第17話 その後

「このあと、どうなったんですか?」

 絵美が、おじさんに聞いた。

「明治時代になって、藩がなくなったのは知ってるかな。その頃から、この町は開拓され始めて、人が流入してきた。祠のことを知られないまま、管理していったらしい。だから君達が祠を探しに来たというのは驚いたよ。どうやって知ったのかな?」

 絵美はノートをおじさんに渡した後、「信じてもらえないかもしれないけど」と言い、私達をちらりと見た。

「千紗が、夢を見たんです!」

 私は絵美の発言を遮った。

 本当の事を話そうとしてる気がしたから。

「祠をきれいにしてくださいって、きれいな女の人が夢に出てきて言ったたんだよね。そうだったよね、千紗?」

 千紗は、突然自分に話をふられて戸惑いながらうなずいた。

 キューピッド様の話をおじさんにしちゃいけない。そんな気がした。

 もしかしたら湧水に身を投げたお姫様が、キューピッド様を通じて祠を忘れないでほしいと言ってるのかもしれない。

 呪いかどうかはわからない。ほんとのことはわからないけど……。

「祠をこのままにはしておくなということなんだろう。呪いは半信半疑だったが、私しか知らないはずの祠を夢で知ったというなら、それはただの偶然ではないのかもしれない。身投げしたお姫様からのお告げか、お姫様の霊を鎮めた陰陽師の力か。こんな偶然があるのなら非科学的な話も信じてみようと思えるものだな」

 おじさんは、そこまで言ったあと、

「昔の人は、目に見えないものをおそれることで、人間が慢心するのをふせいでいたのかもしれないな」

と言った。

「慢心?」

 ゆかりがきょとんとしている。

「君たちには、いまは難しいかもしれない。この不思議な偶然に意味があって、それを理解できる日がいつか来るだろう」

 おじさんはそう言うと、ノートを手にして立ち上がった。

 リビングから掃き出し窓を開ける。

 外の冷たい空気が、部屋の中に入ってきた。

「祠はちゃんときれいにしよう。でも、呪いの話は誰にも言わないままでいてほしい。祠は、この辺りの道祖神のようなものということにしておこう。しばらくしたら、市の調査が入るかもしれないが……」

 おじさんはそこまで言うと、書棚の引き出しの中から、ライターを手にした。ライターとノートを持って、庭に出ようとしている。

「おじさん、それ、焼いちゃうんですか?」

 今まで怯えていた千紗が、そう言った。

「ああ、もう必要ない。語り継ぐ必要はないだろう」

 お姫様の思いが、呪いとして引き継がれていくのは悲しいことかもしれない。

「このノートがこの世からなくなったら、祠の口伝は私と君たちの心の中だけのものになる。発掘調査で新しくわかることが出てくるかもしれないけれどね」

 そしておじさんは、ノートに火をつけ、庭の小さな焼却炉にそれを投げ込んだ。

「焼却炉のさいごの仕事だな。必要ないから処分するところだったから。君たち、時間があるときでいいんだが、祠のまわりの掃除を手伝ってくれるかい?」

 おじさんは、灰になっていくノートを見つめながら、私たちに言った。

「夢のお告げですから。手伝います」

 ゆかりが言った。

 祠をきれいにする。そうすれば、四人の願いはかなう。きっと。

「次にこの家に来る頃までに、ジュースやお菓子を用意しておこう。祠のお手伝いのお礼もかねてね」

 おじさんは、初めて笑顔を私たちに向けた。


  * * *


 それから数日後。

 放課後になったら、祠のまわりのお掃除をした。おじさんは、たくさん生えていた雑草を刈り取った。

 おじさんは言った。

「自然や家族、まわりに感謝して生きていこうとすれば、争いもおこらず、遠い昔のようにお姫様が身投げするようなこともなかった。これからはそんな悲しいことがないように、ちゃんと意味の場所にしようと思う」



