第3話 レッツゴー・コロシアム

「さて。キョウタさん、早くあたしを殺してほしいです」

「……はい?」


 のどかな草原にはとても似合わない、物騒なシェーレの発言。彼女は今まで「殺す」ということについては言ってきたが、今回はその逆。そんな彼女の真意は、というと……。

「第二形態になったら飛べるですから。さあ、早くするです」

「あ、そういうこと……」

 シェーレは死ぬことで第二形態になる能力を持っている。そしてキョウタは相手を念じるだけで殺す能力を持っている。第二形態のシェーレは飛行できるため、それらを活用して目的地まで飛んでいくのが彼女の狙いだったのだ。おそらく草原までやってきたのも、飛ぶ時に木が引っ掛からないようにするためなのだろう。


「でも、シェーレ。それなら『自殺』のほうが早くない?」

「わざわざ痛い思いをするのは嫌です。それにもし気を緩めて死に損なったら、二重で面倒ですよ」

「……そういうもの、なのか」

 キョウタは試しに自殺するという行為を想像してみた。例えば天井に紐をくくりつけ、輪っかを作ってそこへ頭を通す。首が締まってそれから……。例えば鋭い刃物を自分の胸に突き刺す。きっと、誤って手指を切った時とは比べ物にならない痛みが……。


 ……そして、シェーレの言うことに納得した。



「うん、分かった。じゃあ、行くよ。……『死んでくれ』」

「――うぐっ……!」

 すると、シェーレは苦しんでその場に倒れた。いくら復活すると分かっていても、その苦しむ表情は決して気持ちの良いものではなかった。

 ……そして十秒ほど経つと、シェーレの死体は浮かび上がり「変形」していく。


 バチィッ! バチバチィッ!!

 スパークを発生させながら、シェーレは角が生え、下半身が電気に変わった第二形態へと姿を変えた。

「はふー……。やっぱりこっちの姿がイイですねー」

 第二形態では空も自由に移動できるからだろうか、その声色は非常にリラックスしたものとなっていた。


「よし、です。それじゃあ捕まってほしいです」

 シェーレはキョウタへ右手を伸ばす。どうやら手を引っ張って持ち上げながら、目的地までひとっとびしようとしているようだ。

 だが……、明らかに彼女の手は強力な電気を帯びており、目に見えるほどのスパークが走っている。

「あの、シェーレ……。これ、触って大丈夫なの?」

「さあ? 別にあたしは殺すつもりとか、ないです。ほら、早くするですよ」

「う、うん……」

 おっかなびっくり、キョウタはシェーレへ手を伸ばす。


 バチッ!!

「――いってええええええええええええッッッ!!!!!」


 猛烈な痛みを感じたキョウタは、慌てて手を引っ込めた。

「あれ? ダメですか?」

「いったぁッッッ!! いてててて……っ!!」

 あまりの痛さに悶絶するキョウタを、シェーレはぽかんと見つめていた。


 これはつまるところ、スタンガン。早い話がキョウタの手に突然、強力なスタンガンに相当する電圧を浴びせられた。だからこそ「痛み」が走ったのだ。

(スタンガンを当てられた経験の無い方に分かりやすく表現すると、静電気の痛みの百倍くらいと思っていただきたい)

「こ、これじゃ無理だって……!」

「うーん、そうですか……。なら、仕方ないです」

 シェーレはそう言うと、キョウタへ向けていた手を何故か真上に伸ばす。


「仕方ないので、一回殺すですね」

「……へ?」



 ゴロゴロ……、バチバチバチィィィッッッッッ!!!!


 上空からキョウタの元へ、何度も雷が降り注いだ。それがひとつだけでも死にかねないのに、何度も降り注いだのだ。当然、キョウタは死亡した。


 ………………。



 「ディアニーア」。それは、シェーレたちの住んでいる国の名前である。


 ディアニーアの面積はウェドメント全域の中で、抜きんでて大きいわけでも小さいわけでもなく、大別するなら小さいほうに入るというくらい。国土はやや細長い形をしていて平たい地形が多く、国の周囲の四分の三ほどが海に面しているという形状だ。

 そんなディアニーアの特色だが、主に「刺激的な香辛料」の生産が盛んというところが挙げられるだろう。前提としてウェドメントは人間などの知的生物の「能力」の発達により、世界中に上質な物資が溢れている。そのうえ魔的な力で長期間に渡って物の質を保ったり、消費した物を復元することもできる。だからこそわざわざ普通の物が生産されることは少なく、普通ではない物、俗的に「マニア向けの物」がその国の名刺となる、という表現にすれば分かりやすいだろうか。

