烏丸麗子の御遣い61


「バッチリです……!! 覚えました……!!」

 

 暗い洞窟にかなめの声が響く。

 

「印は?」

 

 かなめは指を組んで卜部に見せる。

 

「いいだろう。行くぞ……恐怖に飲まれるなよ?」



 上着のポケットに両手を仕舞い、卜部が一歩踏み出と、かなめもぎゅっと拳を握りしめて卜部の隣に付き従った。

 


 肩を並べて二人は神殿の入口へと歩みを進める。

 

 神殿から漏れる黄色い明かりが二人の影を細く長く引き伸ばした。

 

 その影が一つに重なったことを二人は知らない。

 



 二人の視線は糞山に君臨する蠅の女王メルゼブブに油断なく注がれていた。

 

 優雅な所作で鼠の生き血を啜るその姿にかなめの肌が粟立つ。

 

 メル・ゼブブは鼠の血を絞り尽くすとつまらなそうに死骸を蛆達に投げて寄越した。

 


 糞山に群がっていた人面蛆達はにありつこうと一斉に鼠に襲いかかる。

 

 互いに身体をぶつけあい、押しのけ、踏み倒し、とうとうその中の一匹が鼠を丸呑みにした。

 

 ずんぐりとして、一際大きい人面蛆は勝ち誇った顔であたりを見回す。


 それを見た他の人面蛆達は絶望と羨望の眼差しを向けながらするのだった。

 

 

 メル・ゼブブは満足げに子らを眺めていた。

 

 やがて何かを思いついたように手を合わせ立ち上がる。

 

 するとそれを合図に人面蛆達は開ききった虚ろな瞳孔を一斉に侵入者に向けた。

 

 

 鼠を勝ち取った蛆を先頭に、蛆達は皮膚を波打たせて卜部達に直進する。

 

 その様はまるで絨毯が蠢くようだった。

 


 節くれだった身体を収縮させながら迫りくる蛆達の群れに思わずかなめの足が一歩退いた。

 

 それとは対象的に卜部は一歩前に足を踏み出す。


 その右手にはブランデーの瓶が握られていた。



「出し惜しみはしない……かめ!! 火……!!」


 その声でかなめは我に返る。


 慌てて卜部の側に駆け寄りライターを構えた。


「不浄を焼き尽くす迦楼羅の焔を受けるがいい……!! おん 迦楼陀羅がるだや 蘇婆訶そわか……!!」

 


 卜部はそう言って瓶に口を付けるとかなめの持つライター越しに霧状の液体を吹き出した。

 

 かなめの目の前でそれは青い焔に姿を変えて人面蛆達に襲いかかる。

 


 辺りは神秘的な青白い光に包まれたが不思議と熱は感じなかった。


 しかしどうやら人面蛆達には致命的な焔となるらしい。



 焔を受けた前列の人面蛆達は甲高い声で苦悶の声を上げながらのたうち回った。


 と悲鳴を上げて身悶えする蛆達を踏み越えて後続の蛆達が近付いてくる。

 


 卜部はそれを見て再び青い火を吐いた。

 

 蛆の死体が燃え上がり、次々と他の蛆にも延焼していく。

 

 初めは恐れること無く焔の中を突き進んできた蛆達も、数が少なくなるに連れて表情に恐怖の色が見え始めた。



 やがて焔を避けて散り散りになった蛆の隙間に一本の道が浮かび上がる。


 

「見えた……!! 行くぞかめ!! ここからが正念場だ……!!」


「かなめです……!!」



 女王へと伸びるその道を卜部とかなめが駆け抜ける。

 

 メル・ゼブブはそんな卜部とかなめを妖しい微笑を湛えながら待ち受けるのだった。

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