第4話 害獣退治は死ぬほどたいへん

 シェーレに無理やり、試合場の中心へ放り込まれたキョウタだった。

「いててて……」

 彼が打ち付けたお尻をいたわりながら立ち上がると、耳が大きな黒猫のような生物「ピュイック」に睨まれていた。それにより自分がコロシアムの中央にいると気づいたキョウタは、自分が声援に囲まれていることにも気がついた。

「いいぞー!」「あんな害獣、やっちまえ!」

 そうした声が聞こえてくるのだ。キョウタはその様子を見聞きして、どれだけこいつは嫌われているんだ……、と思った。


「――えー、ご乱入いただきありがとうございます。それでは、一回戦第七試合をただいまより……」

 アナウンスが聞こえてくる。

「え!? もうやるの!?」

 しかしキョウタはまだ心の準備ができておらず、狼狽うろたえる。

「……行う前に乱入した方、入場口『赤』へお入りください。繰り返します。乱入した方、入場口『赤』へお入りください……」

 どうやらすぐ始まるわけではないらしい。キョウタは少しだけホッとし、後ろにあった赤色のアーチの中へ入っていった。



 ……。



 その先の部屋には大量の武器と、黒いスーツを来た一人の女性がいた。

「いやー、この度はご乱入いただきありがとうございます! ホント、棄権する人が多かったので助かります」

「は、はぁ……」

「では、トーナメント表のためにお名前を教えていただけますか?」

「えっと、俺はキョウタって言います」

「キョウタさんですね、かしこまりました! では試合のほうですが、さっそく五分後に始まります。その前にこちらからお好きな武器をお選びください」

「ええー……、わ、分かりました」

 一点補足だが、ウェドメントの時間の基準は「時間」「分」「秒」といったものではない。しかしそれを事細かに説明しても分かりにくいだけなので、翻訳的に現代日本と同じ単位で記載しているのをご了承いただきたい。


 さて、キョウタはまず武器々々ぶきぶき一瞥いちべつした。そこには剣、槍、斧といった「ザ・ファンタジー」の武器もあれば、拳銃とその弾、チェーンソーのようなキョウタ基準での現代武器、かと思えば水鉄砲、新体操のリボン、アメリカンクラッカーといったオモチャまで、本当に多種多様な物体がある。

 キョウタは別に身体能力が自慢ということもなく、オモチャを武器に使える能力も知能も無い。なので迷いながらも、素人でも最低限の威力が確保できそうな「拳銃」を手に取った。

「おお、初めて触るなぁ、これ。……どう使えばいいんだろ」

 しかしキョウタは火器についての知識があるわけではない。ただ「引き金を引く」「弾切れがある」「つよい」ことくらいしか知らないのだ。そこで、使い方について女性に聞いてみることにした。

「あのー、これってどう使えばいいですか?」

「ああ、それはですね……」


 ………………。


 キョウタが手にした銃は、使い捨て前提のものらしかった。というのも、もし銃をメインに使用する人間であれば、愛用の銃を持ち込むのが道理だからだ。なので、とりあえず素人でも使えるように引き金を引けば弾が出る、弾は六発入っている状態という話を聞いた。本来ならそのまま放置するのは危ないのだが、このウェドメントではよほどのことがあっても取り返しがつくのだと思われる。

 武器を選び終えたキョウタは、いよいよ戦う実感が沸いたようで、緊張から汗をかき始めた。

「……い、いよいよか」

「ではキョウタさん。試合のほう、よろしくお願いしますね」

「は、はいっ」

「試合前にお相手についてですが、がい……、ピュイックの『リア』選手です。界民ランクはC」

(今、『害獣』って言おうとした……?)

