第2話 シェーレの家でおはようございます
「うぅ……。ん……?」
いつもの布団とは異なる感触。それはなんだか、とても高級な雰囲気。キョウタはぼんやりと、「良いベッドってこんな感じなのかなぁ」と考えていた。
「……お? 起きたですか?」
女の子の声が聞こえた。あれ、この声どこかで聞いたことあったっけ……?
おそらくキョウタの目が覚めた時に、彼にかけられていた毛布がモゾモゾと動いたのだろう。きっとそれを察して、その女の子は声をかけてきたのだ。
でも、あれ? あんまり良くない記憶がよぎったような……。キョウタは声の主について考えてみる。
――ばさっ!
だがそんな間も無く、キョウタにかかっていた毛布が奪われた。毛布をめくり上げていた声の主は……、あの時ゴブリンから逃げていた銀髪の少女だった。
そう。あの第二形態となり、キョウタを焼き殺したあの少女だったのだ。
「おはよーです。元気ですか?」
「……ひいっ!!!?」
流石に今は変身前の姿のようだが、キョウタに刻まれた恐怖は消えていなかった。あの、殺される寸前の危機感。近くにいるだけで押しつぶされそうな気配。キョウタはそれらを思い出すだけで身体が震える気がしていた。
「ん、寒かったです? 悪かったですね」
少女はキョウタのもとへ毛布を放り投げ、見事に彼の身体の上にぱさっと着地。キョウタは無意識に怯えて両腕で身体を押さえており、それを見て少女は寒がっていると判断したのだろう。
よく見てみると、今の少女からは恐ろしいものを感じない。もしかして、実はよく似た別人……、
「うーん。殺した時、なんかしちゃったですか? 特に気温は……」
……ではないらしい。キョウタははっきり「殺した」と聞いてしまった。
「あの、き、君は……」
「えーと、あ! そういえば名前も聞いてなかったですね」
「……え? あれ?」
キョウタは少女と初めて会話した時を思い出す。
× × ×
少女は困惑し、首を何度も横に動かしながら周囲を見ていた。そこへ歩いて近づいてくるキョウタ。
「よかった……。と、とりあえず、ケガはない?」
「あなた、は……?」
「俺はキョウタ。危ないところだったね、大丈夫?」
「あぶない、ところ……?」
少女は、まだ困惑していた。急に現れたキョウタのことを警戒しているのか、それとも別の理由があるのか。
× × ×
「いや、君には名乗ったような……」
「えー……? いや、知らないです」
少女は
「まあ、いいです。あたしは『シェーレ』って言うですよ」
「シェーレ、か。俺はキョウタって言うんだ」
「キョウタさん、ですね。よろしくです」
「こ、こちらこそ……。よろしく」
前回の殺意との落差に、キョウタは調子が狂っていた。今の彼女からは「第二形態」だとか「
この世界の常識はそういうものだろうか、と疑問に思ったキョウタは、シェーレへ質問することにした。
「ねぇ。君は……」
その時。リンゴーン、とドアチャイムのような音が鳴った。
「おや? はいはーい」
どうやらそれは本当に呼び鈴らしく、シェーレは部屋の外に出て行った。
……。
「ちょっとくらい、いいかな……」
部屋に取り残されたキョウタは、失礼にあたると考えつつも「この世界の常識を知るために必要だ」と自分に言い聞かせ、シェーレの後を追ってみることにした。
■
……おそらく、玄関にて。シェーレからは見えにくいように廊下の角に隠れながら、キョウタは彼女のことを見ていた。
「どちらさまですー、っと」
シェーレが扉を開けたところ、そこには色白な肌の成人男性(に見えるくらい大柄な男)が立っていた。
「やあ、シェーレちゃん。お姉さん、いるかい?」
「あー……、いや、ちょっと来るのが早かったですね」
「なんと! 入れ違いってところか」
「違うです」
――ぐしゃあッ!!
