第5話 ぶっ壊せ、サイクロプス

 キョウタはリアとの試合の後、治療室にいた。といっても、それはベッドをカーテンで覆っているようなものではなく、衛生面など考えられていない「楽屋」のような部屋であった。

 本来、治療を行うような部屋では衛生面に気を付けなければならない。何故なら、傷口から黴菌ばいきんが入ってしまうと別のケガ・病気の原因となってしまうからだ。だが、このウェドメントではそんなことを気にする必要がない。

 まあ、第1話からこれを読んでいる方なら、それが何故かお分かりだろう。この世界には死んでも生き返れる薬がある。だから、どんなダメージも回復できる薬だって存在するのだ。それは当然、副作用や二次感染等のリスクも皆無。


 そんなわけで、治療室にキョウタと共にいた、軽薄そうな青年が言う。

「……はい、どっか痛くないッスかー?」

「い、痛くない! 痛くないです!」

「よかったッスね。そんじゃー」

「あ、ありがと……、……って、行っちゃった」

 青年は薬液を雑にキョウタにぶっかけた後、二言喋っただけで退室。あの軽い態度は、キョウタが生きていた世界で言うところのバイトのようなものなのだろうか。しかしそんなに適当な対応でも、一瞬でダメージが回復したのだから凄まじい。



「えーっと……。とりあえず、次の試合か」


 ……。



 そして……、キョウタはなんと順調に勝ち進んでいった。


 というのも、今日の試合には害獣「ピュイック」であるリアが参加していたことを知った大半の界民ランクCの参加者たちは、どうせロクな試合にならないと判断して棄権しており、キョウタの即死能力が通用する「界民ランクC未満の相手」しかいなかったからだ。シェーレの言っていたように、界民ランクD以下の参加者は突発的な参加が多く、ピュイックがいかに面倒な存在かをよく知らないのである。



 そうして今、キョウタは次の試合が始まるまでの間、シェーレと観客席にいる。

「ねえ、シェーレ」

「もぐもぐ……、ん? なんです?」

 シェーレは相変わらずオヤツを食べていた。今食べているのは「ソーダシナモン・チュロス」という、奇跡の調合でソーダとシナモンの良いとこどりをした棒状のドーナツで、売店の売れ筋ランキング六位の品とのことだ。

「俺が最初に戦った……、リアさん?」

「あの害獣ですかね」

「ああうん、そう……。で、その人? に、最初は即死能力が効かなかったんだよ」

「そーなんですね。……もぐもぐ」

「でも観客たちに蹴られまくった後、なんでか分からないけど効くようになったんだ。どうしてか、分かる?」

「そりゃ……、ストレスじゃないですか?」


「……え?」

 魔法だとか能力だとか、非現実的――キョウタにとってはもう現実のものだが――な話を散々聞いた後に、急に聞き慣れた「ストレス」という単語が出てきた。

「えっと、ストレスって……」

「相手の魔法や能力が効く、効かないとかって、『体質』の問題なんですよ。でもストレスで体調が崩れると、体質もちょっと変わるですから」

「そ、そうなんだ……」

 原因が想像以上に身近なもので、驚きながらも釈然としない気分になるキョウタだった。要するに環境の変化やケガなどのストレスで体質が変わり、即死無効が無くなることがあるらしい。

 キョウタは自分の能力のこともあり、このことを覚えておくことにした。



 そんなこんなで、トーナメントの準決勝まで進んだキョウタ。もう界民ランクの申請には充分な試合数をこなしているはずだが、残っている対戦相手は全員がランクD以下。つまり即死能力が効くので、決勝まで勝ち進むことも……、否。優勝してもおかしくない。これが多大な労力を支払うことで成し得るなら、キョウタも途中で棄権していただろうが、即死能力は「念じるだけ」と楽なものである。

(なんか申し訳ないけど……、けっこう楽しくなってきた)

 キョウタの即死能力は、発動後に相手を苦しめながら死に至らしめる。そのため彼は当初、相手の苦しむ表情を見て、心を痛めていた。……なのだが、死んでも簡単に蘇生すること、そして何回も能力で殺すことで、相手の殺害に慣れてしまったのだ。

