第6話 我が名はシアンポス

「………………はぁ」

 キョウタはシェーレとともに、コロシアムから出たところである。

 ハンナビースという名のサイクロプスに殺されたキョウタは、かなり気分が落ち込んでいた。今までは「死ぬ」としても、シェーレという強者による一撃であっさり終わっていた。だが、今回は文字通り死ぬほどの痛みを感じたのだ。


「死ぬかと思った……。いや、死んだのか、ああ……」

「でも、よかったじゃないですか。ランクDの認定証は貰えたです」

「……うん、そうだね」

 惨殺されたハンナビース戦では良いところ無しだったが、リア戦やそれ以降の瞬殺から、キョウタはかろうじて界民ランクDと認められた。


「でも、流石に油断しすぎです。『バインド・リボン』は物に絡みつくですから、靴でも放り投げてれば良かったですよ」

 バインド・リボンとは、ハンナビースが投げた新体操のリボンのこと。

「あ、そうなんだ。……ただのリボンじゃなかったんだね、アレ。そういえば控室にあったような」

「このコロシアム、武器とかはそれなりに揃ってるですからね。もし次があるなら、係の人に武器について聞いておくがいいです」

「そ、そうだね……」

 だが、また死ぬほど痛い思いなどしたくないキョウタは、コロシアムのことはもう考えないようにしよう、と思っていた。


「でもキョウタさん。なんで『インバリ』……、スキル・インバリドを壊さなかったです? あれ壊してたら終わりだったですよね」

「いやいや、無理だって。あいつに近寄るのも怖かったし、それに、ペンダントなんて素手でどうやって壊せばいいのか……」

「なるほど、です。つまり、キョウタさんは『慎重過ぎた』ってことですかね」

「え?」

「……え?」


 二人はお互いの発言を聞いて硬直する。……その後、シェーレが先に口を開いた。

「インバリを『壊した後』、なにか罠があるかって思った……、ですよね?」

「いや……、そもそも素手で『壊す方法が分からなかった』というか」

「うーん? あれ、ただのペンダントですよ? 握り潰せばいいだけです」

「え?」

「……え?」


 ……またもや、沈黙の時。そしてまた、シェーレが言う。

「その辺にある『石ころ』と同じような感覚で潰せるですよ?」

「え? 石を握り潰せるの……?」

「……あの? キョウタさん、できないんですか?」

「う、うん……」

 シェーレは口をぽかんと開け、言葉を失うほどに驚いた様子。

 そのまま慌てて周囲を見回し、道の端に石ころが落ちているのを確認したシェーレは、それを二つ拾ってきて、自分とキョウタで一個ずつ分け合った。


「ほら! これです」

 そう言いながら、バキッ! シェーレはまるでリンゴを潰すかのように石ころを握り砕いた。しかも特に力を込めたような素振りも無く、息を吸うように砕いたのだ。

「……うぇええっ!? ほ、ほんとに潰しちゃった」

「え、えええ……? なんで、この程度で、そんなに驚くですか……? ……ちょっと、手を貸すです」

 何故か焦るシェーレは、キョウタと握手するように手を握った。そして少しだけ手に力を込めて……。


「――いだだだだだだだだだだだだ!!!!!」


 キョウタの喚き声を聞いて、シェーレはすぐに手を離した。

 よほど痛かったのか、キョウタは手首をぶんぶんと振り、少しでも痛みを和らげようとしている。


「……あの、キョウタさん」

「いででで……。……な、なに?」


「ちょっと、弱すぎです……」



 ……例えば、38×61を「計算」するとしよう。おそらく多くの人はすぐに答えを導き出せないだろうが、紙に計算過程を書いたり、考え方を切り替えたりすらことで、正しく計算を行うのは不可能ではない。

 これは、日常生活において複雑な計算を行う機会が少なく、たかが計算程度のことを普段から考える必要が無いがゆえにそうなるもので、言ってしまえば当たり前のこと。必要な時にだけ計算ができればそれでいいからだ。

(なお、上記の計算式の答えは「2318」である)


 ……どういうことかというと、ウェドメントの住民たちの「戦闘」についての考え方が、それらと似ているのだ。日常では戦闘を行わないので極度に力を抜き、いざ戦うとなれば普段以上の力を込める、といったところ。

