第7話 追蒼の異宝球(ミルディ・ゾア)

「……『貴様は何者』だ?」

 氷柱つららを浮かせてキョウタを脅迫するシアンポスからは、明確な殺意が感じ取れる。


「ちょ、ちょっと、ま、待ってくださいっ! ど、ど、どういうことですかっ!」

「なに、単純な質問をするだけだ。ただ……、聞いてから逃げられては困るのでな」

「お、俺を、殺す気ですか……?」

「否。殺すつもりはない。永久えいきゅう凍土とうどへ埋め立て、砕き、影の中へやる」

 キョウタは彼の言うことを理解できたわけではないが、その意味を肌で感じた。つまり殺すのではなく「封印」。ウェドメントでは死んでも生き返れるので、生きたまま活動停止となるであろう封印のほうが死より重いのだ。


「さあ答えろ。貴様は何者だ?」

 「何者だ」という抽象的な問いに対して、キョウタは答えを持ち合わせていない。


「……わ、分かりません」

 だから彼は、正直に答えた。自分が何者かということも分からないが、シアンポスの質問の意図も不明。そしてシアンポスには生殺与奪せいさつよだつを握られている。

 ならば、逃げや誤魔化ごまかしは意味がない。正直に答えて判断してもらう以外の道が見つからなかったのだ。


「フム、『分からない』か、それもそうだな」

 シアンポスの声色は変わらない。……ということは、少なくとも間違いではなかったのだろう。

「ならば質問を変えよう。貴様はどこから来た? あるいは、どうやってここに来た?」

 引き続き、キョウタは正直に答えていく。

「えっと、それも分かんないです。俺、キカさんにこの世界に連れてこられて」


「……キカ『さん』だと?」


「――い、いやいや! 女神キカ、『様』! ですっ!!」

「………………」


 キョウタの迂闊うかつな発言に対し、シアンポスはギロリと睨みを利かせる。その眼力に圧倒され、キョウタは呼吸を止める。

(っ! や、やらかした……っ!?)



 ……数秒の後、シアンポスが口を開く。

「その口ぶり、キカと直接会ったというわけだな。あいつがそんなことをするとは思えんが……、その『キカ』の見た目について言ってみろ」

「なんで、そんなことを……」

「その『キカ』が本物かどうか、特徴を聞けば分かるからな。言え」

「え、えっと……、女の人で、髪が緑で色白で、浮いてて、ピカピカしてて……、ま、まさに女神様って雰囲気で……」

 キョウタは思い出せる限りの女神キカの情報を挙げていった。シアンポスの表情に変化はない……ように見える。わずかに眉が動いたような気もした。



「……フム。では、キカと話したのはどこだ? 『洞窟の中』か?」

「洞窟? ……いや、でもどうなんだろ?」

「違うか?」

「あ、あの、その……、洞窟かと言われるとそうだったかもしれないですが、洞窟じゃないように感じた、というか……」


× × ×

 そのまま目を開けると、そこはが広がり、真っ白な粒子が流動的に動き続けている。粒子に手が届いて触れてみても、なんの感触も無い。

「ここは……、どこだ……?」

× × ×

 キカと会ったのは、光の粒子が舞う青白い空間。キョウタはまだウェドメントで洞窟を見たことが無いので、あれが洞窟と言われればそう納得するしかないが、少なくとも自信を持って「あれは洞窟だ」とは言えなかった。



「……成る程、把握した」

 キョウタは、わずかにシアンポスの声色が明るくなったように感じた。許されたのだろうか……?


「では、最後に尋ねる。『貴様の能力』はなんだ?」

「お、俺が女神様に貰った能力は、『相手を念じるだけで即死させる能力』、です」


「――? 『キカ』に、『貰った』……?」


「……え、あれ?」

 見ると、シアンポスの顔つきがおかしくなっている。なにか、言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか?



「あの、どうかしまし」

「貴様ッ、オレを差し置いてキカから贈り物だと……! 許さぬッ!!」

 バッ、とシアンポスが手を下ろす。すると、


 ガシャガシャガシャッ!! キョウタへ氷柱つららが飛ぶ!

「ぎゃああああああああああああああっっっ!!!」



 ……そしてキョウタは、カチコチの氷漬けとなった。



 一方その頃、シェーレとシアンポスの作ったゴーストは、どこかの広大な荒野で戦いを繰り広げていた。無論、シェーレはいかずちほとばしる第二形態の状態だ。



 ――ゴーストがシェーレに向かって飛びかかる!

