第8話

 そういえばキャラクターの名前ですが普段の会話ではカタカナだったりあだ名で、ゲーム中はプレイヤー名で呼ぶことにしてます。


 ‥‥‥勝手にキャラが走り出すんだがなんやこいつら(いいぞもっとやれ!)

 ────────────────────



“リヴァルすげぇ!GG!” 

“まじで新しいJPhopeか?!”

“どうやってそこまで味方と動きを合わせてたんですか”

“gg!化物やんこいつも” 

“そりゃ圧勝よなぁgg” 


 一戦目が終わり、俺は配信してたことを思い出した。リュカさんたちも気づいたら部屋からいなくなっている。


『GG、Riv4lくん。やっぱり君は見込んだ通りのプレイヤーだった。より欲しくなっちゃったよ。もう一戦いこう!』


 国内一位のプレイヤーにそんなことを言われて嬉しくないわけがない。自分でも今の試合は上手くチームに合わせられてたと思うし、これ以上ないほど即興のコンビネーションも決まっていた。


 次の試合では野良の即ピックに合わせた合わせピックのブロッカー。その次はブレイバーもやった。


 どんなピックであっても掴んだコンビネーションのコツは応用が効いてどんどん動きが洗練されていく。正直な話よくデュオをやってたLexやMythsと比べて勝率で言うなら高いかもしれない。


 試合が終わって解散する直前に俺は満足感を感じていた。きっと彼も感じてくれていただろう。



 だからこそ俺は───


「茶会さん───いえ、Teabreakさん。俺、やっぱり貴方のチームには行かないことにしました」



 彼と一緒のチームには行かないことに決めた。



 俺の言葉にコメント欄がざわつく。


『…………理由を聞いても?』

「…」


 これを言ったら俺は多分炎上することになる。現時点では好意的なコメント欄も手のひらを返したように俺を囲み叩くかもしれない。なんならそれは俺だけでなく、チームメイトにも迷惑をかけることになるかもしれない。


 それでも俺の直感が、俺の夢が、目を逸らすことを許さなかった。


「貴方と一緒のチームでは世界に勝てない。そう感じただけです」


“は?” 

“なんて言ったこいつ?”


「たぶんですけど、茶会さんってもう上を目指そうとしてませんよね?」

『………』


“実績もないのに国内一位に向けて何言ってんだ?” 

“リヴァルくんそれ以上は敵を作るぞやめるんだ” 

“勧誘されて自分の立場が同等になったとでも思ったんかね” 

“一回デュオしただけで分かった気になってんの草” 

“どしたのリヴァルくん話聞くよ?” 


 一瞬なのに永遠に感じる沈黙で動いているのはコメント欄だけ。冷や汗を垂らしながら俺は彼の返答を待つ。失礼なことを言ったのはわかっている。だが彼は存外優しげな声出口を開いた。


『…………ははは。理由を聞いても?』

「‥‥1戦前の負けた試合。あの時に感じたんです。貴方は負けることをなんとも思ってない」


 思い出すのは俺がブロッカーをやった試合。奮戦したものの負けてしまったあの試合で、彼は途中で試合を放棄・・・・・・・・した。

 いや、厳密には完全に放棄していたわけではない。視聴者にはわからない程度の諦めと次の試合に向けた調整。俺は鋭敏になった感覚でそれを感じた。


 勝つための選択肢は他にもあった。それは最初の試合から今の試合までを通して感じた彼の圧倒的なプレイヤースキルとセンス、そして発想があるなら実現できるものだったと思う。けれど彼はそこで動くことなく、負けを受け入れようとした。


「もちろんランクと大会は違うのもわかってます。でも敗北を淡々と受け入れて、そこから勝ちに行こうとしないのは違うと思いました。‥‥‥目の前の勝ちを目指さないで上に───世界に勝てるとは思えない」

『‥‥‥‥‥そう面と向かって言われたのは初めてだよ。まぁ…合ってるけどね・・・・・・・



“?!” 

“茶会さん…?” 

“え、ごめんどういうことだこれ誰か教えて” 



『君に声をかけたのも世界一位になるって夢を知ったからだよ』


 茶会さんが口を開く。

 どうやら俺は核心をついていたようだ。

 彼の声が無機質なものになっていく。


『俺は心が折れてしまったから』


 感情のない声が、確かな重みを携えて耳に届く。言葉からでも今彼が俯いていることがわかった。気づけばコメント欄の流れも止まっている。


『世界と戦って、ボコボコに打ちのめされて。今までの努力が一瞬でただのガラクタに見えるようになった。一回負けただけでこんなことを思うのは、俺が勝負の世界に向いてなかったんだろうね。そう思ったら急に上を目指そうという気持ちがなくなってしまった』

