烏丸麗子の御遣い73

 

 扉の奥に広がる光景にかなめは再び驚愕する。

 

 そこはあの日、初めて烏丸と対峙した烏丸邸のサンルームだった。

 

「え……? 何で……? え……?」

 

 かなめがドアの方に振り返ると、すでにが扉を閉じた後だった。

 

「お久しぶりねかなめちゃん……そんなに不思議がること無いわ? 全ての道はローマに繋がると言うでしょ? それなら全ての扉がこのサンルームに繋がっていたって何にもおかしくないわ……!」

 

 優雅に紅茶を啜りながら烏丸が微笑を浮かべる。

 

 しかし烏丸は卜部に目をやるとティーカップを放りだして卜部に駆け寄った。


 途中青木のことなど全く目にも映らないと言った様子でごく自然に青木を突き飛ばす。

 

「まあ酷い……!! 私の可愛いが……烏……!! すぐに……!!」


 烏は一礼すると背後のガラス棚から怪しげな小瓶を運んできた。


 烏丸はそれの栓を抜いて注射器で中身を吸い上げると卜部の太腿に突き刺しピストンを押し込んだ。



「ぐうぅぅぅぅううううっ……!!」


「我慢なさい? 男の子でしょ?」


 そう言って妖しく口角を釣り上げた烏丸を卜部が押しのけた。



「あら……命の恩人に随分な態度ね?」



「ふざけるな……!! こっちはの依頼で死にかけたんだ……」



「ふふふ……麗子ちゃんでしょ?」


 不敵に嗤う烏丸を卜部は睨みつける。


 そんな二人の間に割って入ったかなめが卜部に言った。


「先生……!? 無理しないでください……!! 傷は大丈夫なんですか……!?」


 卜部はかなめを一瞥してから袖を捲りあげた。

 

 すると血で重たくなった詰め物のシャツがぼとりと床に落ち、傷口が露わになる。

 

 

「ろくでもない薬のお陰でこの通りだ……」

 

 信じられないと言った様子で傷口を見つめるかなめの背後から烏丸の上機嫌な声が聞こえてきた。

 

 

「ところで……無事に戻ってきたところ悪いけれど……どうやら御遣いは失敗だったみたいね……? 約束通り、さっそくかなめちゃんの肉体をいただこうかしら?」

 

 再び椅子に腰掛けながら、音を立てて舌なめずりする烏丸と目が合いかなめの全身に鳥肌が立つ。

 


「いいや。の依頼はきっちりこなした」

 

 卜部はそう言って烏丸の前まで歩いていくと、机の上にドサリと血に染まったズタ袋を落とす。

 

だ」

 

「何言ってるの? 私はそこにいる青木の脳の半分を要求したはずよ? 彼が生きてるのにこれが彼の脳の訳は無いんじゃなくて?」

 

 意地悪く笑う烏丸を見て卜部が鼻を鳴らす。

 

「いいや。あんたが欲したのはの脳だ。話をすり替えるな」


に入ってる時に、俺は奴の魂を封印した。この脳には間違いなく奴の知識が入ってる……!! ま……《煮るなり焼くなり》好きにすればいい……焼き加減はお好みで……な」

 

 そう言って去ろうとする卜部に烏丸が叫んだ。

 

 

「お待ち……!! 都市伝説創りはどうなの? メル・ゼブブを都市伝説に封印するはずでしょ?」

 

「いいや? あんたは都市伝説創りの対象を指定していない。あんたの依頼内容は、ひとつ、地下鉄の怪異の鎮圧、ふたつ、都市伝説創りを用いる、みっつ、メンゲレの脳の半分……以上だ……俺とこいつはそのどれもやり遂げてる。文句を言われる筋合いは無いはずだが……?」


 卜部はそう言ってかなめを顎で指した。


 かなめもここぞとばかりにと前に出て胸を張る。

 

 

「随分と生意気な口を叩くようになったじゃない? ……あなたは私に頭が上がらないはずよ? 育ててあげた恩を忘れたの?」

 

 指先で机を叩きながら卜部を睨む烏丸に向かって卜部はと鼻で笑ってから答えた。



「あんたには世話になった。だが俺はもうあんたの弟子じゃない……!! それに……」


 卜部はそう言ってかなめの頭を鷲掴みにする。



「今の俺にはんでな……いつまでも子供扱いでは格好がつかん!!」


 卜部はそう言って踵を返した。


 ついでにかなめの頭も捻って後ろを向かせる。



「ビジネスの話なら受けてやる……!! その時はでも寄越すんだな……!!」



「かめ……!! 青木……!! 帰るぞ……!!」

 

「か、かなめです……!! 烏丸先生……!! 先生を助けて下さってありがとうございました……!! 失礼します……!!」

 

 

 椅子に座り深々とピースを吸う烏丸に烏が声をかける。

 

「よろしいのですか? このまま帰してしまわれても……」

 

「どんなに子が親に歯向かったところで、結局親にとって子は子なのよ……それに似た心境なのかしらね……?」

 

 そう言って烏丸はズタ袋の口を開いた。

 

 中から大量の蝿が飛び出し酷い臭気が部屋に充満する。

 

「うえぇ……汚い……」



 そう言って烏丸が指を鳴らすと部屋の蝿達が一瞬で灰になった。

 

 

「烏……これを何処かに捨ててちょうだい……ああ汚らしい……」

 

「かしこまりました……」

 

 烏はズタ袋を銀のトレーに乗せて何処かに消えてしまった。

 

 烏丸は窓から遠くに見える卜部に一瞬だけ視線をやると小さくと笑い紫煙をもくもくと吐き出すのだった。

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