烏丸麗子の御遣い69
かなめの肩を借りながら歩く卜部の後に血痕が続く。
満身創痍の卜部を支えるかなめの前には青木を引きずる大畑の姿があった。
「ハァハァ……アジトを抜けて最初に会った場所まで……国守の張った結界の中からでは外に出られない……」
浅い呼吸の卜部が言った。
大畑がちらりと振り向き歩く速度を上げる。
「でも……このままじゃ……血が……」
「大丈夫だ……まだ何が起こるかわからん……とにかく急げ……」
天井からの水滴が煩わしい。
時間がないのはむしろ卜部の方だった。
それなのに目的地までの道のりは気が遠くなるほどに長い。
天井の水滴が煩わしい。
まるで砂時計のように感じる。
それが卜部の血の滴りを暗示するようで、命の残り時間を暗示するようで、いつのまにかかなめの頬にも涙が伝っていた。
「んっ……ん……冷たっ……!?」
その声でかなめは顔を上げた。
見ると青木が目を覚ましている。
「青木さん……!!」
「か、かなめさん……!! ……!! 卜部先生……!?」
「お、おい……!?」
青木は大畑のもとを離れて卜部とかなめに駆け寄った。
卜部の酷い有り様を見て青木は愕然とする。
「ひ、酷い……すぐに止血しないと……!!」
青木はそう言って服を脱ぐと力ずくで破って詰め物を作った。
「痛いけど我慢してください……」
「ぐぅぅううううううううう……!!」
青木は卜部の傷よりも大きな布の塊を傷口に詰め込んでいく。
その度に卜部はうめき声をあげたが、一切抵抗はしなかった。
「なんとかして担架を作らないと……」
「それなら、この先の広間に板切れなんかがある……!!」
大畑がそう言うと、青木は頷いた。
広間で適当な戸板を見繕って卜部をその上に寝かせると、青木と大畑がそれを担ぐ。
格段に移動は早くなったが予断を許さない状況は変わらなかった。
卜部の顔色は目に見えて悪くなっていく。
「先生頑張って……!! もう少しです……!! もう少しですから……!!」
担架に並走しながらかなめが声をかけると卜部は口元をにぃと歪めて嗤った。
「俺は死なん……」
「絶対ですよ……!? 約束ですからね……!!」
かなめは卜部の小指に自身の小指を絡めて言う。
「ふん……当たり前だ……」
卜部はほんの少しだけ指に力を込めて答えた。
「もうすぐ結界を抜ける……!! 頑張れ卜部先生……!!」
汗だくの大畑が振り向き声を上げる。
「まだ何も恩返しが出来てないんです……!! こんなところで先生が死んだら、僕は一生自分を責めますよ!?」
「ふっ……知ったことか……それより、かめ……烏丸先生の御遣いだが……」
「かなめです……!! 今はそんなのどうだっていいです……!! とにかくここから出ないと……!!」
卜部はそれに小さく頷いた。
「出口が見えた……!! 結界を抜けるぞ……!!」
びっしりと文字の書かれた坑道を抜けて四人は広い坑道に出てきた。
すると卜部が次の指示を出す。
「ハァハァ……扉の方に向かえ……」
卜部の言葉に従って扉の方を向くと、裸電球の明かりが届かない暗がりから人影が姿を現した。
影より暗い闇を纏って、人影は電球の下に全身を晒す。
その男は無数の蛆に寄生された榎本だった。
「え、榎本……!?」
大畑の顔が一瞬にして険しくなる。
しかし榎本は舌を鳴らしながら指を左右に振った。
「ヨーゼフ・メンゲレ……」
かなめは絶望に満ちた声を漏らす。
それに満足したのか、メンゲレは上機嫌に嗤った。
「ご明察……!! 少々無茶をしたがこの通りだ……もうあの臭いにももう煩わされない……!! 住心地は最悪だが……それも腹痛先生の身体を手に入れるまでの我慢だ……!! おかげで蝿女の呪縛からは逃れることが出来た……!! 腹痛先生の身体が手に入れば、あの女も交渉に応じるだろう……」
「さあ……彼を寄越したまえ? そうすれば君たちは見逃してやろう……」
大畑と青木はメンゲレをきつく睨みつけた。
かなめも卜部の身体に覆いかぶさるようにしてメンゲレを睨めつける。
「交渉決裂だな……」
そう言ってメンゲレはペストマスクを被り左腕の手袋を外した。
黒い革手袋の中から不気味に蠢く蛆の手が現れる。
「こいつらは凶暴だ……肉なら何でも貪り尽くす……ちょうど腹が減ってたところだよ……誰からだ? ん? 誰から食おうか?」
狂気に満ちた残酷な笑みを浮かべるメンゲレに三人が戦慄していると、卜部は一人喉を鳴らして嗤い出すのだった。
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