 リアという名のピュイックは、小動物的な見た目に反して界民ランクを持っているらしい。役所で手続きができる程度に人語を理解しているのか、それともピュイック用の役所があるのか……、それはどうでもいい話だが。

 そして界民ランクはCということは、おそらく相手に即死能力は通用しない。


「ああ、それでキョウタさんって、界民ランクおいくつですか?」

「ええっと、それが無いんですよ。俺、界民ランクのためにここに来たっていうか」

「えー、そうなんですか!? それはお気のど……、いえ、頑張ってください」

「あ、はい……」

 間違いなく「お気の毒に」と言おうとした女性に背中を向け、キョウタは試合場へ歩き始めた。



「――お待たせいたしました! ただいまより、界民ランクCのリア選手、対、界民ランク無しのキョウタ選手の試合を始めます。カウントスリーでゼロと同時に開始です。それでは、スリー……」

 いよいよキョウタはリアと戦うことになった。キョウタは覚悟が決まりきっているわけではなく、拳銃を持つ手が震えている。

「ツー……、ワン……」

 対するピュイックのリアは、獲物を狩る野獣の目を光らせ、微動だにしない。


「――ゼロ!!!」


 さっそくキョウタは拳銃を構えると、リアは観客席のほうを向いていた。そしてその目線の先を見てみると……、明らかに目の色がおかしい観客がいた。それも一人だけかと思いきや付近にいる別の観客も、また反対側も見るとそっちの観客も。

「これ、魅了の魔法……!?」

 目がおかしい観客たち(全員が成人男性)は、揃いも揃って席から立ち上がり、観客席と試合場の間にある一メートルほどのフェンスを乗り越えようと片足をかけている。シェーレが言っていたように、リアは試合場で「壁」を作るつもりなのだろう。皆、リアの元へ向かおうとしているようだ。

 キョウタはそうはさせるかと、リアに向かってパァン、パァン! と二回発砲。思っていたよりも反動が大きかったためか、キョウタは姿勢を崩して後ろに転んでしまいそうになる。

「うおっ!?」

 だが咄嗟に後方を確認しながら左足を後ろに出し、大きく姿勢を崩さずに済んだ。


 改めてリアのほうを見ると、その周りを半透明な赤紫色の球体が囲っていた。よく見ると一か所だけ、わずかにヒビが入っている。

(あれは、バリア……?)

 おそらく銃弾二発のうち一発は外したが、もう一発は当たるところだった。しかし魔法かなにかでバリアを張り、直撃を防いだのだ。……「リア」だけに「バリア」か、ということを一瞬だけ考えたが、キョウタはそれどころではないと首をぶんぶん振る。

「も、もう一回!」

 拳銃で狙いをつける腕前などキョウタには無いので、数撃てば当たるだろうと再度二回、パァン、パァン! と発砲。今度は二発ともキィン! と音を立ててバリアに命中したが、どちらも小さなヒビが入っただけに過ぎなかった。

 もっと銃弾を撃ち込めば割ることもできるかもしれないが、もう拳銃に残されているのは二発のみ。ここからは慎重に使わなければならない。


 だが、戦況はキョウタにとって悪いほうへと傾いてゆく。まず一つ、バリアのヒビはすぐに修復されて数秒で無くなったこと。そしてもう一つ、観客たちが集まり、「壁」が完成したこと。

「ま、間に合わなかった……!」

 観客はパッと見でも十人以上いて、半分ほどがリアの周囲にいる。そして残りの半分は、キョウタのほうをじっと見ている。……まるで、敵を見つけたかのように。

 キョウタは観客たちが向かってくることを察して、ダメ元で自分の能力を使ってみることにした。当然、対象はリア。

(うぅ、「死んでくれ」……!)


 ……。


 だがその数秒後、ついにキョウタへ向けられた視線たちが動き出し、うめき声の合唱を始めた。

「「「オオオオオ……!」」」

 彼らはゾンビのように、人の形をしているが理性的でなく、本能のみで動いているように見える。そして即死チート能力はリアに効かなかったようで、動く人々の隙間からは座った状態でピタリと静止した黒い獣の姿が見えた。

「や、やっぱりダメかっ!」

 次々と歩み寄る七、八人の観客たち、キョウタの手には後二回しか撃てない拳銃、しかし本体はバリアにより銃弾が防がれる。もうキョウタにできることと言えば逃げるくらいだが、お世辞にも広いとは言えない試合場の中、隠れることもままならない。それに逃げ続けたところでリアへのまともな攻撃手段など無いのだから、逃げる意味も無いようなもの。


「……いや、待てよ?」

 だがキョウタは思った。観客たちの動きは素早いものではなく、鋭いパンチやキックなどを繰り出せるようには見えない。もしかして「攻撃されても痛くないのでは」と。

 そう考えると目の前の七、八人が恐ろしい者に見えなくなった。そうそう。どうせ

ゆっくりしか動けないんだから、ちょっとぶつかるくらいだ。なにを怖がる必要があったのか。キョウタはそう考え、観客たちに向かって歩いていく。

 なーんだ、心配して損した。あはは、あはははは……。



 ――ゴシュッ!!!