 キョウタはウェドメントに来る前、なにかにひいでた人間ではなかったが、今はこうして殺し合いのトーナメントを勝ち上がれている。それにより自分自身を肯定できるようになったことも、慣れに繋がった理由のひとつであろう。



 ……現在、キョウタは武器が大量に置かれた控室にいる。まもなく、次の試合が始まるというところだ。控室には他に、例のスーツ姿の女性職員さんもいる。

「ではキョウタ選手。準決勝のお相手ですが、サイクロプスの『ハンナビース』選手です。界民ランクはEで、ここまで勝ち上がってきたのは初めての方ですね」

「へぇー、そうなんですね」

 ランクEならまず、即死が効くはず。しかも、今まで準決勝まで来られなかったような相手なら負ける要素など無い。キョウタの心の中は余裕たっぷりの状態だった。ゆえに控室にある武器にはもう、ひとつも目をくれない。


「試合は五分後に始まりますので、お早めに試合場までお願いしますー」

「はーい、分かりましたー」



 ………………。



 いざ試合場に向かったキョウタが見たのは、三メートルはあろうかという一つ目の青白い肌をした巨人だった。服装は裸ではなく、獣の皮のようなものを纏っている。……巨人といえば十メートル、数十メートルの大きさを想像する方もいるだろうが、キョウタの目線では三メートルでも巨大なのだ。しかも、その巨人は二メートルもありそうな棍棒こんぼうを手にしている。また、よく見ると首から紫色のペンダントをぶら下げていた。

「でっけぇ……。どうやって入り口を通ったんだろ」

 そして比較的余裕のあるキョウタは、どうでもいいことに注目していた。

(なおこの世界はワープ技術も発達しており、コロシアムの外から試合場まで転移させることも可能である。ちなみにシェーレは第二形態で飛行するのが気持ち良いということから、ワープ用アイテムは持っていない)


 ……会場へアナウンスが響き渡る。

「――お待たせいたしました! ただいまより、界民ランクEのハンナビース選手、対、界民ランク無しのキョウタ選手の試合を始めます。スリー……」


 カウントダウンが始まり、会場は静まり返る。そんな中、キョウタは思う。

(強そう……だけど、すぐ終わっちゃうんだろうなぁ。ちょっと様子見しよう)



「……ゼロ!!」



 そして、ハンナビースは動き始める。右足を大きく上げて……。

「おお……?」


 ドシン。左足を大きく上げて……。……ドシン。


「……いや、遅っ」


 一挙手一投足がゆったりとしており、歩くだけでこの始末。確かに迫力はあるが、これでは近づくこともままならないだろう。これなら、攻撃が当たる直前ギリギリに即死能力を使用しても大丈夫なのではないか、とキョウタは思った。


(あ。でも、あの人? が死んで倒れる時に巻き込まれると、潰されちゃうな……)

 浅めにふうっ、と深呼吸を行い、ハンナビースを見る。そうだ、なにもエンタメ性を重視する必要はない。他の試合と同じようにすぐ終わらせたって、なんの問題もないのだ。

 キョウタはハンナビースへ手を向ける。

「よし。……『死んでくれ』!」



 ……。


 ……ドシン。……ドシン。



「……あれ?」

 ハンナビースは一歩、一歩とキョウタへ近づいてきて、止まる様子がない。能力が効いていない?

 とにかくキョウタは繰り返し念じ続ける、死んでくれ、死んでくれ、死んで、死ね死ね、死んでくれ、と。精神を病んだように相手の死を願い続けるも、ドシン。その歩みは止まろうとしない。

「な、なんで! なんで!?」

 さっきまでの余裕はどこへやら、何故か即死能力が効かないことに焦るキョウタ。そうこうしているうちにハンナビースの影はキョウタを覆い、見上げてみると……、振り上げられた棍棒はキョウタの頭上で待ち構えている!