 だからあの時、家を出る時のシェーレは非戦闘時ということで、「力を込めていない」状態だったのだ。


× × ×

「もちろん、あたしやお姉ちゃんの部屋は入れないです。まあ、結界を解除できるものならしてもいいですけど。……それじゃ、です」

「ちょっとー……?」

 シェーレはデザルトの声を無視しつつ、キョウタの早歩き程度の速度で玄関の外に出た。

× × ×


 そういう事情もあって、キョウタが非力なことについて、シェーレは「気持ちがオフだから」だと思い込んでいた。しかし、実際にはただ弱いだけだったということを、たった今知ったのである。



 そしてシェーレは、他にも常識外れな部分があるのではないかと思い、キョウタに色々聞いてみたのだが……。

「……いやまさか、『魔力』まで使えないとは、です」

「シェーレ、なんかごめん……、なさい」

「あー、もうしょうがないです。……ちょっとケンカしたい気分ですが」

「え、いや、その……。お、俺なんかを殺したって意味は……」

「違うです! どっかの強めの誰かをテキトーに殺したいだけです」

「そ、そっか……」

 キョウタは、シェーレの口調から彼女がイラついていることを感じ取った。要するに誰かと戦うことでイライラを発散したいのだろう。


「えっと、人が多そうなのは……、こっちですね」

 そう言って、シェーレはコロシアムから伸びる道のひとつのほうへ向かって歩き出す。……キョウタはそれを呆然と見ていたが、後ろを向いたシェーレが小走りで戻ってきた。

「ちょっと、キョウタさん! なにボーッとしてるです。早く来るですよ」

「えぇ? 俺、要る?」

「言うことを聞いてもらうって言ったですよね? なにかあったら、あたしを殺して第二形態にしてもらいたいですから」

「あ、そういうこと……」



 ………………。



 二人がやってきたのはカフェや青果店、雑貨屋などが立ち並ぶ中規模なストリートだった。道の奥のほうを見ると広そうなスペースに噴水があり、それなりの数の人々がいた。おそらく公園に繋がっている道なのだろう。

 そしてシェーレは手あたり次第、いろいろな人に話しかけた。

「……ちょっといいですかー? あなたを殺したいんですが」

 いたってマジメな顔でそう言っているのだが、それを言われた人々の反応は普通に話しかけられたようなものだった。「ちょっと今忙しくて」「今日は気が乗らない」「仕事中だからごめんねー」……などなど。やはり、ウェドメントでは殺し合うことは日常の一部なのだ。

 また、殺し合いに乗り気な人間も二名ほどいたのだが、どちらも界民ランクC以下。強い相手を求めるシェーレのお眼鏡にかなわない。



 ……結局、奥に見えていた噴水の場所まで十数人に話しかけたのだが、全滅だった。全滅といっても殺し返されたのではなく、誰とも戦わなかったということなので悪しからず。

「はぁー……、今日はツイてないですね」

「ごめん、シェーレ……」

「キョウタさんが謝る話じゃないです。……まあ、まだ人はたくさんいるですし」


 公園のようなスペースを見回すと、赤紫色のマントとフードを被った怪しい人物がいた。

「じゃ、次はあの人です。……ちょっといいですかー」

 たったったっ、と小走りで近寄るシェーレ。マントの主はその足音で気づいたようで、彼女が近づく直前で振り向く。


 ……すると、マントの隙間からなにかが見えたのか、シェーレは驚いた。

「あっ、シアンポスさんです!?」

「……フフフ。その声、シェーレだな?」

 そう言うと同時に、マントがバサッと広げられた。そこには、やけに自信に満ちた顔をした蒼い髪の男がいる。


「――ハハハハハ! 久しいな、ルルーの妹よ!」

「こちらこそ、お久しぶりです!」

 どうやらシアンポスと名乗った男は、シェーレのことをよく知っているようだ。

「シアンポスさん。どうしてここに、です?」

「なに、ただの仕事帰りだ。適当に飛んだらこのあたりだった、それだけだ!」

「そうなんですね。いやー、ちょうどよかったです」



 キョウタは二人のやり取りを、一歩引いた場所から眺めていた。そして、シェーレが喜んでるってことは、きっとあのシアンポスさんは強い人なんだろうなぁ。邪魔にならないようにしなきゃいけないなぁ、……と考えていた。

