即死チートだけじゃ世の中やっていけないらしいです

ぐぅ先

ウェドメント生活 1~2日目

第1話 即死チートを手に入れた

 う……、ん……?


 気が付くと、男は宙に浮いているように感じた。まるで水の中のように自由に動けるが、どんなに身体を動かしても抵抗が無い。

 そのまま目を開けると、そこは青白い世界が広がり、真っ白な粒子が流動的に動き続けている。粒子に手が届いて触れてみても、なんの感触も無い。

「ここは……、どこだ……?」


 そうしていると、目の前に一瞬だけ強い光が生じた。眩しくて目を数秒閉じると、いつの間にかそこには一人の女性が浮いていた。

「お気づきになったのですね」

「……あなたは?」

「わたくしは、女神キカ。ですが、あなたがかしこまる必要はございません。どうか楽に、キカとお呼びください。……キョウタ様」

 キカがそう言うと、男は驚いた。キカが女神と名乗ったことに、ではない。「キョウタ」という自分の名前を呼ばれたことについてだ。


「キカ、さん? えっと……、なんで、俺の名前を?」

「それは、わたくしが女神だからです。キョウタ様がお亡くなりになったとお聞きしたので、勝手ながらこちらの世界に呼ばせていただいたのです」

「……俺が、死んだ?」

 キョウタは自分が死んだということを知って少しは驚いていたが、同時に納得もしていた。ここが死後の世界というのなら、女神という存在がいることも、自分の身体が浮いていることも理解できる。きっとここは、生きていた時とは別の、死後の世界なのだろう。だから生前の世界の常識は通用しない、と。

 ……しかし、引っかかる。キカの言葉はまるで「死んだあと、また別の世界へ移動させてきた」という意味に聞こえた。ということは、ここは元々いた世界とも、死後の世界とも異なるのだろうか。


「ここは……、死後の世界なんですか?」

 キョウタが尋ねる。

「いいえ、そうではありません。この世の名は『ウェドメント』。わたくしが管理する世界です」

 もちろん、その「ウェドメント」という名を、キョウタは聞いたことがなかった。彼は引き続き、質問する。

「なら、俺が死後の世界にいたところを、あなたがここに呼び寄せたということですか? ……なんのために?」

「実は今、ウェドメントの治安はとても荒れてしまっています。それを、解決していただきたいのです」

「そ、そうなんですね……。……どうやって?」

「今からあなたに、人知を超えた力を授けます。本来は禁止されている行為なのですが、今回は特例で」

 キカが両手をキョウタに向けると、周囲の粒子がブルーの身体へ集まっていく……。そして一瞬の間の後、急速に光り輝いた。



「――うわっ!?」



 ………………。


「無事、力を授けました」

 キカは、どこか悲し気な顔つきで微笑んだ。

 一方でキョウタは、自分の身体をくまなく見回している。どうやらなんらかの力が授けられたようなのだが、試しに手を開いたり閉じたりしてみても特に普段と変わらない。

「あの……?」

 当然、疑問に思う。キョウタはキカに尋ねた。

「あなたに託したのは、禁忌の力……。本来であれば、行使するために多大な犠牲が必要となる能力です」

「禁忌……、犠牲……」

「ええ。それは……『命を奪う力』」

 キカは真剣な眼差しでキョウタのことを見つめていた。そこには冗談の気配など、一切込められていない。思わず、キョウタは自分の手のひらを見る。

 彼女は「命を奪う力」と言った。ということは、相手を「殺す」ことに関する能力……?