「………」

『───ごめんね、君の若さに嫉妬した。夢を追うキラキラした姿に昔の俺を重ねてしまった。だから、俺は君に声をかけた。夢を追った先で折られて味わう絶望を知ってもらおうとね』


“茶会さん……”

“そんなこと思ってたのか” 

“そっか………” 


 彼の声は内容とは裏腹にどこかスッキリしたものだった。きっと国内一位のチームを率いるリーダーとして、弱音を吐く姿は仲間にも、そして応援してくれているファンにも見せられなかったんだと思う。


 少し一緒にやっただけでも言葉や動きの節々から分かった。

 彼は責任感や仲間への想いが強い人だ。


「…でも、多分ですけど、貴方はただ俺に絶望を見せるために勧誘したわけじゃない」


 だから彼はきっと分かってるはずなんだ。


「逆なんじゃないですか?貴方は俺に、そうなって欲しくなかったから声をかけたんじゃないですか?」


 息を呑む音が聞こえる。


「だってただ折れて絶望してほしいだけなら、俺を勧誘する理由がない。他にも選択肢はいくらでもある。‥‥クリップを見て貴方は俺じゃまだ世界に足りてないことに気づいた。一緒にランクをやってそれは確信に近づいた。だからこそ俺を勧誘したんじゃないですか?───自分の手で支えるために」


 もうここからは配信やチームなんて関係ない。必要なのは心の底に沈む本音だけだ。


「…この数時間だけでも分かりました。貴方は仲間想いの人だ。負けた試合も勝つために取った行動ではなかったけれど、残りのラウンドで味方を活躍させようとしている動きが見えた。そんな貴方が、仲間になった俺の折れる姿をただ見てるわけがない。まだ会って少ししか経っていないのは事実だし、その程度で何をわかった口を利いているんだと思うかもしれません。でもきっと、きっと貴方は自分の身を削ってでも、心をもっとすり減らしても仲間のために動く。いえ、間違いなくそうします・・・・・・・・・・


 俺はあえて言い切った。

 彼と話したのも、一緒にViXをプレイしたのもここ数時間だけ。だけど、俺は彼のViXのプレイをしっかり見ていた。プレイ中の動きを、そしてそこに込められた考えを。

 だからこれは間違ってない。


 でも、俺には────


「─────でも、俺には必要ないんです」



『…………どういうことだい?』

「俺は折れない。自分の力で味方を引っ張って上に行く。何度叩きのめされようとも。何度自分の無力さに嫌気が差しても。人の手を借りるだけにはならない。だって俺は、このゲームが誰よりも好きですから」


 彼の優しさと想いは確かに伝わった。

 だけどこれは俺の道だ。

 俺がやると決めた道。

 だから俺は──



「言いましたよね。貴方と一緒のチーム・・・・・・・・・では、と。………俺はこのチームで世界を目指す。だから戦って高め合いましょう。俺は貴方と一緒のチームにはなれないけれど、一緒に世界を目指す仲間にはなれます」

















『……あははははは!!』


 耳に入って来るのは茶会さんの大きな大きな笑い声。空気がふっと和らいだ。


『そっか…………そっか。君はすごいね。カウンセラーにでも成れそうだ。分かった。じゃあ勧誘の話は一旦忘れてくれ。正直ほんとに君と同じチームで戦いたくなったけど、一緒に高めあって世界を目指そうじゃないか』

「はい!」


“うおおおおおおお!” 

“一件落着!!!” 

“リヴァルさんのファンになったわ”

“一回デュオしただけで本人より心がわかる男” 

“リヴァル、あんたすげぇよ…”

“今年のViXは熱くなりそうだ!” 


 話が一段落ついたところで、俺は配信している途中だったことを思い出した。最後の方なんか完全に忘れてたんだけど…。


「あー、リスナーの皆さんすいせませんでし─────ッ!」


「よく言った!お前はうちの誇りだ!」

「俺はこのゲームが誰よりも好きですから!高め合いましょう!高め合いましょう!(裏声)」

「ヴァルクさん茶化さない!茶会さんだけに!」

「ミィスくん、別に面白くないよそれ……」

「……一緒に頑張ろう。‥‥‥改めてよろしく」


 部屋になだれ込んできたチームメイトたちが茶化してくる。中でもヴァルクさんとかの茶化しがあまりだるい‥‥‥!

 しかもそんな彼らのせいで、リスナーに謝ることすらできていない。どうやら逆にコメントは盛り上がっているようだけど、そこはしっかりケジメを付けるべきで……


『さぁやって参りました!CWワチャワチャ杯!実況解説ガヤ司会は私、Teabreak が行わせていただきます!』


 ってあんたもかい!



 こうして俺の初配信はグダグタになったまま終わることになったそうな…。

 色々あったけど、めでたしめでたし。


 とはならんのよ(なる)。

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