「――ほら、キョウタさん! こっち来るです」

「……はえ?」

 だが、そうではないようで、シェーレはキョウタを招き寄せる。


「シアンポスさん。この人に能力付与をお願いしたいんです。いいですかね?」

「ほう、知らん奴だな。……ランクは?」

「まだ無いんですけど、さっきD認定されたです」

「フム、分かった。その程度なら良かろう!」


「……あれ? どういうこと?」

 話についていけていないキョウタに対して、シェーレが説明する。

「この人、『他人に能力を付与できる』能力を持ってるです。また役所に行くなんてダルいですし、もうここでお願いすれば早いですから」

「ああ、そうなんだ。……ええと、シアンポスさん。初めまして、俺、キョウタって言います」

 その説明を受けて、シアンポスに話しかけるキョウタ。

「キョウタ、か。どうやら我のことを知らぬようだが……、記憶喪失か?」

「いえ、そういうわけでは……」

「フム、違うのか。理由が気になるが……、知らぬなら説明せねばなるまいなッ!」


 そう言うと、シアンポスはマントを勢いよく放り投げた!

「我が能力ちから無限大インフィニティ! 玖の調停者ナインルーラーズ最強の男!! フハハハハ、そうッ! 我が名はシアンポスッッ!! さあ、貴様の記憶メモリーに焼きつけておくがよいッッッ!!!」



 ………………。



「す、すごい……?」

 キョウタは、その勢いに気圧けおされた。


「あ、あのですね……、シアンポスさん」

「どうした、シェーレよ!」

「……声、大きすぎです」

 

 いつの間にか、公園中の人々がシェーレたちの周囲に集まっていた。人々の目線は全て、シアンポスへ注がれている。

 それに気づいたシアンポスは目を閉じながら、額に指を三本当てる。

「フゥー………………ッ」

 深いため息の後。



「ほ、ほ、ほ……」


「「「本物だァァァァァァァ!!!!!」」」



「――シェーレ! ! オレに掴まれ!!!」

「はいです!」

「え、俺? 名前が違……」

 そう言いながら、シェーレとキョウタの二人はシアンポスの手を掴む。


 そして公園の人々は、シアンポスのところに我こそは我こそはと押しかける! 老若男女――とまでは行かず、若い女性が多いくらいだ――が、まるで大金が落ちているのを見つけたかのように群がってくるのだ。しかし……。

「い、いない!? シアンポス様~~~っ!!」

 人々の真ん中には誰もいない。シェーレ、シアンポス、そしてキョウタの三人の姿は消え去っていた。


 ……。



「――ハハハ! 驚かせてしまったようだな!」

「もう、気をつけてほしいですよ……」


 いつの間にか三人は、とある草原にいた。比較的落ち着いているシェーレとシアンポスだったが、キョウタは周囲の風景が様変わりしたことにビックリしている。

「……あれ? あれ?? ここ、シェーレの家の近くの……?」


「あ、それはですね……、……ああ、説明、めんどくさくなってきたです」


 ……。


 シェーレの言うところでは、シアンポスは玖の調停者ナインルーラーズという集まりの一員らしい。

 シアンポスは「能力の創造」が能力であり、さっき使ったのは瞬間移動の能力。あの人々から離れるために使用したのだが、シェーレの家は公園から離れた立地にあるので、彼女を送るついでに行き先を家の近くにしたのだという。

 もちろん、シアンポスは瞬間移動以外にも無数の能力があり、中にはシェーレが言っていたように「他人へ能力を付与できる」能力を持っている。しかもそれらの使用に制限は無く、仮にあったとしてももう一度能力を作ればいいだけなので、まさに「万能」な能力と言えるだろう。

