第2話 溢れる不安

 日曜の朝、私はリビングにいた。自分の部屋だと落ち着かないし、キューピッド様のことを考えると怖くなるから。

 もし、キューピッド様に危険ことをするように言われたらどうすればいいんだろう。お父さんやお母さんが悲しむようなことはしたくない。

 時計を横目見ながら、そんなことを考えていた。

「ずいぶん、時計を気にしてるのね。どうかした?」

 お母さんが、私の顔を覗き込む。

「顔が赤いよ。熱あるんじゃない?」

 お母さんが私の額に触れて、自分の額と体温を比べていた。

「ちょっと熱いね。風邪ひき始めかもしれないから、今日は出かけないでゆっくりしてなさい」

「今日、ゆかりたちと集まることになってるの」

「今日は寝てなさい。お昼ごはんできたら部屋に持っていくから。ちゃんと布団に入って寝てなさいよ」

 お母さんにそう言われると何も言い返せず、部屋に戻った。

 時計を見る。約束の時間まであと三時間くらいあるかな。

 ごはんの時間まで少しだけ寝ていよう、そう思ったとき、お母さんが私の部屋のドアをノックして部屋に入ってきた。

「千紗ちゃんから電話よ」

 お母さんから受話器を受け取り、お布団に潜る。布団の隙間から、お母さんが部屋から出て行ったのを確認したあと、

「千紗、どうかした?」

と小声で言った。

『私、ほんとはキューピッド様やりたくない』

 思ってることをあまり口にしない千紗が、意思表示をするのは珍しい。

「キューピッド様のことで何か知ってるの?」

『児童クラブで聞いたんだよ。面白がってやった子が、死んじゃったって』

 そこで、私は生唾をごくりと飲み込んだ。

「それ、ほんとなの?」

『噂だから、本当かどうか確かめてないよ。でも、そんな噂があるなんて怖いでしょ?』

「怖いよね。でも、ゆかりと絵美に話しても、たぶん、やめるって言わないよ」

『だよね。なんとかしたいけど、何も思い浮かばないから困っちゃって。ハルなら何か思いつくかもって』

 千紗の方が学校の成績はいいし、私より知識は多い。でも私の意見を聞いて自分の気持ちをおさえるところがある。

「鉛筆をみんなで動かすんだよね。だったら、動かさないようにすればいいのかな?」

 そんなことしか思いつかない。

 キューピッド様をしたことがないからよくわかってないのもあった。

『手に力を入れてたらその場ですぐにわかっちゃうよ?』

「だよねえ」

 千紗と私は、結局いい案が思い浮かばず電話を切った。

 受話器を持ってリビングに行くと、テーブルに『買い物行ってくるわね』と、お母さんのメモ書きを見つけた。

「いまのうち、かな」

 私は急いで着替えて千紗の家に行くことにした。お母さんが帰ってくるまでに戻ればいいと思いながら。

 家を抜け出した。

 不安で押し潰されそうなのは、キューピッド様をする事だけじゃない。

 お母さんに嘘をつくという、居心地の悪さもある。

 全速力で走ってるせいで息苦しいのもあるけれど。

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