 空き地の雑草がすっきりし始める頃、卒業式があと数日にせまっていた。

「あと少しで終わりだね」

 絵美がほっとした顔を見せる。

「ここの手伝いが終わったら、演技や歌の勉強を、前以上に頑張ろうと思ってる。願いがかなうってわかってても、努力してなかったらすぐに忘れられる女優さんになっちゃいそうじゃん?」

 ゆかりは、枯れ木をまとめてひもで縛りながら、きれいな声で歌う。

 女王様を気取らないのにみんなの女王様みたいな、そんなゆかりが私は好きなんだ。

 いつもはうじうじしてるけど、大事な場面でばしっと場をまとめようとしてくれる千紗が好きなんだ。

 ゆかりの顔色をうかがってばかりだけど、リーダーシップでみんなを引っ張ってくれる絵美が好きなんだ。

 卒業したらばらばらになるけど、忘れずにいたいと思うよ。いつか、四人でこの祠の話を、どう思ってたか、話し合えたらいい。

 みんなの夢がかなっていて、笑いながら話ができたらいい。


 * * *


 三月下旬。卒業式が終わり、春休みが始まった。

 祠と空き地はきれいに整備された。

 ひかりニュータウンの周りで発掘作業が始まった。地元の大学教授が、おじさんの家の庭も掘り起こし始めた。

 ニュータウンから少し離れた山には城跡が、そのほかには町のいろんな場所で武家屋敷の跡が、見つかり始めているらしい。


 引っ越し当日。

 みんなと会えなくなるわけじゃないのに、涙が止まらなくなる。

「ハル、そんなに泣かないでよお」

 ゆかりが私に抱きついて泣きじゃくる。

 絵美は三月に入ってから様子がおかしい。暗い表情をすることがある。ゆかりが私に抱きついたとき、声を出さずに泣き始めてしまった。

「絵美、どうしちゃったんだろう」

 千紗が私にこっそり話しかけてきた。

「わからないんだよね。みんなで会えなくなるから落ち込んでるのかも」

 そう言うと、千紗は

「違うと思う。それくらいで絵美が落ち込むとは思えないよ。絵美は、私たちにかくしごとしてるんじゃない?」 と言った。

 千紗は、祠が見つかってから言いたいことをちゃんと言うようになった。

「何も、かくしてなんかない!  何も知らないってば」

 聞こえていたみたい……。

 絵美はそう言って、一人でさっさと家に帰ってしまった。

「ハルとしばらく会えなくなるのに、絵美はどうしちゃったのかな」

 ゆかりは、首をかしげながら──その仕草がとてもかわいい──、ふいに私の目を上目遣いで見る。

「ハルは、ずっと変わらないから嬉しい」

 ゆかりがふふっと笑う。

「ハルは空気読みすぎて疲れていつか寝込んじゃいそうだけどね」

 千紗が笑う。

「これから会えなくなるけどさ、大人になっても、ここで会おうよ。祠の前でさ。夢かなえてたりしてるかも!」

「超有名女優になってたら、ここに来るのが大変かもよ?」

「それでもここに来て、夢をかなえましたっていう報告はしないと!」

 千紗が明るく言った。

「うん、そうだね」

 私も同意する。

 小学校の正門まで来た私たちは、そこで、お別れをすることにしている。

「ねえ、大人になる前に、三年後の今日、祠の前で会おうね、わかった?」

 ゆかりと千紗と私は頷いた。

 ここに絵美がいないのは残念だけど、あとで電話で伝えておこう。

「この六年間、ありがとう」

 ゆかりが深くお辞儀をする。

「うん、楽しかった。ゆかりのおかげでおいしいもの食べられたし」

 千紗はくすくすっと笑いながらそう言った。

「楽しかった。中学も同じならいいのに。でもそれは仕方がない。また、いつか出会えるよ。不思議な祠の力でね」

 私たち三人は、それぞれ別の方向に向かった。



(第一章 ハル・おわり)

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