第11話 先生の話
「見た感じ、いま、誰もいないじゃない?」
絵美が見回している。
「この中を入ってみようよ。大丈夫だよ。ちょっとだけだし」
「だめだよ。確かめるならみんな揃ってからじゃないと」
「えっ、ああ、それもそうだね……」
絵美は残念そうに答えていたけど、ゆかりを思い出したのか、反論しなかった。
「地図と違うのが、なにかあると思わせるよね」
キューピッド様がなぜ、祠を探してほしいのかよりも、地図の違和感のほうが、今は強くある。
「社会科に詳しい先生に、郷土史、聞いてみようよ」
私は、絵美ならその質問を投げかけても問題ないと思ったから言ってみた。テストの点はどれも高得点だし、進路も今のところ、偏差値が高い大学希望だろうから。
「キューピッド様の話を持ち出さなくても、郷土史が知りたいってそれだけで良いと思う」
「そっか、そうだよね。地元を知りたい気持ちは、嘘じゃないよね」
「この場所のことは、明日、ゆかりと千紗に話そう。社会科の先生、心当たりある?」
「学校は、わからないけど、私が行ってる塾の先生が、日本史得意だって言ってたと思う。塾、今から行ってみる?」
「今から行って六時までに家に帰れるかな?」
私は門限を気にしてしまった。
お母さんは、厳しい人ではない。ちゃんと理由があるなら約束事が守れないことも、いいよって言ってくれると思う。
「時間遅くなりそうなら、私がおばさんを説得するから」
絵美の言葉に私は安心して、うなずいた。
自転車で塾に向かう。
「塾の先生は、ふだん、何を教えてるの?」
「算数だよ。理系の大学を出てるってプロフィールに書いてあった。小学生には算数で、中学生には数学。希望者には古文漢文?」
「理数系なのに、古文を教えるのってすごいね」
「日本史が好きだから古文漢文もわかるようになった、とかだったかな? そんな感じだから、郷土史もわかる気がしない?」
お母さんが読んでた本、中学生になると習うっていってた和歌の……なんだったかな、それが古文だと言ってたことを思い出す。平安時代の作品。日本史っぽいかも。
「塾の先生なら、興味がありますってそれだけで大丈夫そうだね」
何かわかれば、図書館で本を探しやすくなる。ひかりニュータウンのあの場所について、少しだけでもわかるかもしれない。
私たちは、気楽に考えていた。
塾に着いてから、絵美が先生を探してくると言って、スタッフルームを見に行った。私は、受付の横にある長椅子に座って、リラックスしている。
しばらくすると、絵美が先生と一緒に戻ってきた。
「小六から、いろいろ興味を持つのは良いと思う」
先生は、満足そうに笑っていた。
「日本史のどの辺りの歴史が知りたいのかな?」
「この町の郷土史です。この町が発展し始めたのがいつ、とか? その辺りでしょうか」
絵美は、私に目配せしながら言う。
「卒業したら引っ越すから、それまでにこの町をもっと知っておきたいと思ったんです」
思いついたことを勢いで話す。おかしくないか、不安で仕方ない。
「住んでた町の歴史を知りたいってなったの、僕は小六くらいだったからわかるよ」
「先生の出身は、この町じゃないんですか?」
「うん。僕は県外から」
「じゃあ、この町のことはくわしくないでしょうか?」
「それがね、僕がこの町を選んだのは、古い歴史を知る文献が残ってないって聞いたからなんだ」
「え?」
私と絵美が同時に言葉を発していた。顔を見合わせて、笑ってしまう。
「明治時代くらい、かなあ。そのあたり、廃藩置県とかね。わかるよね? 隣町に明治時代に建てられた銀行があるだろ? あの辺りに役場とかいろいろできて栄え始めたらしいよ」
「隣町の銀行、明治時代……。ということは、もしかして、この町で一番古い建物は小学校にある正門跡ですか?」
「そうなるね。この辺りは盆地で、戦争中は疎開先になったような町だから、空襲で焼けた場所はないよね」
校舎を増築するときに小学校を囲んでいた樹木を伐採して、大正時代につくられた木造の正門は取り壊さなかった、と聞いている。今の正門は、別の場所で、正門跡の周りは立ち入らないように芝を植えてあった。
「武士が活躍していたような記録があればカッコイイなって思ったんですけど!」
絵美は、私が黙ってしまったからフォローするように明るく言った。
「残念だよね。でもね、見つかってないだけじゃないかって、僕は思っててね。山に囲まれてるならそれを利点にした一族いてもいいんじゃないかなって。甲斐の武田信玄とか」
「何かわかったら、すごい発見ってことですよね!」
絵美がはしゃいでいる。ここに、ゆかりがいたら、そのはしゃぎっぷりはどんなだったろう。想像してみて、頬がゆるんでしまった。
「ハル、にやけてないで、なんか言ってよー。武田信玄にときめいたの? ハルのお父さんが好きな武将?」
絵美が妙に明るい。
なんだろう。何か無理にはしゃいでいるように見える。
「うん、そうだね。お父さんは武田信玄、好きなんだよ」
話を合わせる。お父さんは、井伊直政だとか言ってたかな。ごめんね、お父さん。
「先生、ありがとうございました。楽しい話でした!」
絵美が、話を切り上げた。
時間をかけていられない。
「ありがとうございました」
私と絵美はそう言って塾を出た。
家に着いたのは六時少し過ぎたくらいだった。絵美が一緒にいて、勉強していたと言ってくれたおかげで怒られなかった。
嘘は、心が痛いと思う……。
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