烏丸麗子の御遣い68
「大畑さん……!! 青木を頼む……!!」
大畑は傍らに落ちたボストンバッグを抱きしめると倒れたままの青木の元へ急いだ。
「かめ……肩を貸せ……座ったままじゃ格好がつかん……」
「かなめです……!! 格好って……こんな時に必要ですか? そのこだわり……」
「一生にそう何度も対峙することの無い大物だぞ? 記念だ……記念!!」
かなめの肩を借りて卜部が立ち上がった。
太腿と腕に空いた穴から流れる血がかなめのシャツを赤く染める。
「それより……もうビビってないだろうな?」
怒りの咆哮を上げて迫りくる女王を見据えながら卜部が尋ねた。
「はい! 死ぬより怖いことが見つかりましたから……!!」
かなめも澄んだ目でメル・ゼブブを見据えて答える。
「いいだろう……!!」
卜部はそう言ってかなめの左手を取った。
突然手を握られたかなめが目を見開く。
「さっき教えた印を俺と結べ……!!」
卜部はそう言うと自身の右手で印を結んだ。
かなめもその右手に呼応する左手の印を結び卜部と手を合わせる。
耳が燃えるように熱くなった。
卜部の横顔をちらりと盗み見てますます身体が熱くなる。
「いいか? 燃え滾る熱い火を思い浮かべろ……!! 不浄を焼き尽くす劫火の焔だ……!!」
「間に合ってます……!!」
かなめは上ずった声で悲鳴を上げる。
「
「その
「我が身と日ノ本に降りかかる厄災たる、蝿の女王なる怨敵を……憤怒の炎の化身となりて、直ちに討ち祓い給え……!!」
「我、卜部誠の名に依りて祈願す……!! 糞山の君を討ち祓い給え……!!」
卜部はそこまで加持祈祷するとかなめに目をやった。
かなめは頷き印を結ぶ手に、卜部と結んだ手に力を籠める。
「行くぞ……!! 《火界咒》を間違えるなよ……!!」
「はい……!!」
「
二人は息を合わせて真言を詠唱する。
先程までとは違った熱が身体を駆け巡るのをかなめは感じた。
「
真言を唱えきると、二人の周囲を不動明王の赤い炎が覆った。
焼き尽くすべき敵を求めて炎が踊る。
「日本兵達の燃える魂を触媒と成せ……火生三昧……!!」
炎は卜部の言葉に導かれるように周囲に燃え広がると、肉蠅の大群を焼き尽くし、日本兵達の傷口を焼き尽くし、メル・ゼブブが放つ不浄な臭いを焼き尽くしていく。
メル・ゼブブはそれでも構わず卜部を殺そうと手を伸ばした。
翅が焼け、腕が焼け、皮膚が焼けてもメル・ゼブブは止まらない。
「先生……!! このままじゃ……!?」
「狼狽えるな……!!」
叫ぶ卜部の頬にも、血に混じって汗が滲んでいる。
目の前に迫ったメル・ゼブブは焼け爛れた顔に、邪悪な笑みを浮かべて勝ち誇ったように手を振り上げた。
思わず目を瞑ったかなめの耳元で、誰かが囁く声がする。
「諦めるな……!! 生きろ……!! 約束だろ……!?」
目を開けると、そこには炎になったあの若い日本兵がいた。
彼らはメル・ゼブブの手足を押さえて離さない。
必死で振り払おうとするメル・ゼブブに若い兵隊が叫んだ。
「日本の未来は奪わせない……!! そのために私達がいる……!!」
兵隊の叫び声と同時にメル・ゼブブを火生三昧の炎を纏った日本兵達が飲み込んだ。
次々と輪に加わる兵隊達が穢れを焼き尽くす劫火となってメル・ゼブブを包んでいく。
無数の蛆を束ねた手を伸ばそうとしても、その手は瞬く間に日本兵達に捕らえられ、引きちぎられ燃やし尽くされた。
人面蛆を呼び出そうと口を開けば、熱波が肺を焼いて言葉を奪った。
炎から抜け出そうと藻掻いても、炎は彼女について回った。
纏わりつく炎に耐えきれず蠅の女王は悲鳴を上げるが、その悲鳴さえも炎は焼き尽くしてしまう。
「行こう……奴は死なない……だがこの地下で、ああして彼らに封じられ続ける……日本兵達の信念が、奴の力を上回ったんだ……」
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