いつかきっと、わたしたちは。

香坂 壱霧

第一章 ハル 小学校卒業前

第1話 映画みたいな冒険

「ハリウッド映画にでてくるような、冒険してみたいと思わない? あたしたちくらいの子が、主人公の映画ってあるでしょ?」

 金曜日の昼休み、突然ゆかりが言った。

 私はつい、「スタンド・バイ・ミーみたいな冒険かな?」と、言ってしまう。

「それ! 映画は知らないけど歌なら知ってるよ」

 大学生のお姉さんがいる絵美が、得意気な顔をして言った。そしてその歌を口ずさんでいる。

「どんな映画?」

 千紗ちさは絵美の歌を聞いたあと、ゆかりの顔色をうかがうように言った。千紗はゆかりや絵美には強く出られないところがある。

 ゆかりは私たち四人の中だけでなく、クラスの女王様っぽい立ち位置にいる。

 ゆかりの家はお金持ちで、持ち物全部がブランドもの。それから、見た目がアイドルみたいにかわいい。ゆかりには華がある。きらきらしてる。引き立て役と言われても、私はイヤじゃない。

「あたしたちと同い年の四人の男の子が、冒険する話、だよ」

 ゆかりが話しているその映画を、私は知ってる。去年、お父さんとお母さんがリビングで一緒に観ていたから。お父さんから、二人の学生時代の思い出の映画だと、照れくさそうに教えてくれた。

「線路を歩く場面、観たことあるよ」

 全部知ってるというのは、言わない方が良い気がした。

 男の子たちが線路を歩く場面で、お父さんがこれをまねしたことがあると言ってたことを思い出した。その場面が一番有名なんだろうって、そう思った。

「ハルのお父さん、映画通だったもんね。ハルの家に行くと、映画のディスクがたくさんあった!」

 絵美は話の中心になってる人を、持ち上げることが多い。クラスの女子たちは、絵美のことをカゲで“ゆかりバカリ”と言ってるらしい。

「私は、お父さんが観てるのをちらっと観ただけだよ。お父さん、その映画が好きなんだって」

「ハルのお父さんの推し映画なら、間違いないよね」

 ゆかりは、うんうんと頷きながらそう言った。続けてこう話した。

「映画の内容なんだけどね。男の子たちは、秘密基地で冒険の計画を立てたのよ。あたしたちにはそんな場所ないけどさ。あたしたちも、ちょっとした冒険してみたいと思って。どう?」

 四月になれば、私たちは、はなればなれになる。ゆかりは私立中学、絵美は附属中学、千紗はこの町の公立中学、私はもうすぐ引っ越して別の町の中学へ。

 はなればなれになる前に思い出になるような冒険をしてみよう、とも言った。

 今は一月。卒業までに思い出はいくつ、できるかな。

「四人の思い出になるような何か。ちょっとした冒険になるようなこと、思いつかない?」

 ゆかりは絵美と私の顔を交互に見ながら言った。

 絵美は私たちの中で一番、頭がいい。

 私は人並みの成績しかないけれど、ゆかりに何かと頼りにされている。

 ゆかりは私のお父さんに憧れているから、そういう態度をとっているのかな、となんとなく思っている。

 話が進まなくなって、せっかくの提案がなくなりそうな空気になりはじめたそのとき、

「キューピッド様って知ってる?」

と、絵美が言った。

「それって十円玉のやつ? 怖い話になったりしないの? 大丈夫なの?」

 ゆかりが聞き返す。

「お姉ちゃんから聞いたんだけど、キューピッド様は、こっくりさんとは違うって。鉛筆を使ってするんだって!」

「絵美のお姉さん、大学生だよね?」

 ゆかりは興味津々の様子で、絵美の話の続きを促している。

「そうだよ。去年の夏休みに聞いたんだ。中学の頃、学校で流行ってたんだって。怖くないって言ってたよ」

 キューピッド様の噂は聞いたことがあった。少しだけ興味があって、お母さんに聞いたことがある。

 心霊現象とかいう話だけど本当なのかどうか聞いたら、そんなの信じちゃだめだと言われた。

「それを使ってどうするの?」

 私は、乗り気ではなくなっていた。ほんとのことはわからないけど、幽霊とかそういう話になるのが怖かったから。

「キューピッド様に、冒険するなら何がいいか聞いてみようよ」

 絵美は、お姉さんからどこまで話を聞いているんだろう。危ない話じゃないから、私たちに話しているんだと思うけど、心配になっていた。

 私が不安になってきたところで、ゆかりが「それいいね!」と、乗り気になってしまったから、反対できない雰囲気になってきた。

「いつにする?」

 ゆかりと絵美が話を進めようとする中、千紗は俯いていた。千紗は何か知っているのかもしれない。

「千紗はどう思う?」

 まじめな千紗は、心のなかでは反対しているんだと思う。でも、ゆかりには逆らえない。千紗は、小さい頃にゆかりにいろいろ助けられたと言っていた。

「うん。それでいいと思うよ」

 口元は笑っているようにみせていても、目が笑ってない。でも、頑張って笑顔を作っているように見えた。

「だよね。千紗もそう思うよね。で、ハルも賛成?」

 絵美が私を見る。ゆかりも、私をじっと見ている。

 この流れでは、反対できないなと思った。

「うん。賛成」

 私の一言で、ゆかりと絵美が話をどんどん進んで、日曜の昼、ゆかりの家に集まることになった。

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