その瞬間なんと、シェーレの右腕が男性の腹部を貫いていた。
「ぐはぁ……っ!!」
「来るのが十年早いってことです。せめて、もっと強くなってくるがいいですよ」
そしてシェーレはさっさと腕を引き抜き、ビチャッと真っ赤な血が噴き出したかと思うと、男性の身体を蹴り飛ばしてバタンと扉を閉めた。
「……あーあ、無駄に汚しちゃったです」
返り血を浴びたシェーレはぼやきながら、懐から「卵型の光るなにか」を取り出し、それを横からパキッと握り潰した。するとそこから緑色の粒子が飛び出し、彼女の身体を包み込む。
……数秒が経って粒子が無くなると、シェーレの衣服に付いていた血液も綺麗さっぱり無くなっていた。
………………。
「えぇ……」
あまりの光景にキョウタは絶句していた。もちろん緑色の粒子のことではなく、シェーレが男性を攻撃したことについて、である。
そしてシェーレが部屋に戻ろうとすると、当然キョウタと鉢合わせする。
「ああ。お待たせしちゃったですね。……なんか、あったです?」
「えっと……、聞きたいことがあるんだけど、いいかな……」
■
二人の常識に大きいズレがあったので、そこそこ長くなった質問コーナーを短めに紹介しよう。また、キョウタの常識はおそらく読者と同じようなところと思われるので、紹介はそこを基準にしていく。
まず、シェーレは人を殺すことに躊躇が無い。それは何故かというと、この世界では当たり前のように生物が生き返るのだという。
「……そんなに驚くことですか? ほら、これとか」
そう言う彼女が取り出したのは、青色の小さな薬瓶。中に液体が入っているようだが、それを死者にかけると時間が経つだけで生き返るのだとか。しかも死因となる傷や病気に限らず、ある程度は生前の状態を再現し、健康体のまま蘇生してくれるらしい。
そしてその液体だけでなく、蘇生魔法や蘇生能力が世の中にありふれているそうで、人間の一人や二人を殺す程度は日常茶飯事だとシェーレは言っていた。なんでもそれが当たり前過ぎて、「返り血を綺麗にする魔法薬」が日用品となっているほど、とのこと。
「だ、だからって、あんなにいきなり殺さなくても……」
「あなた、あたしをいきなり殺したですよね?」
「………………」
「ですよね?」
むしろシェーレからすると、生き返らせる手段も知らずに殺してきたキョウタの行動が考えられないもののようだった。
さらには、女神キカの話についても。
「……ってことがあって、俺はここにいるんだ」
「あのザコ女神、また変なことしたですか……」
「ざ、ザコ……?」
「あたしは話を聞いただけですが、なんでも……、ここの人間たちは異常だとか、そんなインチキ能力認められないとか、色々ほざいてるらしいです」
「あ、そうなの……」
「そのクセに、ヤツは別空間に引きこもってるって聞いたです。文句があるならこっちに来ればいいですのに」
キョウタはそれらの発言を聞き、どちらかというと女神キカへ同情した。
そしてもうひとつ、シェーレの強さについても質問した。
「あたしはまだまだです。少なくともレインには一方的に負けるですから」
「『レイン』って、君の友達?」
「そーです。……あ、あと。当たり前ですがお姉ちゃんもあたしより強いです」
「……あの、君の第二形態でも勝てないの?」
「レインには第一形態のまま『封印』されるですし、お姉ちゃんには第二形態でも絶対に勝てないです」
「へ、へぇ……」
彼女ですら勝てないのなら、「ただ即死させるだけ」の自分ではもっと無理なのだろう。世界は広いなぁ……、とキョウタは思った。そして、女神キカへ同情した。
最後に、何故ゴブリンたちをおびき寄せていたのかということについて。
「ああ、あれですか? あいつらの魂で悪魔を呼んで、あたしを殺してもらうつもりでした」
「あ、悪魔……」
「魔法陣を書いて、その中にテキトーな生物を置いておくと生贄になるです」
「そうなんだ……」
「あたしが契約してる悪魔、殺すのが上手いですよ。死ぬ時、全然苦しくないです」
「あは、はははは……」
あくまでシェーレは笑顔でそう言っていた。そもそも「悪魔」という存在自体キョウタにとっては空想上のものだったが、彼女が「悪魔に殺される」というのを利点として活用しようとしたことに、改めて常識が違うと実感させられたのだった。
………………。