 だがシェーレは、目の前ではなく「背後」を警戒していた。


「そこです!」

 次の瞬間、ゴーストはシェーレの背後へ瞬間移動しており、さらにそこへシェーレが「肘打ち」を用意していた。フェイントをかけて裏回ることを読んでいたのだ。


 そのままゴーストに肘をぶつけ……、

「……へ?」

 確かにゴーストの姿は見えた。しかし肘はそのまま空を舞い……、気がつくとゴーストはどこにもいない。



 ――バシャアアアァァァッッッ!!!


「な、なんです……、きゃああああああっ!!!」



 そしてさらに背後――、つまりゴーストが最初に向かってきた位置である――から、「洪水」が押し寄せてきた! それは比喩ではなく、文字通り大量の水。付近に川や湖などないため、おそらくその水はゴーストが呼び寄せたもの。

 咄嗟のことで避ける暇がなかったシェーレは、その洪水に飲み込まれる。……次第に水はボールのような形をつくって安定し、シェーレを捕らえる「卵」となった。


(ま、まずいです……っ!)

 パチパチ、パチパチ……。シェーレの下半身のスパークが水に触れたことで、意図せず放電、漏電してしまっている。

 彼女のいかずちは空気中に放電されることを前提とした性質となっており、水中では制御が難しいのだ。とはいえ、第二形態のシェーレは身体そのものの性質がいかずちと化しているため、感電でダメージを受けることはない。

 ではなにが「まずい」のかというと、単純に常人よりも水中で動きにくいということ。この「水の卵からの脱出が困難」ということだ。


 呼吸ができずとも第二形態は不死身なので、死ぬことはない。そして水は透明で、視界が遮られている訳ではない。なので動けないながらも、シェーレは周囲を確認、ゴーストの姿を見つけた。

 ゴーストは、大きな「弓」を構えている。その矢尻には白く輝く、氷のとげ


(や、やば)



 ――ビュウン! パキィッ!! パキパキパキ……!



 ……見えた時にはもう遅い。その矢はすでに放たれ、着弾。水の卵は中身ごと全て凍りつき、シェーレは「やばい」と思う間もなく、氷塊の中に閉じ込められた。


 それは偶然にも、キョウタが氷漬けとなった同じタイミングであった……。


 ……。



「――フ、ハハハハハ! いやすまない。つい、な」

「そ、そうですか……。あぁ、寒かった……」

 実はシアンポスはものの弾みで、カッとなってキョウタに攻撃してしまった。質問は尋問の形であったが、目的はきちんと「キョウタの素性を知ること」であり、今回の暴発は目的外のことだったのだ。


 そしてキョウタは、シアンポスの態度を見てあることを思った。

(もしかしてシアンポスさん……、キカさんのことが「好き」なんじゃ?)


 キカへの呼び方を気にしていたり、能力を貰ったと聞いてカッとなったり。状況証拠は充分にそれを示していた。だが、それを口に出すとまた凍らされると思い、キョウタは黙ることにした。



 シアンポスはキョウタの顔を見ながら言う。

「……まあ、その詫びと言ってはなんだが、本題の能力付与だな。なにか、望む能力ちからはあるか? 無礼に免じて少しはサービスしよう」

「ああ、そうですね……。じゃあ、キカさん……」

 ギロリ!

「……キカ様、と連絡できる能力って、な、ないですよねー。あはは、はは……」


「そうだな……。オレの私情とは関係なく、キカと会ったり話したりする能力は与えられん。最低でも界民ランクA+は必要といったところか」

「え、そうなんですか……?」

「ランクが低くとも、能力によっては厄介なことも多い。強さが『証明』できないような、責任を預けられぬ者にキカと接触させられんのだ」

 ということは、キカと会って元の世界に戻してもらう……、なんて、随分と遠い願いなのだろう。であるなら、他の願いを言うしかない。



「だったら……、これってどうでしょう?」

「フム、なんだ」


「……『死ぬ時に』能力が、あったらいいなって」

「ほう?」

「そう思うんですけど……、どうですか」



 キョウタは昨日と今日だけで、シェーレから二回、サイクロプスのハンナビースから一回、殺された経験がある。しかしそれらはどれも「苦しい」ではなく「痛い」のほうが気持ちとしては正しかった。