 顔をあげて、キョウタはキカに再度尋ねる。

「その、『命を奪う力』とは、どんなものなんですか」

「簡潔に説明するなら、『念じただけで他者を殺すことができる能力』です」

「………………」

 やはり、そういうことらしい。キョウタはなるほど、と思った。それなら「多大な犠牲が必要」というのも理解できる。そこまで強い力なら、使い方を間違えれば人類を滅ぼすこともできるのだろう。だが、それを授けられた。もし本当なら、そんな能力に制限を付けては平和を守れないほど、そのウェドメントの世は治安が乱れているのだろうか。……キョウタは不安に思った。


「あの……」

「では、準備も済みました。早速下界へお行きください」

「……あの?」

 キカは急に話を進めてきた。あまりにも早い話題の転換にキョウタが呆気に取られていると、また粒子がキョウタのもとに集まっていく。


「大丈夫です。あなたならできると、信じています」

「いや、それって丸投げ……」


 ピカッ。


 ……キョウタの言葉は、一瞬の瞬きとともに遮られたのだった。



 ………………。


「ハッ!?」

 キョウタはうつ伏せの状態で目を覚ました。顔を上げて目の前を見ると、そこは拓けた森の中のよう。木々はあまり密集しておらず、隙間からは青空が覗かせていた。

 そのまま周囲を観察しながらも、キョウタは澄んだ空気、草木の生える大地の感触を味わう。確かにこれらの感覚は久しぶりという気分で、ひょんなことから自分が死んでいたこと、そして今は生きているということを自覚した。


 そしてキョウタはゆっくりと手足を動かし、立ち上がる。

「……これから、どうすりゃいいんだ?」

 まったく知らない世界へ呼び寄せられ、「念じたら相手を殺せる能力」を与えられたものの、肝心の目的についてはほとんど言及されていない。そもそも、そんな能力だって本当に与えられたかどうか分からないのだ。


 ……だが、そこでふと、キョウタは物音が聞こえた気がした。


 ガサガサと草の揺れる音。ただの風とも思ったが、別に目立った空気の流れは感じない。そしてさらに、ガサガサ、ガサガサ……! 聞き違えではない。明らかに何者かが近くにいる。しかしその音はキョウタを狙っているようではなく、彼のいる場所を通り過ぎるようだった。

 音のするほうを見てみると、木々の合間に走る銀髪の少女の姿が見えた。十代前半くらいと思われたその少女は、後ろを気にしながら足早に去って行く。

「もしかして、追われてる……?」

 そう思ったキョウタは、少女が走り去った後方を見る。すると、さっきよりも大きいガシャガシャと草木の音が聞こえてきた……、かと思うと、緑色で半裸の人間? が飛び出してきたのが見えた。

 その風体ふうていは、もしかして「ゴブリン」……? しかも、よく見ればもうひとり同じような奴がいる。


 つまりこれは、ゴブリン二人が少女を追いかけ回している。そういうことなのか?


 ……。


「いや、ちょっと待て!」

 キョウタは、呑気にその場で観察しているだけの自分に怒りを向けた。

 幼い少女が、怪物に追いかけられている。きっと命の危機なのだろう。そんな状況をただただ見ているだなんて、男としてありえない。

「あの子を助けなきゃ!」


 キョウタは、慌ててゴブリンと思われる人影を追うことにした。



 それから少女とゴブリンたちは、森の中でも木々が不自然に生えていない空間で止まっていた。少女の足元は、いわゆる魔法陣のようなものが描かれているように見えたが、どこか描きかけのように感じられた。

 もしこの世界に「魔法」のようなものがあるのなら、少女は魔法陣を描くことでゴブリンたちを追い払うつもりだったのだろうか。……キョウタはそう考え、すると、魔法陣が描きかけであることに納得した。きっと少女が、魔法陣を描けるくらいの広さの場所に逃げ込んだのだ。そして魔法陣を描いている時に、運悪くゴブリンが追い付いてしまったのだろう。それを裏付けるかのように、少女の表情は焦りが見えるものとなっていた。

 と、なると。やはり、ゴブリンをどうにか倒さなければ少女が危ない。


 ゴクリと唾を飲み込み、キョウタは覚悟を決めた。女神キカから授けられた「命を奪う力」を使う、覚悟を。

 キカはこのウェドメントの治安が荒れていると言っていた。ならば、今使わずにいつ使うのだ。キョウタは他の生物を殺し慣れているわけではないため、躊躇していた。だが、ここで躊躇していてはあの子が……。


