目を離すと、窓の外がちらりと見えた。いつのまにか、すっかり明るくなっている。
ガチャと扉が開くと、やはりそこにはシェーレがいた。
「起きてるですかー、キョウタさーん」
「おはよう、シェーレ」
「おはよーです。キョウタさん、予定ないですよね? このあとレインのところに行くので、一緒に来てほしいです」
レインとは、シェーレが以前言っていた友人のこと。キョウタは、確かシェーレが「第二形態になる前に封印されてレインに勝てない」と言ってたな、と思い返した。
ということは、封印される前に死んで、第二形態の状態で戦いたいのだろう。
「うん、いいよ」
予定も知り合いも特にないキョウタは、二つ返事で返した。
■
昨日の夜、キョウタとシェーレは話をしていた。特に話題の中心となっていたのは、シアンポスから貰った能力について。キョウタは身体強化の能力でランクC相当まで強くしてもらったと言うと、
「おー。無難なところですね」
というシェーレの意見。やはり基礎的な身体能力は大事なようだ。
本当は「死ぬ時に苦しくなくなる能力」を貰って、身体強化はそのオマケだった。しかしキョウタは、それをシェーレに言うと怒られる気がしたのだ。
きっと「はあ!? なんでそんな役に立たないバカ能力選んだですか!?」とでも言われるに違いない。何故なら、実際に戦闘の役に立たないのだから。
だから、次に使う時に軽く言うだけにしておこう、とキョウタは考えていた。
また、身体強化の能力を得てからしばらく、キョウタは「身体」に「身体を振り回されて」いた。だがそれも二、三時間の話で、ある程度時間が経つと身体も落ち着き、特に不自由なく動けるようになった。
シェーレに言わせれば、それはシアンポスの調整によるものだという。要するにシアンポスは、普通の身体強化ではなく、「使いやすい身体強化」の能力を授けてくれたのだ。
おかげでキョウタは今や、飛んだり跳ねたりしても飛び出しすぎず、使いたい時に力を発揮できるようになった。それは石だって握り壊すことができるほど。
とはいえ、非日常な大きい力の出力はまだコントロールできないのだが……。それは今後の訓練次第ということである。
■
……さて。
キョウタとシェーレの二人は、家の食卓に座っていた。二人の目の前に置かれているのは「アップルクラブのグラタン」で、封印食品である。
「アップルクラブ」とはリンゴのような甘さがするカニ……ではなく、身体がリンゴのように赤く、果実の芯のような触角が一本だけ生えているカニのこと。火を通すと赤色ではなく黒色になり、強い旨味成分がその身に広がる性質を持つ。
また、「封印食品」とは冷凍食品のようなもので、食品を保存する際に冷凍ではなく「封印」を施したもの。封印の形式によっては、解封するだけで簡単にアツアツの食事が提供されるという便利アイテムである。特にこの「グラタン」のシリーズは、電子レンジのような機材すら不要で、その場で気軽に解封できるのだ。
要するに、二人は朝食をとっているところである。
「――うっっっまぁぁぁぁ!! なにコレ!?」
フィクション作品では「異世界の食料品が美味ではない」と描かれることがあるが、ウェドメントにおいてはその限りではない。料理という点においても研究が凄まじいほどに進んでおり、手軽においしい食べ物が手に入るようになっているのだ。しかも戦いが好きなウェドメント住民にとって、身体作りは基本であるため、栄養素についても完全食に近いのだとか。
「ま、けっこうおいしいですけど……、そこまで騒ぐほどです?」
……手軽過ぎて、ウェドメント住民にとって当たり前のレベルらしいが。
……。
朝食もほどほどに、二人はこの後の予定について話していた。
レインの家はここから歩いて――ウェドメント住民基準で――十分くらいの場所にあると言う。だから、今回は目的地に向かうために飛ぶ必要は無い。連れて行ってもらうためにキョウタが死なくてもいいというわけだ。
「いっつもいっつも、レインには封印されるです。だから、テキトーに挨拶したら、もうあたしを殺してほしいです」
「あ、うん。分かった……」
「……ふふふ、今日こそレインをぶっ殺してやるです」
シェーレは笑いながら、そう言う。相変わらずシェーレの発言は死生観がおかしいが、キョウタはもう慣れつつあるのだった。
だが、そんなこんなでそろそろ出かける準備をし始めようとしていた時。
突如どこかから聞こえる「声」があった。
『――この世界のぉー、文明人どもに告ぐぅ! 我々「
「「っ……!?」」
女が叫んでいるが、これは耳から聞こえる音ではない。脳内に響いている……?