 だから「死ぬ時に苦しくなくなる」というのは、キョウタ自身が欲しいと感じた能力ではない。


 では、キョウタはどういう考えなのか。それは、殺される側ではなく「殺す側」としての気持ち。

 キョウタは昨日から、ゴブリンらしき生物を二回、シェーレを二回、ピュイックのリアを一回、その他コロシアムの参加者を三回、そして直前にまたシェーレを一回、即死能力を使用して他者を殺してきた。合計すると九回にものぼる。

 そしてその全てにおいて、相手が苦しむ姿を見てきたのだ。


 このウェドメントで生きていくとしたら、即死能力に頼れる時は頼りたい。だが、いくらあとで生き返れるからといって、死ぬ時の苦しみが無くなるわけではない。ならばせめて、死ぬ時に相手が苦しまないでほしい……。キョウタはこう考えていた。


 特に彼が考えていたのは、シェーレのこと。


× × ×

「ああ、あれですか? あいつらの魂で悪魔を呼んで、あたしを殺してもらうつもりでした」

「あ、悪魔……」

「魔法陣を書いて、その中にテキトーな生物を置いておくと生贄になるです」

「そうなんだ……」

「あたしが契約してる悪魔、殺すのが上手いですよ。死ぬ時、

× × ×


 あれだけ強いシェーレでも、死ぬ時は苦しまないほうが良いらしいのだ。


「あの、シェーレを殺す時、毎回彼女が苦しんでるのを放っておけないんです」

「……おかしな話だな。だったら殺さなければ良かろう?」

「シェーレは死ぬことを望んでるんです。いや、死んで『第二形態になること』を望んでるといいますか……」


 第二形態になって力を振るったり、飛び回ったりする時、彼女はとても生き生きしていた。だが、変身するためには死ぬ必要がある。そして、死ぬ時に苦しまないよう、わざわざ回りくどい方法を使っている。

 おそらく、彼女の能力と彼女の気持ちとが、上手く噛み合っていない。第二形態になりたいが、死ぬ時の苦しみはあまり味わいたくない。……決して彼女はハッキリと口にしないが、言動からそれを読み取れるのだ。


「だから俺の即死能力を使う時、相手が苦しまなくなるような能力が欲しいんです」

「………………」

「ダメ、ですかね?」

「……いや、可能だ。だがオレとしては、そんなランクE相当の能力ちからなど許容したくないな。他に望みは無いのか?」

「いろいろ考えたんですけど、特に浮かばないんですよね……。ははは」



「フゥー……」

 シアンポスはため息をつき、続けて言う。

「まさか貴様、シェーレに頼ってここで生きていくつもりなのか?」

「え……? あ……」

「貴様自身が強くなる気はないのか? このウェドメントで、おのが身ひとつで生きていくつもりはあるのか?」


 ……キョウタとて、それを考えていなかったわけではない。だが、シェーレはおそらくキョウタのこよを「便利な道具」くらいには考えており、それゆえにキョウタはある程度彼女から必要とされているだろう、と思っていた。

 その理由はたったひとつ……。そうでもなければ、あのシェーレが自分のことを「家に連れ入れない」だろうからだ。もし自分が彼女にとって不要な存在なら、最初に殺された時点でゴミのように放置されていてもおかしくない。キョウタはそう考えていた。

 しかし、いくらキョウタでもプライドは多少あるようで、そのことを口に出そうとしなかった。


「そ、それは……」

「……まあ、よい。それが貴様の望みであるなら、叶えてやろう」



 シアンポスは左手の手のひらを真上に向ける。

「『追蒼の異宝球(ミルディ・ゾア)』……」


 ……。


 すると彼の手に蒼色の粒子が集まっていき……、それは、輝きを秘めた「球体」へと形を変えた。



「さあ、受け取れ」

「これは……?」

「根源たる我が能力ちから、『追蒼の異宝球ミルディ・ゾア』だ」


 おずおずとその球を受け取り、キョウタは様々な角度から眺める。一見、真珠のように硬く見えるのだが、持った時の印象は軽くカラッとしており、ピンポン玉に近いものだった。