 キョウタはゴブリンのうち一人――ひとまず「ゴブリンA」とする――に手を向け、念じた。……「死ね」、と。


 ……。


 すると。

「グワアアア……ッ!!!」

 ゴブリンAは急に首を抑えて苦しみだし、その場に倒れ込んだ。


「た、倒れた……。ほ、本当に……?」

 どうやら本当に、キョウタには「命を奪う力」が与えられたらしい。ゴブリンAは倒れ込んでから、ぴくりとも動こうとしない。

 残ったもう片方のゴブリンBは動かなくなった仲間を見て、ひどく驚いていたようだった。だがすぐにその感情は怒りに変わり、その矛先は少女へと向いた。ゴブリンBの目にはキョウタの姿は写っておらず、他にいるのは少女のみ。であれば、少女がなにかをしたと思うのが自然なことだからだ。

 しかも少女は、ゴブリンAが倒れたのを見て唖然としているだけで、ゴブリンBのほうに意識が向いていない。このままでは、まだ少女は危険なままだ。


「……し、しかたない! し、『死んでくれ』ッ!!!」

 キョウタはゴブリンBに対しても能力を使用した。途端、ギャアアア……ッ! と、A同様に苦しみだすゴブリンB。


 あっという間に、ゴブリンの死体二つができあがり。



 残された少女は困惑し、首を何度も横に動かしながら周囲を見ていた。そこへ歩いて近づいてくるキョウタ。

「よかった……。と、とりあえず、ケガはない?」

「あなた、は……?」

「俺はキョウタ。危ないところだったね、大丈夫?」

「あぶない、ところ……?」

 少女は、まだ困惑していた。急に現れたキョウタのことを警戒しているのか、それとも別の理由があるのか。


「……もしかして、『これ』、あなたがやったですか?」

 ゴブリンの死体を指さしながら、少女がキョウタに尋ねる。

「うん。そう……、みたい」

 キョウタは実際に手を下した実感が無く、自信無さげに答えた。


 しかし、だから……、としても普通ではない。

「……は?」

 少女はキョウタの答えに対して、鋭く低い声を発したのだ。


「え……?」

 思っていた内容と違う答えに、今度はキョウタが困惑。そして少女の顔を見ると、明らかに憎しみがこもった形相となっていた。続けて少女は言う。

「なにしてくれた、ですか? せっかくの生贄を」

 キョウタは少女の異様な態度に、強く「警戒」した。



「――うぐッ!!?」



 ……警戒した時には、すでに遅かった。

 少女の力強い手――華奢な細い片腕である――は、キョウタの首を捕えていた。まるでヘビー級選手のように感じられる握力は、狙ったものを離しはしないだろう。

「どうするです? あなた、代わりに生贄になりますか?」

 めきめきめき。命の危機を感じて、キョウタは少女の手に全力で抗おうとした。両手に力を込めて引きはがそうとしたり、引っかいたり、ドンドンと叩いたり。だが、まったく、地や山のようにビクともしない。このままでは……、し、死ぬ……。


 意識が薄れゆく中、キョウタは身勝手な選択をした。すなわち、「少女を殺す」こと。キョウタは手を少女へ向け、心の中で念じる。

(ごめん……。「死んでくれ」……っ!)


 ……。


 ……どさっ。

 少女は倒れ、キョウタはギリギリのところで解放された。



「ゲホ! ゲホ!! ゴホ!!」

 なんとか気道を確保できたキョウタは咳き込む。

「……はぁ、はぁ。……はぁ」

 そして、呼吸を整える。どうにか、生き残ることができた。


「……」

 落ち着いたところで、少女の死体を見るキョウタ。いくらあっちが襲ってきて、正当防衛だからといって、命の危機を感じたといって、少女の死は快いものではなかった。と同時に、自分の命を救ってくれた能力に感謝した。と同時に、とんでもない世界に飛ばされたと女神キカを恨めしく思った。


 要するにキョウタは、とても難しい気分となっていた。


 と、その時。……すぅ、と少女の死体が宙に浮かび上がった。明らかに物理法則を無視した動きだったが、キョウタは逆にそれを冷静に見ていた。そして、きっとこの世界では死ぬと天に昇るのだろう、と解釈したためだ。この世界には「念じるだけで殺せる能力」なんてものがあり、ゴブリンという生物がいる。だからおかしなことが起きていても、それはこの世界の摂理なのだろう、と。