そうして二人が部屋で話をしているとまた、リンゴーンと音が鳴る。
「ん? またですか」
シェーレは再び玄関へ歩いていき、今度はキョウタもついていった。
「……はーい、です」
扉を開けると、先ほどシェーレが殺したはずの男が親指を立てて佇んでいた。腹部に開けられた穴は衣服も含めて完全に修復されているようだ。
「はは。ひどいじゃないか、シェーレちゃん。でも、ボクはこれくらいじゃヘコたれないからね!」
「あー、そうですか……」
男はシェーレの隣にいるキョウタを見て言う。
「ところでキミはどこの誰だい? シェーレちゃんのお友達かい?」
「えーっと、俺はキョウタって言います」
「ハハハ、キョウタくんか。ボクはD級
「はい、よろしくどうも。……D級?」
デザルトと名乗った男の発言に対し、キョウタは頭にハテナを浮かべた。だがそこで、シェーレがめんどくさそうに口を挟む。
「それで、デザルトさん? また殺されたいですか?」
「いやいやいや、そんなことはないよ! ただお姉さんと約束があってね……」
「お姉ちゃんは『ずっと寝てる』です。それくらい、ご存知じゃないですか?」
「いや、だから起きるまで、そばに……」
「『封印』されてるですから、起きるわけないです! それとも、あなたも封印されたいですか?」
「ハハハ……、うーん。シェーレちゃんは手厳しいなあ」
やれやれとでも言いたげな様子で、デザルトは首を左右に振る。シェーレはそれを呆れたような目で見ていた。
しかし、蚊帳の外となっていたキョウタの頭にはハテナが浮かんだままである。
「……あの、D級? かいみん? ってなんでしょう?」
真っ先に答えたのはシェーレ。
「あー、そういえばザコ女神に連れてこられただけですもんね。『ウェドメント界民ランク』のことです。簡単に言うと『強さ』のことですよ」
ウェドメントとは、女神キカが言っていた「この世界」の名前のことである。
「強さ……?」
「はい。D級はそこそこ弱いですね。ちなみにあたしはB級です」
「へー、そうなんだ」
「――ああ、そうなのさ!」
デザルトは何故か誇らしげに歯を見せていた。シェーレとキョウタは三秒ほど彼を見つめると、再び会話に戻る。
「まあそれ自体に意味はあんまり無いですが。いちおう、認定されるとお得ですね」
「そうなの? なにか貰えるとか?」
「界民ランクが高いと、蘇生薬や浄化薬(血のりを綺麗にする薬)がタダで貰えたりするです。強ければそれだけの相手を殺せるですからね」
「あ、そういう……」
いくら死者を生き返らせる手段が豊富とはいえ、蘇生にはそれなりに費用がかかるのだろう。キョウタはそういえば、と、自分がお金もなにも持っていないことを思い出した。
「俺の能力、念じるだけで相手の命を奪えるみたいなんだけど、それなら蘇生薬とか持ってたほうがいいよなぁ……」
「あ、やっぱりそういう能力だったですね。んー……、正直、あってもなくてもどっちでもいいと思うです」
「え、そうなの?」
「そうですねー。……じゃあせっかくですので、このデザルトさんを殺してみてほしいです」
「「――はい!!?」」
キョウタとデザルトは、シェーレの突然の発言に驚いた。
「大丈夫ですよ。蘇生薬ならいくらでもあるです」
キョウタとデザルトは口々に言う。
「いや、そうじゃなくて……」
「そうそう! シェーレちゃんならともかく、こんな男に殺されるなんて……」
「……あたしは準備無しに殺せて、この男は殺せないです?」
シェーレが冷たい声でキョウタにこう言った。しかし、流石に「はいそうですか」と言うのも
「いや、でも……」
「大丈夫ですよ。たぶん、あなたの能力じゃ殺せないですから」
「……そうなの?」
……キョウタは悩んだが、シェーレを信じてデザルトを殺してみることにした。両手をデザルトへ向け、心の中で念じる。
――「死んでくれ」、と。
「お、おい! ホントに
………………。
……。
「……あれ?」
言われたとおりに念じたつもりだが、特に変化は見られない。その理由が分からないキョウタは、両手を伸ばしたまま硬直していた。
「やっぱり大丈夫ですね。思ったとおり、即死無効持ちみたいです」
「シェーレ、どういうこと?」
「コイツもいちおうD級ってことですよ。だいたいC級以上だと即死なんてほとんど効かないですが、D級でも一部は効かないヤツがいるです。コイツはその一部ってことですね」
