烏丸麗子の御遣い62
無数の銀蝿が放つ七色の光沢はさながら地獄の美しさとでもいうべきか……
圧倒的な美しさと死を翻して蠅の女王は舞う。
しかしその足が地につくことは無かった。
メル・ゼブブの両眼は巨大な蝿の複眼に変わり、背中からは四対の巨大な翅が生えている。
脇腹から六本生えた棘だらけの蝿の手を擦り合わせながらメル・ゼブブが口を開いた。
「
それはきぃきぃと甲高い金切り声のような、地の底から響くがらがら声のような声だった。
それを耳にしたかなめの全身に鳥肌が立つ。
生きていることが苦痛で仕方がないような気がした。
体中が痛い。
神経が刺されるように痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
悲しい。死にたい。ここにいたくない。
もう痛いのは嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
遠くで読経の声がする。
葬儀の参列が見える。
桶に入っているのはきっとわたしの亡骸だ。
彼岸で手を振る父と母がいる。
パパとママだ。
会いたかった。
抱きしめてもらおう。
頭を撫でてもらおう。
こんなにもぉ頑張ったンだょおぉ?
読経の声が煩わしい。
パパとママの声が聞こえ……聞こえ……きこ……ない。
こっちを見て笑いながら口を、口を、くくくく動かしてるのに……
聞こえないじゃない……!! 聞……声無いじゃない……!! 忌……こえない……い……!!
早く渡らないと船頭さんが行ってしまう。逝ってしまう……逝って……何処かに逝って……
船頭さん……!! 行、逝かかなないいでで……!!
かなめは船頭の肩を掴んだ。
一層読経の声が激しくなる。
船頭はゆっくりとこちらを振り向いた。
「ひっ……!?」
振り向いた船頭の顔を見てかなめは悲鳴を上げた。
ブヨブヨと弛んだ真っ白な皮膚と肛門のような口。
虚ろな目が三日月のように細く弧を描く。
顔を上げると父と母の姿は二匹の巨大な人面蛆になっていた。
辺りの花は一瞬で枯れ果て、河は糞尿の臭いが漂うドブ川に姿を変えている。
足下に目をやると無数の蛆が登ってくるのが見えた。
それを振り払おうとしたかなめの手を誰かが掴む。
固くてトゲトゲとした手。
心臓が激しく脈打つ。
あまりの恐怖で顔を上げることが出来ない。
そんなかなめの顎に、細くて長い蝿の手が伸びてきた。
その手はゆっくりとかなめの顎を押し上げていく。
目を瞑ろうとしたが身体が言うことを聞かない。
甘い腐臭が鼻をつき、かなめは思わず吐きそうになるのをぐっと堪えた。
とうとうかなめは声を上げることも出来ぬままメル・ゼブブと顔をあわせる。
蝿の女王はにっこりと微笑んで指先の蛆をちらつかせた。
「い、嫌……!!」
直感的に意味を理解し、そう叫んだかなめの口を四本の蝿の手ががっちりと押さえつける。
必死に身を捩って抵抗しようとすると、どこからともなく現れた巨大な蛆が、かなめの身体に巻き付いて動きを封じた。
首を傾げながら女王が腕を伸ばしてくる。
邪悪に歪んだ赤い唇を、ねっとりとしたべろが舌なめずりするのが見える。
細い腕はかなめの口に難なく入っていくだろう。
その先端に摘んだ蛆を、喉の奥にまで押し込んでいくだろう。
「ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙……!!」
全ての抵抗を封じられたかなめは、涙を流して声にもならない叫びを上げることしか出来なかった。
「
その声で周囲を取り巻く景色が燃え上がった。
真っ赤な熱い焔がかなめの周囲を舐め尽くしていく。
あまりの熱さにかなめが身体を小さくすると声がした。
「立て……!! かなめ……!! 恐怖に呑まれるな……!! 奴の恐怖を受け入れるな……!!」
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