烏丸麗子の御遣い66
立ち塞がる蛆男を前に、かなめの身体が強張る。
赤ん坊のような太くて短い手を突き出しながら、蛆男は何かを口走った。
「どぅるぐぱにけとるくあぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ……!!」
一瞬で全身の毛が逆立った。
口から溢れた唾液が糸を引き、水滴が顎にぶら下がる。
かなめはちらりと卜部に目をやる。
四肢を貫く蝿の足にはびっしりと棘が生えており簡単には抜けそうにない。
それどころかぽたぽたと滴る血は、床の血溜まりをどんどん大きくしていく。
覚悟を決めてかなめが蛆男の脇を駆け抜けようとしたその時だった。
「うわああああああああああああああああああ……!!」
大畑が蛆男の足に向かって突撃した。
片足を取られてバランスを崩した蛆男はそのまま床に倒れ込む。
「娘を……!! よくも娘を……!! この蛆虫野郎が……!! 娘を返せ……!! 娘を返せ……!! 娘を返せよ……!?」
大畑は榎本に馬乗りになり何度も顔面を殴りつけた。
蛆の薄い皮膚が破れて乳白色の液体が飛び散る。
それでも構わず大畑は殴り続けた。
「かなめちゃん……!! 行ってくれ……!! こいつは……!! こいつだけは……!!」
かなめは頷き急いで
見ると
亡霊たちは青木の体からメンゲレを引きずり出そうとメンゲレの霊体を引っ張っていた。
しかしメンゲレはそんな彼らを振り払い必死で青木を抑え込もうとしている。
「ぼぼぼぼぼぼぼ僕ののののの……!! 身体だだっだダダダダダッダダダ……!!」
「うるさいいいいい……!! 黙れれれれれれれれ……!? わたたたたしの身体だだだだ……!!」
目まぐるしく青木の表情が変わる。
人間には再現できない奇怪な動きをしながら、一つの体の中で二つの魂が争っていた。
「僕は……ごごごごご……ゴメンナサイ……です……!! 最低の……屑屑屑屑屑屑屑……で……ゴメンナサイ……なんです……」
「その通りだ!! 裏切り者め!! お前に帰る場所などない……!! 誰もお前を受け入れない……!! お前を受け入れてくれるのは研究だけだ……!! 研究成果の無いお前など……屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ……!!」
「貴様らも退かんか……!! また実験室送りにしてやろうか!?」
メンゲレの怒声で亡霊達が身じろぎした。
怯えたような恨めしい目で輪になってメンゲレを睨みつける。
「ふん……!! 身体が無ければ貴様らなど過去の残像に過ぎん……!! 見ろ!? 私には肉体があるぞ!?」
「いいえ。ありません。それは青木さんの身体です……!! 青木さんには帰る場所があります……!! わたしも先生も青木さんを屑だなんて思ってない……!!」
勝ち誇ったメンゲレの顔に黄色い粉が降りかかった。
それと同時に青木の両目から涙がこぼれ落ちる。
「僕を……赦してくれるんですか……?」
「やめろ!! 私に赦してもらうことなど何一つ無い……!!」
「僕は……研究成果に目が眩んで……世間から認められたくて……あなた達を裏切ってしまった……」
「研究こそが全てだ……!! 偉大な研究を前にすればいかなることも許される……!!」
「でも僕は間違ってた……」
「私は何も間違ってなどいない……!!」
「認められるために必要なのは……誰かを……僕自身を認めることだったんだ……」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ……!!」
「わたしも先生も、そのままの青木さんを認めていますよ……? 視野が狭くて、軍事オタクで、真面目な青木さんを……!!」
かなめのその言葉で青木はその場に泣き崩れた。
両膝を付いて咽び泣く青木を指差してかなめが言う。
「ヨーゼフ・メンゲレ……!! あなたと青木さんを繋ぐものは何もない……!! 青木さんから出ていけ……!! 出ていけぇえ……!!」
青木の頭が歪に膨らんだ。
膨らんだ頭の血管が破れて、そこから大量の蛆が溢れ出してくる。
その蛆に紛れてメンゲレの魂が流れ出すのをかなめは見た。
流れ出したメンゲレの魂に亡者達が群がっていく。
亡者達の顔つきは被害者の怯えた表情ではなかった。
そこにいるのは、怒りと怨嗟と殺戮に酔いしれる無数の復讐者達だった。
その光景にぞくりとして、かなめが一歩後退ると、背後でどさりと音がした。
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