 だが、今回の話に香辛料は一切関係ないので、ただのフレーバーとして考えていただければ幸いだ。



 そしてキョウタと(第二形態から戻った)シェーレは、すでにディアニーアの国役所くにやくしょへ訪れた後だった。人間の能力があまりに大きく向上して移動や連絡手段が豊富のため、役所は国単位で事足りるのだ。

「……というわけで、コロシアムに行くですよ」


 界民ランクの手続きをしようとしていたが、それにあたって「強さ」の証明が必要とキョウタは言われた。証明するにはいくつかやり方があるのだが、その内のひとつに「コロシアムでの戦闘経験」というものがある。それは国営コロシアムで真剣に殺し合いをし、相手を殺して勝ち上がることで得られるのもので、ストリートファイトとは異なって観客も審判もいるため、公平な腕前の証明としてよく用いられるというわけだ。

 ……ちなみに余談だが、シェーレは役所の人間を殺害することで「強さ」を証明したらしい。


 さて今、二人はコロシアムへ続く石畳の歩道を歩いている。

「えーっとつまり、そこで殺し合いをしろ、ってことだよね」

「ですね」

「うぅ、そっか……」

 キョウタがいくらウェドメントに来てから二回殺されているとはいえ、まだ殺されることに慣れていない。そんな状況で、きっとシェーレと同じか、あるいはそれ以上に強い相手と殺し合いをすることを考えると、キョウタは気が重くなるのだった。

「大丈夫ですよ。コロシアムってザコばっかですから」

「え、そうなの? どういうこと?」

「まあ、簡単に説明するとですね……」


 ……。


 説明。

 コロシアムには観客や審判がいる都合で、戦闘においていくつかルールがある。中でも重要なのが「対戦相手『以外』を殺したら失格」というもので、例えば広範囲にいかずちを落とすなどして観客を一人でも死に至らしめてしまうと、失格になってしまうのだ。

 ある一定の強さまではコロシアム内で収まる戦闘となるのだが、例えば参加者がB級くらいに強くなると、攻撃範囲が広くなって観客に被害が及びやすくなる。そうした事情などからB級以上はお互いに合意のうえ、周囲になにもない平地に飛んで一対一で戦い始める非公式的な試合が多い。何故なら、気軽に生命や物損を補填ほてんできるからといって、街中で無遠慮に広範囲への攻撃をすると、近隣住民から「苦情(殺意)」が「飛んでくる」ことになるからだ。

 だからこそコロシアムは、観客へ攻撃を当てる心配が少ないような界民ランクの低い者たちが多く参加する傾向にある。シェーレが「ザコばっかり」と言ったのはそういうことなのだ。