「なんかすごい……、きれい……」

「それを砕けば、貴様の望む能力ちからが手に入るはずだ。やってみろ」

「は、はい……!」


 キョウタは両手の間に球を挟み、押し潰すことにした。ちょっとだけ押し返されるような抵抗を感じたが、思い切って力を入れてみると……、カシャン! 音を立てながら両手から蒼く輝く粒子が溢れ出し、キョウタの身体を包み込む。

「おお、うおおお……っ」


 粒子はキョウタの身体の中へ染み込み、次第に輝きは褪せてゆく……。



 ……。



「……無事成功したな。どうだ?」

「すごい、です。内側から力が溢れてくるような」


「フフフ。その感覚も、じきに落ち着くだろう。……貴様の能力は、念じれば発動するのだったな。ゆえに、今回のも『苦しい』という感情を取り除きたい時に念じてみろ。それでいいはずだ」

「シアンポスさん、ありがとうございました!」

 キョウタは「気をつけ」の姿勢をとり、深々と頭を下げ、



「――わああああっ!!?」

 ドシン! ……なんと、キョウタは頭を下げ過ぎてバランスを崩し、転んだ。



「えっ。な、なにが……?」

「詫びとして『サービスする』と言ったのでな。『それ』はオレの餞別せんべつだ」


 頭の中にハテナが浮かぶキョウタ。だが……、確かにいつもと身体の感覚が違う。それに、あんなに盛大に転んだというのに、身体はどこも痛くない。

「これ、もしかして……!」

「ついでに、貴様の『身体を強化する能力ちから』もくれてやった。『ランクC』並みには戦えるくらいの、な」


 キョウタは軽く腕を振り上げてみると……、その勢いで真上に跳びあがる! 身体能力が強化されたことで、僅かな動作で遠心力を生み出し、上昇する勢いが発生したのだ。

「す、すごい……。すげぇ、すげぇっ!!」

 とにかく、身体がとても軽い。キョウタは別に運動が趣味というわけではないが、あまりの軽さに感動さえ覚えたほどだった。


「まあ、慣れるまでは不便もあるだろうがな。まずは力の加減を覚えるがいい」

「ほ、本当に、ありがとうございますっ!! ……でも、なんでここまでしてくれるんですか?」

「フッ、貴様が……、いや。ただの気まぐれだ。それに、暇潰しにもなった」

「暇、潰し……?」

 シアンポスが空を見上げていたので、キョウタも流れで空を見た。すると、空は「茜色」に染まりつつあった。どうやらウェドメントにも夕方はあるらしい。



「――あーあ、負けちゃったです」

 そして聞き覚えのある声。振り向くと、シアンポスのゴーストとそれに背負われたシェーレがいた。いつの間にか戻ってきていたようだ。


「あ、シェーレ!」

「ご苦労だったな、我がゴーストよ」

 ゴーストは空気中に溶け、姿を消した。それと同時にシェーレが、とん、と着地。


「やっぱり、ランクAって強いですね……。シアンポスさん、ありがとうです!」

「フッ、礼には及ばん。楽しめたのなら、なによりだ」

 ちなみにシェーレは氷漬けにされてからすぐに脱出したのだが、その時のわずかな隙にゴーストが大技の準備をし、第二形態でも耐えきれないダメージを受けて変身が解除、そのまま負けとなったらしい。



 シアンポスは、キョウタとシェーレの二人に背を向ける。

「……さて、我はそろそろ失礼する。では、さらばだっ!」


 そして、上空に向かって身ひとつで飛び立った……。


「「ありがとうございましたー!」ですー!!」


 ……。



 こうして、キョウタはウェドメントで初めてまともに一日を終えた。

 その後はシアンポスが連れてきた場所がシェーレの家の近くだったので、そのままキョウタは、シェーレの家の空いている部屋に泊めてもらうことにしたのだった。





「――さてと、だ。……キョウタか。名前は覚えたぞ」

 空はすっかり暗くなり、シアンポスはどこかの森の上空で浮いている。


「能力といい、証言といい。やはり、あいつが会ったのは『ザダーク』のほうだな。本人に悪意は無さそうだが……、『監視』しておくに越したことはない」


 シアンポスは目を閉じる。

「今は……、シェーレの家か。なら、あいつに妨害ジャミングの能力は無い。『能力付与』の甲斐があったものだ。フフフ」



 ……シアンポスは、いつの間にか夜の闇に姿を消していた。



つづく

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