 そして彼はその強さもさることながら、自信満々な態度と、それに見合う整った出立いでたちにより、超が付くほどの有名人であった。


「そんなに有名ってことは……、界民ランクも高いんだろうなぁ。シアンポスさんはランクAとかですか?」

「いいや? 我にそんなものは無い」

「え? ……『無い』?」

「良いか、キョウタとやら。我ら玖の調停者ナインルーラーズに界民ランクなど不要なのだッ!」

「……どういうことですか?」


「えっとですね、キョウタさん。簡単に言うとナインって『強すぎて戦うのを禁止されてる』人たちなんです。それで……」


 ……なんでも、玖の調停者ナインルーラーズは他のウェドメント住民とは比べ物にならないほど強いため、界民ランクを持つ程度では勝負にならないのだという。具体的には、ランクAの相手と『百回』戦っても、『千回』戦っても負けることがないほどだ。

 特にシアンポスはその能力から、どんな相手にも圧倒的に有利に戦うことができる。相手が接近戦を得意とするなら遠隔攻撃の能力を使えばいいし、精神操作などのからめ手を使ってくるならそれらを無効にする能力を使えばいい。また自分を強くするだけでなく、相手を弱くする能力もあるので、例えば体力を少なくする能力を使用して相手の機動力を奪う、という戦い方も可能なのだ。

 要するにシアンポスは、インフレじみたウェドメント内でもさらにインフレした地点にいるということになる。


「だから、戦いたくても戦えない『ルール』になってるです」

「……ハッ。だが、我はそこらの凡百ぼんびゃくと違う。要は本人が戦わなければ良いのだ」

「……え?」

 いつもはキョウタを驚かせているシェーレが、今度は驚く番となった。



「――狂乱きょうらんしろ、シェーレよ!

 『起導せし砕影の悪霊(デストミジア・ゴースト)』ッッッ!!!」


 シアンポスがそう叫ぶと、彼の足元から伸びる「影が砕け散った」。そしてその破片が空中に集まり……、人の形になる。

「こ、これは……、なんですか!」

「想定界民ランク、A。オレが新たに身につけた能力ちからで作った、戦闘用の人形だ」

「……ら、ランクA、ですっ!?」

 シェーレの目は今までにないほど、少女の見た目に似合うように輝いている。彼女の界民ランクはBということなので、念願である強い相手が見つかったのだ。


「喜ぶがいい! 今からこいつと存分に遊ぶのだ!!」

「やったです~~~っっっ!!!」


 シェーレはウキウキの表情でキョウタのほうを向く。

「キョウタさん! はやく! 殺してくださいっ!!」

「……え、えぇ?」

「こんなの! 最初から! 第二形態で! やりたいです!」

「あ、あぁ……、うん」

 こんなに喜んでいるけど、死ぬ時に苦しむんだよなぁ、とキョウタは考える。とはいえ、死ぬことを本人が望んでいるのだから仕方がない。キョウタは「死んでくれ」と念じる。



「――んぐぅッ!! こ、これで……、た、たたかえ……」

 ……バタリ。シェーレは息絶えた。

 そしてその直後、いつものように第二形態へと変身した。銀色の髪が伸び、角が生え、下半身は消えてバチバチとスパークを放ちながら宙に浮いている。


「……あはははは! 最高です! 最高の気分です!!」

 シアンポスは顔色ひとつ変えずにシェーレに言う。彼女が死んで第二形態となることは見慣れているのだろうか。

「シェーレ、くれぐれも広いところで遊んでくるのだぞ」

「はーい、ですー!」

「そして我がゴーストよ、シェーレについていくのだ。気が済むまで戦ってやれ」

「じゃあ、行ってくるですねっ!!」


 こうして、シェーレとシアンポスのゴーストは空の彼方かなたへ飛んでいった。


 ………………。



「さて。」



 シアンポスはキョウタの顔を見つめ、それに気づいたキョウタも見つめ返す。

「……えっと、どうしました?」


「これで邪魔者は消えたな。……貴様が死んでも、誰も助けに来ない」


「へ? あの……、それってどういう」

「なに、貴様にはオレの質問に答えてもらう。それだけだ」

 そしてシアンポスはキョウタに右手を向ける。すると……、キョウタの周囲に尖った氷柱つららのような氷がいくつも浮遊し始めた。氷の先端は全て、キョウタに向けられている。


「さあ、答えを間違えるなよ? 事と次第によっては二度と生き返れぬようにしてやる。……『貴様は何者』だ?」



つづく

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