「……ってことです。だから、大丈夫です」

「うーん。B級は実質いない、それとC級の人には俺の即死能力が効かない、ってことみたいだけど、なんとかD級以下の人が相手になったらイケそう……、かな?」

「ですね。あ、でも、D級以下もたぶんほとんどいないです」

「……ナンデ?」

「D級以下ってだいたい、C級に一回負けたらもう参加しないですから。勝てなくてつまんないとかなんとか」

「そ、そっかぁ……」

 つまり、今から即死が効かないであろうC級相手に戦い、他に抗う手段も無く死にに行くようなもの。キョウタは気が重くなるのだった。


「で、でも、死んだら生き返れるんだよね? ちょっと戦えばいいんだよね?」

「生き返れるのはそうですが、『ちょっと』だと足りないと思うです」

「……え」

「そもそも、これってあなたの強さを測るのが目的ですから。もし瞬殺されたら実力が分かりにくいですし、追加の試合が必要になるかもです」

「う、うわぁ……」

「ああ、でもそうですね……。ランク低いヤツらって、殺すのヘタなんですよ。だから瞬殺ってあんまりないと思うです」

「そうなんだ。……でもそれ、じわじわ痛めつけて殺されるってことじゃ」

「んー、そうなるですね」

「……逆に悪質だぁ」


 キョウタはどんどん気が重くなり、歩みもどんどん遅くなっていく。


 ……歩みを止めないシェーレとの間が一メートルほど開いた時、彼女は振り返りながらキョウタへ言った。

「どうしたです? なんか落ちてたですか?」

「ああ、そうだね。ちょっと気分が落ちてた……」

「……?」

「いや、な、なんでもないよ……」

 少し冗談めかして自分の気持ちを口に出したが、シェーレにはいまいち伝わっていない様子。やはりこの二人は、常識という部分に大きな差があるようだ。

 キョウタは改めて、とんでもない世界に送り込まれてしまったと思っていた。そしてもうすでに、女神キカへの同情など消え失せていた。



 シェーレの冷めた態度を見て、コロシアムは大して盛り上がっていないのだろうと思っていたキョウタ。だが、意外にもそこには多くの人々が出入りしていた。

「へぇ。結構人が多いんだね。シェーレがつまらないみたいに言ってたから、もっと少ないと思ってた」

「世の中、戦うのが趣味じゃない人間もいるですからね。そういう連中にはちょうどいいみたいです」

 ウェドメントの住民は超人的な能力を持っている者が多いが、なにもそれが全て戦闘に特化したものではない。動植物を育てたり、道路や設備の整備をしたり、周囲を笑わせて過ごしたりなど、様々な方面で超人的な能力を発揮しているというケースもよくあることなのだ。そうした人々には攻撃が飛んでこない規模の戦闘が興行として丁度良いのである。


 さて、二人はコロシアムの受付に到着。

「……えっと、『無差別級』でいいんだよね」

 コロシアムの試合には「無差別級」と「界民ランク別」の二種類がある。ランクを持たないキョウタは必然的に「無差別級」になるわけだが、無差別と言ってもただ参加への制限が極端に少ないというだけで、そこが猛者だらけというわけではない。

「はい、そうです。でもやる気あるヤツらは『界民ランク別』がほとんどですから、やっぱり、相手はザコばっかりだと思うです」

「そうなの? でも例えば、誰でも殺せればいい、血を見るのが好きな人とかが参加するんじゃ……」

「大丈夫です。ザコを瞬殺する試合なんて二、三回もやれば飽きるですから。逆に、同じくらいの強さの相手と戦うほうが楽しいですし」

「そういう感じなんだ」

 無差別級は相手の実力が一定ではなく、かなり格下の相手と試合になることもある。なので本気で腕試しをしたいなら、C級以下なら界民ランク別、B級以上ならストリートファイトなどで同格以上の相手と殺し合いをするほうが盛んなのだ。


 ………………。


 こうして、キョウタは不安を抱えながらも手続きを終え、殺し合いに参加することとなった。



 ……手続きが終わったからといって、すぐに戦えるわけではない。コロシアムは特別な催しでもない限り、トーナメント形式の試合が行われているのだが、今日の分はすでに一回戦の真っ最中でキョウタが手続きできたのは「明日の試合」だった。

 なので今日のところは、この場所に用事は無い。しかし……。


「せっかくだし、試合でも見ていくですよ」

 というシェーレの勧めにより、キョウタも観戦することにした。

 キョウタはまだシェーレと出会って間もない状態だが、その勧め方が彼女らしくない、と感じていた。ここまで芯が強く、戦闘能力も強いであろう彼女が、わざわざ弱い他人の試合を見たがるとは思えなかったのだ。なので、この世界に来たばかりで帰れないキョウタが少しでも馴染めるよう、彼女なりに気を遣った結果なのだろうと考えた。


 「無差別級」の試合はコロシアムのB棟で行われるとのことで、B棟へ向かう渡り廊下のような通路で歩きながら、キョウタはシェーレへ声をかける。

「ごめんね、俺のせいで。用事が早く終わらなくて」

「ん? なんのことです?」

「だって、試合は明日だって。このあたりに泊まるとか、そうじゃなくても家ともう一回往復するとか、手間がかかっちゃうからさ」

「ああ、そのことですか。たぶん心配いらないですね」

「……どういうこと?」

「トーナメントの、特に一回戦は欠員がよく出るです。ひどい時は十人くらい不戦勝ってこともあるらしいですよ」

「え、そうなの?」

「それで当然、観客からブーイングが飛ぶです。無効試合とかサイアクですからね。だからそんな時、飛び入り参加が認められるです」

「あ、そうなんだ」

「今回はコロシアムで戦いさえすればいいですから、飛び入り参加でも大丈夫なはずですね。というか元々、飛び入り参加狙いだったです」


 そうしているうちに二人は会場へ到着し、歩みを止めた。

「おおー……!!」

 キョウタは岩の柱に囲まれたようなコロシアムを想像していたが、そこは、まるでドーム球場のように会場全体が覆われているような形だった。その大きさもさることながら、興行施設としてしっかりしていそうな見た目にキョウタは驚いていた。