キョウタはシェーレのほうを見ると、彼女と目が合った。その顔はとても嫌そうで、おそらく同じ声が彼女にも聞こえているのだろうとキョウタは思った。
「ねぇこの声、シェーレも……」
『我々の目的はただひとつぅー! この世界の資源をぉー、全て渡してもらいたいだけだぁ! さあー、早く』
「――うるせぇですよぉぉぉぉぉっ!!!」
バァン! と、シェーレは机を叩く。
声は脳内に響いているので、当然だが耳を塞いでも聞こえ続ける。自信に満ち溢れながらも妙に間の抜けたその声は、聞く者の事情など一切考えていなかった。
だが、その一方で。
『……おや? キミたち、ワタシに歯向かってくれるのかい?』
急にその声色が変化した。
■
ビルが建ち並ぶ、都市「スクーパー・スクート」。その上空に彼女はいた。
人の形をした、骨を纏いし異物。体長一~二メートルほどの彼女は肌は燃え尽きた白色で、眼が紅に輝く。頭頂部から尖り曲がった二対の黒角、肋骨のような形で身体を覆う黒骨に、破れた黒い腰巻き。
まるで死神を思わせるような風貌だが、右手に持っているのは鎌ではなく、大振りでボロボロの剣。その長さは背丈と同じくらいである。
そしてその彼女を囲うのは、ウェドメントの住民たち。男女合わせて十人ほどが彼女を睨み付けている。無論、この場の誰もが宙に浮いてビルの屋上と並んでいた。
当たり前のように空を飛んでいるが、実はウェドメントでは界民ランクB~Aであれば飛行能力、飛行技を持つのが一般的である。逆説的に、この場で宙に浮いている彼らの界民ランクもB~Aくらいということになるわけだが……。
「いやあ、出迎えご苦労だね。叫ばずに済むのは助かるよ。……ワタシの
ピカッ!
二十号がそう言うと、彼女の眼は一瞬だけ青暗く光る。
途端……、その場の五人が浮力を失い「落下」した。意識を保ったまま身体が動かせなくなったようで、彼らは苦悶の表情で落ちていく。
……残った人々を、二十号は一人ずつ品定めするように見比べる。
「ふふん。これで終わらないとは、なかなかできる」
もちろん、二十号が彼らに攻撃を仕掛けたのだ。彼女は周囲の生物の「筋肉を麻痺させる」能力を使用していた。この場の半分の者にしか効かなかったが、二十号はその様子を見ても少し驚いただけのようで
「ほら、おいで。残ったキミたちも遊び道具にしてあげよう」
二十号はウェドメント住民たちを挑発した。仲間が墜とされたこともあり、怒りを覚えた彼らは一斉に飛びかかる!
……。
「これが『
飛びかかった住民たちは一斉に動きを止めていた。そして……。
……彼らのその身は、縦に「真っ二つに裂けた」。
本来、「出血」は皮膚が切れると同時に発生する。しかし今は、身体全体が真っ二つに裂けてから……、プシャァァァッ!! と、空間が「出血」という現象を忘れていたかのように血が吹き出したのだった。
彼女の持つ「
そうして、解体されたウェドメント住民たち全員が落下し、スクーパー・スクート上空には再び
「……あぁ、しまった。また叫ぶための発声をしなきゃいけないじゃあないか。面倒だね……、もうダレか、降参しに来てくれないかい?」
■
「うがあああああああっっっ! うぜぇです、黙りやがれです……っ!!」
キョウタとシェーレ……、それと、他のウェドメント住民もそうなのだが、届いてくる情報といえば二十号の声のみ。それはシェーレにとって不快なものであるらしかった。映像があればまだ活動写真として楽しめるのだろうが……。一方でキョウタは苛立つというよりも「不慣れ、驚き」という状態のようだ。
だが、またしても二十号の声色が変わる。
『……ん? ありゃあ、ここはドコだ?』
■
二十号はいつの間にか、周囲が都会から「砂漠」に変化したことに驚いていた。あれだけあった高いビルの代わりに、地平線が見えるほどに広大な砂々。
「これも歓迎のうちかね? ショーマンの手配が済んでいないようだが」
二十号がどれだけ首を横に振ろうとも、その景色は変わり映えがしない。