「あぐうっっっ!!!!?」


 ……観客の一人から、キョウタの腹部へが突き刺さっていた。

「うぐぅ、ううううううう……ッッッ!!」

 もはや「痛い」という言葉すら口に出せないほどのダメージを受け、キョウタはその場にうずくまる。そう、キョウタの考えはとても甘かった。この世界はただの少女であるシェーレの腕力がヘビー級。それが成年男性であればもっと重くても当然であり、そもそもこの世界の住民は血の気が多い。本能でしか動けないとして、攻撃の瞬間だけ素早く動けてもおかしな話ではないのだ。

 痛みに耐えながらなんとか意識を保つキョウタは、彼もまた本能的に殺気を感じ取った。二人目、三人目の観客がキョウタに近寄ろうとしていたのである。

 うずくまった状態では満足に動けないので、どうにか地面を転がることで観客から離れることを試みた。ごろん、ごろんと腹部が地面に触れるたびに激痛が走ったが、さっきの一撃をもう一回喰らうことを考えて死に物狂いで我慢していた。



 ギリギリのところで壁まで逃げたキョウタは、壁を背中につけながら立ち上がる。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 しかし彼の絶望はまだ、終わらない。

「え……。じょ、冗談、だろ?」

 観客たちはみな、握り拳大の光る「石」を手に持っていた。そしてどう見てもそれを投げつけようとしている。だがキョウタは立っていることさえやっとで、避けることなど不可能。

 もし一斉に石を投げつけられたらどうなるか、考えるまでもない。あんな重いパンチを繰り出せる腕が投げてきたら、あれがただの石だったとしてもどれだけの威力になるか。

「や、やめろぉぉぉぉぉ!!!!!」

 キョウタは手放さずに持っていた拳銃を慌てて構え、真正面にパァンと発砲。……しかし、リアはおろか観客の誰にも当たらなかった。しかもそれだけでなく、満身創痍の状態で発砲したことで反動すら耐えることができず、またもやキョウタは崩れ落ちる。さらには手を滑らせて、拳銃から手を離してしまった。

「……っ!!」

 急いで手を伸ばしても間に合うはずがなく、拳銃は一度だけキョウタの指先に触れたが、そのまま宙を舞った。


(お、終わった……)

 ふわりとゆっくり落下する拳銃。キョウタの目には時間が遅く流れて見える。ゆっくり、絶望しながら拳銃を見ることしかできない。……意外にも拳銃は思ったよりも遠く、キョウタのいる方向とは真逆の壁に近づくほどに飛んでいった。そして、地面に落っこちて、



 ――パァン!!!



 ……落っこちた瞬間、破裂音がした。

「ギャウウッ!!!」

 そして、それと同時に獣のうめき声が聞こえた。



 ………………。



「あれ?」

 観客たちは石を持ったまま、動こうとしない。……かと思いきや、石が黒い粒子となり霧散していく。さらに、観客たちの目の色が元に戻った。

 それもそのはず。なんと、離れた位置にいるリアが身体を赤く濡らしていたのだ。状況から考えると、キョウタが手放した拳銃が地面に落ち、残っていた一発が暴発。その時の銃口が偶然にもリアのほうを向いていて、攻撃のためにバリアを解除していたリアに銃弾が直撃。そのダメージにより、観客たちにかかった魅了の魔法が解除された、というところだろう。


