第16話 ある一族の話

「歴史の話は苦手だから、絵美とハルで話して」

 ゆかりは、歴史が苦手らしい。

 歴史小説や歴史の偉人についての書物を読み込んで大河ドラマを把握しようとする。そうして、脚本や演出、演技を理解しようと努力する。

 ゆかりは、可愛いだけじゃない。夢のために努力を惜しまない。

 絵美は、人に教えるのが得意だ。とてもわかりやすいと評判だ。ゆかりが頼りにするのはわかる。

「私、絵美みたいに歴史得意じゃないよ」

「ハルは、ドラマや映画をよく知ってるから。参考になることあるかもしれないじゃない?」

 ゆかりの言葉に絵美は微笑みながら、「ハル、よろしくね」と言った。

 絵美が、ノートを見ながら説明を始める。


 * * *


 山に囲まれた日比野谷ひびのやは、ある豪族が治めている国の隠れ里としてひっそりと存在していた。

 四方の山のおかげで、攻められることもなく平和な日々を、村人たちは過ごしていた。

 当時、山のふもとには湧水があった。その恩恵を受け、毎年作物は豊作で、人々は豊かな暮らしをしてきたのだった。

 ある年、豊かなこの村を隣国の豪族が襲った。湧き水と豊かな土地を狙ったのだ。

 豊かなこの土地を守るため、豪族は豊かな村を守るため、家臣と村人は一丸となって戦った。

 戦が長く続く中、豪族のお屋形様は戦死。跡を継いだのは、嫡男ではなく、側室が産んだ次男だった。

 長男は、病弱なので跡継ぎに相応しくないと言い、次男に家督を譲る。

 次男は体は丈夫だったが元服したばかり。若いお屋形様を守る為、家臣たちは話し合い、隣国の豪族の娘を正室に迎えた。

 和睦しか道はなかったのである。

 二国間の争いは収まり、再び平和が訪れた。

 和睦をしてから十年経ったが、正室との間には子が出来ずにいた。そこで家臣は、正室の世話係の娘を側室に迎える話を進めてしまう。

 それを知った正室は悲しみに暮れ、父親に手紙を書いた。抗うことはできないが、自身の不甲斐なさを綴る内容であった。

 父親は激怒し、またこの地に攻め込んだ。

 戦は長く続く。そんな中、側室との間に男子が産まれた。

 そして正室は、この地の湧水に身を投げて死んだ。

 その頃から日照りが続き、人々は飢えた。湧き水は干からびて作物が育たなくなってきた。

 長く続いた戦は、この地を守り続けた豪族が負けた。

 新しくこの地を治め始めた豪族は、年貢の取り立てを厳しくした。娘を死に追いやった腹いせである。

 湧水が出ないため、作物は育たず人々は飢えていく。その上、年貢の厳しい取り立て。

 村人は、正室の呪いで湧水が途絶えたと噂した。

 厳しい取り立てからのため、この地を離れるものもいた。娘の呪いだと噂され、村人は減っていく。そんな中、流行り病までこの地に蔓延するようになった。

 豪族は、都から陰陽師を呼び寄せ、娘の霊を鎮めようとした。そして、湧水があった近くの山に祠を建てた。

 日照りと流行り病は落ち着く。

 しかし、水は湧いてこない。

 枯れ果てたこの地を豪族は見捨てることにする。昔からこの地に住んでいた豪族の家来や村人を引き連れて、隣国に帰っていった。

 正室の姫の霊を鎮める祠を守る一族だけ、この地に残した。祠を守る一族は、元々繋がりがあった都の公家の娘をむかえたり、娘が産まれたら公家に側女として上洛させるなどして繋がりを持ち、血を途絶えさせないようにしていた。

 ある年、公家に嫁いだ一族の娘が産んだ姫が、ある有力な大名に嫁ぐことになった。

 その頃には、枯れていた湧水から僅かながらに水が出るようになっていた。

 姫の一族が住む土地を住みやすくするために、大名はこの地を再び豊かな土地にしようとした。

 周囲に山があるならば、地下に水脈があるはずと大名の家臣が進言、いくつかの湧水を見つけ、そこからため池を作らせた。

 再び、この地にたくさんの作物が出来るようになった。大名の分家がこの地を治めることになり、姫の呪いはなくなったと安堵していた。

 それから幾星霜、関ヶ原の合戦が起きる。大名は豊臣に味方し、敗北。

 当時の祠を守る一族の多くが捕えられ、幕府の命によって、祠は壊された。

 一族は姫の呪いをおそれ、公家を通じ幕府にこの地を入らずの森にさせ、再び祠を建てた。

 一族は公家以外と姻戚関係を持たないことを約束し、以後目立たないように暮らしてきた。


 * * *


 話し終えた私たちは、顔を見合わせる。

 呪いという言葉が、現実味を帯びてきたからだった。




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