仕方なく、適当な方面へ飛んでいこうと思ったその時。二十号は、自分に影がかかるのを感じた。
振り返って上空を見てみると……。
「おおっ!? なんだこのドラゴンは!」
そこには、全長二十メートルほどの大きな、爬虫類型の竜が飛行していた。深紅の鱗に覆われた身体に、深緑色の羽。暗めの体色と、頭から生える山羊のような長い角は、まるで「悪魔」を想起させる。
竜は二十号を見下ろしながら口を開いた。
「――なんじゃあ……、この骨クズは……?」
「なるほど、喋るドラゴンか……。これはいい。サンプルとして持ち帰りたい」
「『二十号』と言っていたな、キサマ……。ワシを呼ばせて、未来は無いと思えよ」
竜は右前足……、要するに右手を振り上げる。一方の二十号は、劣剣を引きながら竜へ飛び掛かる! 空中戦の始まりだ。
「さあ、我らが研究の素材となるがいい!」
二十号は竜に接近すると同時に、劣剣を逆袈裟斬りの要領で振る。見事にその刃は鱗へと直撃した。……そう、直撃した。
だが、竜の身体はびくともしない。
「――ッ!? な、なんだと……!!」
実は当たっていないのではないかと思い、何度も何度も劣剣を振り回して竜に当てる。しかし、やはり竜は真っ二つに分かれそうにない。それどころか、鈍器で叩いているにも関わらず、傷ひとつ付いていない。
二十号は劣剣の効力が失われたのかと思い、竜から距離を離して試してみることにした。剣とは逆の左手から魔力を放出し、光る弾を生成。それを劣剣で斬ってみると……、魔力弾は真っ二つに裂けた。ということは、劣剣に問題があったわけではないはず。
「な、何故だ……? 何故効かない……? そんな物質など見たことが……」
慌てふためいている二十号。そこへ……。
……竜の「爪」が振り下ろされた。
ドォォォォォォォォォォン!!!!
爪とはいえ、もはや切り裂くなどという次元ではない。その威力、音といえば、衝突事故や倒壊事故。まるで生後間もない赤子の上へ、超高層ビルが倒れ込んだようだった。
無論、空中にいた二十号は下方へ吹き飛ばされた。しかもたった一撃でその身はバラバラに砕け、かろうじて手足、頭などのパーツの形が残っている程度。それらは流星群のように砂漠へ降り注ぎ、着地点にはクレーターが出来上がる。
中でも最も大きいクレーターとなったのは、頭が落ちたところ。叩きつけられた頭は三度、四度と跳ね返り、クレーターの中心に収まった。
その顔を見ると……。なんと、痛みに苦しんでいる。まだ息はあるようだった。
「………………お、おのれ、おのれぇ……ッ!!」
偶然、頭が見上げる形となった二十号は、上空の竜を睨む。
「こ、このワタシを倒したこと……。こ、後悔させてやるぞぉ……!」
二十号は魔力を込めながら、口を大きく開ける。
(こうなれば、「ゲート」を開けてやる……! これで我らが一号や二号から、十九号までと、さらに開発中の二十一号がこちらへ……)
すると、彼女の口から巨大な、クレーターを覆うほどの魔法陣が生成された。魔法陣からはもう、二十号の頭と同じようなものが二十個ほど飛び出ている。
「わ、我が無念を……、晴らすのだぁ……!!」
二十号が最後の意識を振り絞って言うと、魔法陣から二十体の、つまり全ての
……そして、そのすぐ後。
「「「「「ぎゃああああああああああああああああああっっっ!!!!?」」」」」
竜が吐いた「炎」は全ての
………………。
「……なんじゃ、もう終わりか。……つまらんのぉ!!」
■
「……あれ? なんか急に静かになったね」
シェーレ家では、突然音が聞こえなくなったキョウタが不思議に思っていた。だがシェーレの表情はとっくに落ち着いたものになっていた。
「ああ、『ドラゴン』って言ってたですし、たぶん『ムザク』さんが来たです。あいつ終わったですよ」
「え?」
二十一体の
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