「――やばいッ!!」


 キョウタは慌てて横に走り出す。と同時に、ドォン! 土埃が舞い、へこんだ地面に棍棒が埋まっていた。

「あ、危なかった……」

 ほっと一安心、かと思いきや、ハンナビースは棍棒を引き抜く。まだ試合は始まったばかりで、攻撃を一回避けただけにすぎない。引き続き、危ない状態なのだ。


「……避けられた、だか」

 そして、一つ目をギョロリとさせながらハンナビースが口を開いた。

「あ、喋れるんだ……」

「でも、ムダだど。オイラには、この『すきる・いんばりど』が、あるんだど」

「……え?」

 ハンナビースは首にある紫のペンダントを指で触って言った。そして……ドシン、ドシン。再度キョウタのもとへ歩き出す。その速度は変わらずゆっくりだが、即死させられないので動きを止めることができない。動き続けるということは、安全地帯が存在しないということだ。

 ドシン、ドシンという音を聞きながら、キョウタはハンナビースから一定の距離を保つ。本当なら可能な限り遠くへ離れたいのだが、試合場の大きさには限りがある。しかし、おそらくハンナビースの攻撃手段は棍棒による物理攻撃のみ。ゆえにこうして距離を置いておけば、時限的な安全地帯になるという判断だ。


 ……キョウタは考える。

(「すきる・いんばりど」……、能力Skil無効化Invalid?)


 ハンナビースが言っていたそれが「能力無効のペンダント」であるなら、キョウタの即死能力は封じられていることになる。そうか、だから相手は死なないのか、ということは……、


「え。これ、勝てない……?」


 今のキョウタは、リア戦で使用した拳銃はおろか、なんの武器も持っていない。ということは素手で戦うことになるのだが……、キョウタは戦闘訓練、筋力トレーニング等をしていない、虚弱な一般人。どれだけ力を込めて攻撃しても三メートルの巨体に通じるかどうか怪しいところだろう。

 だからこそ今までは即死能力に頼っていたわけだが、もしそれが無効であるなら、「ハンナビースを倒す手段が無い」ということに他ならない。



 ……そんなキョウタの心中など、観客は誰も知らない。だから無責任な声援が飛んできている。「いいぞー」「もっとやれー」、など。

 だが、その中には聞き覚えのある声もある。耳を傾けてみると……。

「あのペンダント壊せばいいですよー、キョウタさーん」

 それはシェーレのアドバイス。


「そ、そうか!」

 なんだ、簡単なことじゃないか。あのペンダントのせいで能力が無効になっているなら、それを破壊してしまえばいい。


「……どうやって?」

 破壊する手段があれば、の話だが。


 もしも今、拳銃を手にしていれば、まだ可能性があったかもしれない。ペンダントをめがけて銃弾を撃ち、上手く当たれば壊すことも叶っただろう。しかし、実は試合開始と同時に控室への入場口に鉄格子が降ろされており、行き来は不可能な状態だ。



「……むむ、すばしっこいやつ、だど」

 逃げてばかりのキョウタへ苛立ちが募ったハンナビースは懐から……、その巨体と不釣り合いの、ピンクでかわいい「新体操のリボン」を取り出した。棒に布がぐるぐる巻きとなっている。

「だったら、これ、だど!」

 そしてそのリボンを、キョウタのいる場所へ槍投げのように放り投げた。

「……わわっ!?」

 急な飛び道具だったが、距離があったうえに予備動作があったことで、ギリギリのところで横にジャンプ。避けることに成功した。


 だが、そのリボンは地面に落ちたと同時に布がほどけて……、キョウタのほうに布が伸びてゆく! さらにその布はキョウタの両足に絡み付き、空中にいるキョウタを捕まえて地面へ叩きつける。……バァン!

「――いっでぇぇッ!!」


 キョウタはジタバタするが、布はキョウタの足に留まらず、身体中にまとわりついてくる。そのため、まるで虫が蜘蛛の巣にかかったように動けない。

「くそっ。ほ、ほどけない……!」


 ……ドシン。ドシン。再びハンナビースの歩く音。キョウタがその場でもがいている間に、巨人は距離を詰めていた。

「やっと、止まったど。――フゥン!」

 ハンナビースは倒れた姿勢のキョウタに向かって、巨大な棍棒を振り上げ……。



 ……その時。



 ――グシャアッ!!!

