烏丸麗子の御遣い74


 烏丸邸を出た三人は駅前のカレー屋にいた。


 どこにでもあるようなチェーン店だったが、人の営みを色濃く感じられる店内の様子に、かなめは言い知れない安堵を覚える。


 

「あの……卜部先生……」

 

 青木がおずおずと口を開いた。

 

「何だ?」

 

「その……この度は本当に……」

 

「ご注文はお決まりですかぁ?」


 青木がぼそぼそと喋る内に元気の良さそうな若い女の店員が注文を取りにやって来た。

 

 

「一番カレーの小を辛口で頼む」

 

 卜部がそう言うと隣りに座ったかなめが驚きの声を上げる。

 

「小!? ほんとに小ですか!? もしかしてまだ体調が良くないんじゃ……?」

 

「バカタレ……!! ここ数日で一体何回カレーを食ってると思ってる!?」

 

「じゃあなんでカレー屋さんに入ったんですか!?」

 

「どうでもいいだろ!! は…… それよりさっさと注文しろ!!」

 


 そう言う卜部がさっと青木から目を逸らしたことにかなめは気付いた。


「あっ……先生もしかして……」


 何か言おうとしたかなめを卜部がじろりと睨む。



 卜部に急かされてかなめはメニューを指しながら注文した。

 

「エビフライカレーの大とコーンサラダ……辛さは中辛でお願いします!!」


「僕はカツカレーの特盛甘口で……」


「かしこまりましたぁ」

 


 店員が去ってすぐにカレーがやって来た。

 

 さすがはチェーン店である。


 

 無言でカレーを食べていると青木がまたしても唐突に口を開いた。

 

 それどころか気が付くと机に両手を付いている。

 

 

「卜部先生……!! かなめ……!! この度は本当にありがとうございました……!! この御恩は一生忘れません……!!」

 


「うるさい……周りが見てる……座れ……」

 

 とスプーンで座るように促しながら卜部が言う。

 

 渾身の感謝をスカされた青木が懇願するように卜部を見つめる。



「卜部先生……僕は一体どうすれば……!?」

 

 卜部はスプーンの先を青木のこめかみに向けた。

 

 得体の知れない迫力に青木が仰け反る。

 

「ひとつ、俺への感謝なら不要だ。お前が俺を運んでなければ俺はどうなっていたかわからん。それでチャラだ。ふたつ、お前が今持っている罪悪感は俺やにいくら感謝したり謝罪したところで消えはしない。今後どうするかは……!!」

 

 青木はカレーの皿を睨んだまま動かなくなった。

 

 そんな青木に卜部が再び声をかける。

 

「わかったら食え……!! たまにならカレーにつきあってやってもいい……」


 その言葉で顔を上げた青木の目が輝いた。



「ただしお前の奢りならの話だ」

 

 スプーンを口に咥えた卜部に向かって青木は身を乗り出して言う。



「まかせてください……!!」


「チェーン店は無しだ……」


「了解です……!!」



「ナン食べ放題のインドカレーでお願いします……!!」


 かなめが口を挟んだ。


「調べておきます……!!」



「言っておくが単品も頼むからな?」

 

「ラッシーもです!!」

 

 二人の息の合い方に青木は苦笑しながらも、どこか嬉しそうに頷くのだった。

 

 

 

 

 

「じゃあ……僕はここで……」

 

 帰りの列車の中で青木はそう言ってシートから立ち上がった。

 

「青木さんお元気で!!」


 かなめが言うと青木は嬉しそうに頷く。



「卜部先生……!!」


「なんだ……?」


「僕は……これから戦没者の供養をしながら各地に残された軍の施設を回ろうと思います……!! 戦争は僕の興味を満たすための娯楽じゃなかった……本物の戦場は重たくて……辛いものでした……このままじゃ忘れられてしまいそうなそのことを……僕と同じ世代の人達に伝えていきます……!!」



「好きにしろ……お前の人生だ」

 

 卜部はそれだけ言うと目を瞑ってしまった。

 

 すると車内にアナウンスが響き、列車は速度を落とし始める。

 

 

 乗客の流れに乗って出口に運ばれて行く青木がもう一度振り向くと、卜部がこちらを見ていることに気づいた。

 

 

「受け取れ」

 

 そう言って卜部は青木に何かを投げて寄越す。

 


「途中で投げ出すんじゃないぞ?」

 

 青木は卜部の方を見て力強く敬礼した。

 

 そんな青木の手にはと書かれたお守りがきつく握りしめられていた。

 

 

 

「行っちゃいましたね」

 

 かなめが感慨深そうにつぶやくと、卜部が鼻をならした。

 

「ふん……そんなことより、俺達ももうすぐ降りるぞ」

 


「え? 事務所の最寄り駅はまだまだ先ですよ? 何か用事でもあるんですか?」



 不思議そうに尋ねるかなめの方は見ずに、卜部はつぶやく。



「蕎麦だ……」



「蕎麦……?」



「蕎麦を食いに行く!!」



「あっ……」



 かなめは兵器工場の盆地で卜部に言った言葉を思い出す。




「先生……? もしかしてそのためにカレー小にしたんですか……?」

 

 かなめは思わずにやけながら、窓の外を不機嫌そうに睨む卜部に尋ねた。

 

 同時に車掌が次の駅名をアナウンスする。

 

「行くぞ…かめ」


 卜部はそれだけ言って荷物を持って立ち上がった。

 


「え? ここで降りるんですか!? ちょっと待ってください……!! 先生……!! 亀じゃないです……!! かなめです……!! 待って……!! 置いて行かないでぇええ!?」

 


 こうして慌ただしく列車を飛び出したかなめは、人知れずひっそりと佇む蕎麦屋に向かって、黄昏時を過ぎた薄明かりの街を往くのだった。

 

 少しだけ遠い卜部の背中を追いかけながら。

 

 

 

ーーー【呪孕告知・都市伝説創り】ーーー


     ーーーー完ーーーー

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