 しかしそれはおかしいこと。何故なら、先に死んだゴブリンの死体は一切動いていないからだ。では何故、少女の死体は浮かび上がったのか。答えは実に簡単で……。


「……いひっ」

 死体が口に笑みを浮かべ、声を発した。そう、答えはこの少女自身にあった。これが彼女の能力。

 浮かび上がった少女は顔を前に向ける。両手を横に広げたその姿は、雷鳴と共に「完成」していた。銀髪は長く伸び、その隙間から頭頂にかけて両対の角が生えている。わずかに蒼くはだけた胸元には赤紫色の宝石が埋め込まれて輝いており、下半身はなんと消滅。その代わりに肌の色と同じような、蒼くバチバチとした放電が下半身部分に発生していた。彼女は自分の力で宙を浮けるらしく、足が無くても困らないのだろう。そして放電は下半身だけでなく、よく見ると全身に少量のスパークが走っていた。

 つまり少女は、人間とはかけ離れた異形の姿となっていた。そう、彼女は「死ぬことで変身する能力」を持っていたのだ。


「いやあ、よかったです。おかげで『第二形態』になれたです」

 パチッ、パチッ、と鳴る中、少女がキョウタに向かって喋る。あくまで口調、声色は少女のまま。それこそが彼女の異質さを際立たせていた。

 当然のことだが、キョウタは少女の変わり様を見て、驚きにより硬直していた。どうにか、口をパクパクと開閉することしかできていない。


「というわけで……、お礼にあなたを『殺してあげる』です」

「……え?」

「『第二形態』になれたですが、死ぬ時、ちょっと苦しかったです。だから、あなたも苦しむがいいですよ」

 少女は火花を散らす右手を、サッとキョウタに向ける。とても冗談には聞こえなかった、「殺す」という言葉。おそらく本当に実行する気なのだろう。

 ならばここから逃げるのか? 逃げられるのか? キョウタは考えた。彼は特別走るのが速いわけではないので、空を飛べるような相手からは逃げられないだろう。であるなら、戦うしかない。唯一与えられた「武器」で。


「……し、『死んでくれ』!!」

「………………」


 キョウタは少女に手を向けるが、なにも起こらない。

「……あれ?」

「ん? もしかしてまた、あたしを殺そうとしたです? 無駄ですよ」


 少女は笑みを浮かべながら、ふよふよと近づいてくる。

「今のあたしは『不死身』です。殺しても死なないですから」

「……へ?」

「そういう能力です。で……、どうしたです? もう終わりです?」

 どうやら女神キカから与えられた力でも、どうにもできないらしい。しかしキョウタにはもう、他になにもない。

「え……、いや、その……」

「まあ、いいです。もう終わりにするですね」

 彼女の右手の火花がバチバチと弾けており、高密度のエネルギーが集まっていることが感じられた。


「ま、待って! 聞いてな」


 ――ピシャァァァァンッッッ!!!



 いかずちの速度は光速。少女の手から放たれたそれは一瞬のうちにキョウタへ届き、すると、キョウタは真っ黒に焼き焦げた。

 そしてキョウタ「だったもの」は、力無く倒れる。どの手足の形は、逃げようとした状態で固まっていた。



 これは余談だが、通常、雷が通った程度で焼死することはない。というのも、その通る速度が速すぎるため、充分に火が通らないからだ(なお、雷による死亡原因は火傷ではなく「心肺停止」が一般的)。

 であるにも関わらず、キョウタの身体は黒く炭化するほどに焼かれた。おそらく、少女の放った雷は自然現象的なものではないのだろう。電流と共に持続的な高熱が発生していたのか、時空が歪んでキョウタの周囲のみ時間が遅くなり、ゆっくりと焼かれたのか……。だが、そんなことはどうでもいいことだった。


 ……何故なら、キョウタはこのウェドメントの地でも「死亡」した。すでに彼が死んだという事実は変わらないのだから。



つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る