「あああああぁぁぁあああッッッ!!!!!」

 キョウタに棍棒が振り下ろされ、「直撃」した。


 身動きが取れず、武器も防具もなにも無い。さらには相手は無傷の状態で、壁など邪魔するものさえどこにも無い。当然、「誰かが助けに入る」など、「攻撃が運良く外れる」など、のだ。自分で自分の身を守れないなら、それまでである。

 棍棒はキョウタの肩や腹部にぶち当たり、ボキボキとメキメキと骨を砕いた。その痛みは彼がこれまで一度も感じたことのないような、鋭く鈍いもの。


「ううぅっ、ぐああああぁぁぁ……ッ!!!」

 あまりの痛みに叫び続けることしかできないキョウタ。だが無情にも、ハンナビースは棍棒をもう一度振り上げている。


「フゥン!」

 ――グシャアッ!!!

「ぎぃやあああああぁぁぁッッッ!!!!!?」

 砕けた骨が、よりグチャグチャに。叩かれた肉からは、血が噴き出す。もはやキョウタには「痛い」以外の感情が浮かばないほどであり、すでに勝負は決まっているも同然だった。

 しかし、コロシアムのルールではどちらかが死ぬまで試合が終わらない。界民ランクEであるハンナビースは、シェーレが言っていたように殺すのが下手らしい。しかも「すきる・いんばりど」のせいで即死能力が無効となっており、自殺することすらできない。



 ……そして。


「フゥーン!!」

 グシャアッッッ!!!!!

 ……今度の痛みは一瞬のことだった。何故なら、その一瞬でキョウタは意識を手放したからだ。



 ………………。



 やがて、ハンナビースが棍棒を四回振り下ろしたあたりで試合終了。もちろんその結果は、キョウタの死亡まけである。


 ……。




 ……時を同じくして。

 女神キカは宙に浮いたまま両手を合わせ、瞑想をしているところであった。


 そこへ、全身に布を纏った男が一人。彼はキカに向かって話しかける。

「――キカ。戻ったぞ」

 キカは目を閉じたまま、向きも変えずに言う。

「あら、ヤタックさん。いらっしゃいませ」

「ああ。……すまん、収穫は無しだ。オレの力も役に立たないな」

「そんなこと、ありませんよ」


 ……。


 しばしの沈黙の後、ヤタックと呼ばれた人物が口を開く。

「それで、これからの奴に会ってくる。まあ、どうせあっちも収穫は無いだろうがな」

「あ、ヤタックさん。それなんですが……」

「……なんだ?」

「彼と会うの、明日にしていただけませんか?」

「別にいいが……、どうしてだ?」

「今、外界のことが気になりまして。……わたくしの、ただの勘ですけど」


「そうか、ならいい」

「……ふふ、ありがとうございます」

 ヤタックの疑問からの肯定の切り替えがあまりにも早くて、キカは思わず口元に笑みを浮かべていた。


 そして合わせたてのひらを下ろしながら、キカは話を続ける。

「ああ、そういえば。そろそろ『シフト変更』の時期でしたね。ヤタックさん、次の方を起こしてくださいませんか?」

「そうだったか。ええと? 次は……」


 自信満々な口の形をしたキカが言う。

「――ざんりゅう、ムザクさんです!」


 ……。


「ああ、ムザクか。で……、キカ。その『鬼山竜』って部分、必要か?」

「なにを言ってるんです。『玖の調停者ナインルーラーズ』として、その方のが分かるように称号は必要ですよ!」

「……お前のそのセンスだけは、どうしても分からんな」

「そんなー……。ヤタックさん、『女神のことを否定』するおつもりですか?」


 それを聞いたヤタックは無言で手を額に当て、やれやれ、と身体で表現した。

「はぁ……。それを言われちゃ、しょうがない。……ま、起こす手配はしておこう」

「はい、よろしくお願いしますね。ふふっ」



 結局、女神キカは終始目を閉じたまま。それは本来なら「拒否」と解釈されそうな態度であるが、キカにもヤタックにもそのような気配はなく、この場はとても和やかな空気であった。



つづく

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