「え、ええ……。なんで?」
「んー……、そういう『体質』、ですかね? でも、B級のあたしも第一形態は効くですし、個人差はあるみたいですが」
シェーレから衝撃の事実を話されて、キョウタはなんとも形容しがたい気持ちになっていた。具体的には「C級以上の人は殺さなくて済むという安心感」と、「そんなに使い道が限られている能力を渡されたのかという虚無感」の二つ合わせである。
「でも、能力的にはレアだと思うです。逆にノーマークで、意外と通用する相手もいるかもしれないですね」
シェーレのその言葉を聞いたキョウタは、無理して励まされているような、みじめなような。そんな気分になった。
「……俺、どうすりゃいいんだろう。ちょっと帰りたい……」
「む? 帰りたきゃ帰っていいですよ?」
「帰れないんだよ。俺、キカさんにここに連れて来られただけだし……」
「あ、じゃあ、ザコ女神と連絡とる手段ってあるです?」
「いや……、知らない」
それを聞いたシェーレは、うーん、と悩む。一筋縄ではいかない話なのだろう。
……十数秒ほど考えたシェーレは、ひとまず結論に至ったらしい。
「なら回りくどいですが、『別の能力を貰いに行く』です。それで、ザコ女神に会える能力が身につくかも、ですし」
「え? そんなことできるの?」
「無制限に、とはいかないです。それに能力を貰うためには、それなりの界民ランクが必要だったはずですね。だから、その申請もしに行くですよ」
「そうなんだ。……えっと、それってどこに行けば?」
「あたしが連れてってあげるです。感謝するがいいです」
「そんなの、申し訳ないような……」
「別に、慈善でやろうってわけじゃないですから。代わりにあたしの言うことを聞いてもらうですよ」
「そっか、まあそれなら……。うん、じゃあ、お願いしようかな」
「決まりですね。じゃあ早速ですが……」
「――ゴホン! ちょっといいかい? さっきからボクのこと無視してる?」
「……え?」
「です?」
キョウタとシェーレはいつの間にか、デザルトのことを意識から外していた。デザルトからしたら、途中まで話に入っていたものの、急に「約束の相手の妹が、見知らぬ男に対して、自分を殺してみろと命じた」うえで、さらにその後の話題に入れてもらえなかったのだ。
だがシェーレは、そんなデザルトをさらにコケにするように言う。
「あー……。じゃ、ちょうどいいです。デザルトさん、留守番お願いするですね」
「え? それってどういう」
「勝手に押しかけて来たですから、ちょっとは役立ってほしいです」
戸惑うデザルトに対して、シェーレは指を弾いてパチン。
「はい。今、外出禁止の結界を敷いたです。デザルトさんをこの家から出さないようにしたですが、ゲストルームとかは出入り自由ですので、汚さない程度にごゆっくりくつろぎやがれ、です」
「……あのー?」
「もちろん、あたしやお姉ちゃんの部屋は入れないです。まあ、結界を解除できるものならしてもいいですけど。……それじゃ、です」
「ちょっとー……?」
シェーレはデザルトの声を無視しつつ、キョウタの手首を掴んで早歩き程度の速度で玄関の外に出た。
……。
シェーレの家は森の中にあるようで、家の前から道が伸び、木々の中へ続いていた。キョウタはシェーレに手を引かれながら、木漏れ日の中を早足で進む。
「ちょ、ちょっと! もう行くの?」
「面倒事はとっとと片づけるがラクです。それともあなた、用事とかあるですか?」
「いや、無いけど……。それにあのデザルトさん、あのままでいいの?」
「どーでもいいです。あの人程度に壊されるような、ヤワな結界じゃないですから」
「いやそうじゃなくて、あの人、お姉さんに会いたがってるって……」
「ほっとくがいいです。お姉ちゃんはそれだけ色々有名なんですよ。どうせ、約束もウソかなんかです」
「そ、そうなの、かなぁ?」
……。
■
そして二人は森を抜け、青空の広がる草原にやってきた。
爽やかな風が草を撫でる中、シェーレはキョウタのほうを向きながら、それが当然と言うような顔をして言う。
「さて。キョウタさん、早くあたしを殺してほしいです」
「……はい?」
つづく
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