「んお?」「ありゃ、オレはいったい……」

 正気の目に戻った観客たちは、意識の無い間に変化した周囲を見回している。

「……あ、コイツ!」「オレたち、操られてたのか!」「この害獣め!」

 ついに観客たちはリアに操られたことに気づき、十数人全員で傷を負ったリアを囲った。今度のそれは、「外壁」ではなく「害敵」。


「「「許さん!!!」」」

 ゲシッ! ゲシッ!! 観客たちは総がかりで、小さなリアを蹴りつける。コイツめ、コイツめ! と恨みを込めて、痛めつける。リアは囲まれた時点で危ないと判断してバリアを張っていたのだが、観客たちの蹴りによりミシミシと音を立ててヒビが作られていく。もはや壊れるのも時間の問題だ。


 と、そうしている間に場内アナウンスが。

「――えー、お客様。試合場にいる皆さま。ただちに観客席へお戻りください。繰り返します、試合場の皆さま、ただちにお戻りください。お気持ちは分かりますがお戻りください……」

「知るか! コイツを殺さなきゃ気が済まねぇ!」

 そのアナウンスへ、試合場にいる一人の観客が叫ぶ。……そもそも観客は試合を観るためにコロシアムに来ているのに、観戦の機会を奪われた挙句、(一応は)危険な殺し合いの場に無理やり立たされたのだ。リアが嫌われているのも当然である。

「――えー、お客様。ただちにお戻りください。リア選手がそれで死亡した場合、対戦相手のキョウタ選手が失格となります。お気持ちは分かりますが、お戻りください……」

「……ケッ! 覚えてろよ、害獣が」


 ……。


 リアのことが憎いからこそ、彼を勝たせたくはなかったのだろう。観客たちは渋い顔をしながら選手入場口へ入っていき、退場した。

 後に残されたのは、満身創痍で赤黒く汚れたリア。おそらくバリアが破壊され、何回か観客の蹴りをモロに受けており、フラフラになりながら四つの足で立っていた。

「……うわぁ」

 キョウタも腹部に重い攻撃を受けたとはいえ、その姿を見て同情せずにはいられなかった。


 そう、両者とも深いダメージを負っており、まともに動くことができない。だが、コロシアムのルールではどちらかが死ぬまで試合は終わらない(キョウタは受付の時にルールについて教わっている)。

「いてて……、ど、どうしよう……」

 キョウタはとてもではないが、自らリアを殺しに行く気になれなかった。もちろん痛みで動くどころではないということもあるが、そもそもキョウタは他者を殺したい願望など無く、それはリアに対しても同様。特に撲殺や斬殺など、直接痛めつけるような残忍な殺し方はしたくないと考えていた。

 しかし、女神キカに与えられた即死能力は効かなかった。そのうえで直接手を下せないのなら、試合を終わらせるには自分が死ぬしかない。だがそれも嫌だ。


「もう一回やったら、どうにかならないかな……」

 人間は楽な方に流れたがる生き物である。当然キョウタもそうなので、思い切って死んでほしいと念じてみることにした。頭で考えるだけで殺せるなら、それほど楽なことはない。

「し、『死んでくれ』……!」


 ……すると。

「ギャオオオッッッ……!!!」


 突然リアが苦しみだし、痙攣。ケガだらけとは思えないほどにその場を走り回り、そして……、息絶えた。

「……え? 効いた?」


 ……。


 静まり返る会場。キョウタが啞然としていると、武器があった部屋にいたスーツ姿の女性が試合場にやってきた。彼女はリアの死体に対して両手を向けて、魔法かなにかで調べている様子。

「『死亡』確認! 決まり手はキョウタ選手の能力のようです!」


「「「ワァァァァァァァァァ!!!」」」

 観客たちから歓声と、拍手の音が聞こえてくる。

 さらには、アナウンスも。

「――試合終了! 勝ったのはキョウタ選手です! 界民ランク無しでありながら、リア選手を見事に撃ち破りました! おめでとうございます!!」



「えぇ……、終わった……?」

 キョウタはその盛り上がりとは裏腹に、あっけない幕切れにモヤモヤを抱えたままだった。



 ……その頃。


「お、勝ったですか。じゃ、おかわり買ってこよー、です」

 シェーレはコロシアム内の売店で売っていた「ミルクジンジャー・ポップコーン」を食べながら観戦していた。ディアニーア特産のスパイスである「ミルク生姜」が、ほどよいアクセントになっていると評判の、非マニア向けのポップコーンだ。



つづく

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