 ……。


 観客席まで来ると、ちょうど試合が始まるところのようだった。観客はちらほら入っており、なんだかザワついている様子。

 会場の中央、円形に広くとられた空間で戦うのだろうか、選手入場口と思われる赤と青のアーチが対角にあり、その青いほうになにやら「黒猫のような生物」がいた。

 そしてそれを見たと思われるシェーレが、唐突に呟く。

「あ、害獣がいるです」

「……が、害獣?」

「アイツですよ。ほら、青いとこにいる」

 やはりシェーレは「黒猫のような生物」のことを「害獣」と呼んだらしい。


「え、あれって会場に迷い込んじゃったの?」

「いや、アイツはたぶん参加者ですよ」

「んん? でも、なんで『害獣』って言ったの? そんなに悪そうには見えないけど」

「見てれば分かるって言いたいとこですが……、たぶんこれ不戦勝ですね」


 ……シェーレの言うとおり、会場内にアナウンスが響き渡った。どうやらこの試合の選手を呼んでいるようだが、入場口からは誰も出てこない。

「ま、アイツが相手なら逃げてもおかしくないですね」

「……そ、そんなに強いの?」

「アイツ自体は強くないですが、アイツの能力がムチャクチャめんどくさいです。えーっと……」


 ……シェーレの説明をまとめると、こう。

 種族名「ピュイック」。毛皮に覆われた愛くるしい黒猫(耳が自身の頭より大きい)ものような容姿をしており、主に知的生物を魅了する能力を持っている。だが、ペットとして飼育された報告例は極端に少ない。それは彼らもまた知的生物であり、他者を魅了して「利用」することに長けているのが理由である。

 特にコロシアムに参加する個体は、魅了の能力で観客を会場の中央まで呼び寄せ、味方として利用する戦法を得意としているようで、対戦相手からは非常に忌み嫌われている。単純に多対一の勝負にさせられるというのも理由の一つだが、一番は「対戦相手以外を殺したら失格」というコロシアムのルールとの合わせ技が問題視されているのだ。

 例えば、銃弾をピュイックの眉間に撃ち込んで殺害するとしよう。しかしピュイックは観客を魅了し、「壁」を作ることができる。そしてその「壁」を殺してしまうと、その時点でルール違反で失格となってしまう。この時、ピュイックはあくまで観客を魅了しただけで、直接殺したのは対戦相手。なので失格になるのは相手のほうとなる。……それだけでも厄介極まりないのだが、さらに驚異なのは観客を操り、襲わせることができること。自分は「壁」の中という安全圏に居ながら、それとは別に「殺してはいけない駒」を動かすことができる、というわけだ。

 なので、ピュイックはコロシアムでの戦闘に限り、その戦いにくさから「害獣」と呼ばれているわけである。


「……コロシアムじゃなければ観客ごと殺せばいいですけどね」

「なんかこう……、すごいなぁ……」

「ん? なにを他人事のように言ってるです?」

「えぇ? ……あ!」


 今、ピュイックの対戦相手が不在という状態。ということは、飛び入り参加が認められる状況である。つまり……。

「――ご来場の皆様へお知らせします。現在B棟にて、対戦相手不在の試合が発生いたしました。つきましては、飛び入り参加の……」

 会場内にアナウンスが響き渡った。


 それを聞いたシェーレは、笑顔をキョウタに向ける。

「いやー、すぐ飛び入りできるなんてラッキーですね。ほら、行った行った、です」

「……えっと、そのー。お、俺は、もうちょっと後に……」

 シェーレはキョウタの服を掴み、力強く放り投げた!

「うわわわわっっ!!!?」


 そして会場に響くような声で、シェーレは言った。

「すみません、です! 飛び入り参加希望、でーす!!」


 ――ドシン!! 

「いったあああッッ!!!?」

 キョウタは盛大に、ピュイックの目の前にお尻から着地した。


「「「うおおおおおおおお!!」」」

 ……観客たちはどうやら、キョウタのことを受け入れたようだった。



 つづく

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