烏丸麗子の御遣い57 榎本敏彦
「痛っあぁ……」
打ち付けた頭を擦りながら起き上がると割れたフロントガラスが目に飛び込んできた。
どうやら突如現れた壁に激突したらしい。
加速しきっていなかったことが幸いして榎本に大した怪我は無かったが、列車は途切れた線路から脱線して動かすことは出来そうになかった。
「一体どうなってるんだよ……」
辺りを見渡し榎本は驚愕する。
そこには黄土色の煉瓦で出来た古びた地下鉄のホームが広がっていた。
榎本はふと足下に転がったボストンバッグに目が行った。
それは間違いなく自分の物だったが、持って家を出た記憶がない。
それどころか長らく押入れの屋根裏に仕舞ったままだったはずだ。
しかし榎本はなぜそんなところにボストンバッグを仕舞ったのかも思い出せなかった。
開けてはいけない……
それだけは理解っている。
しかし置いていくわけにもいかない……
それも理解っている。
榎本はバッグを睨みつけて固まっていた。
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……
いつの間にかぐっしょりと嫌な汗をかき始めた榎本の耳に、重たい鉄の扉が開く音が聞こえた。
ひび割れたフロントガラスから覗くと、いつかの扉がゆっくりと開き白い手がすぅ……と伸びてくるのが見える。
榎本は床に落ちたボストンバックを手にとって、吸い寄せられるように開かずの扉へと歩いていった。
これで終わりに出来る……!!
ずっと俺を苦しめてきた重荷から開放される……!!
あの手はきっと天使の手なんだ。
俺を救う天使……
ゆらゆらと手招きするように揺れる白い手に縋るように榎本はボストンバッグを差し出した。
しかし白い手はボストンバッグを受け取らない。
「え……?」
予想外の反応に榎本は間抜けな声を出した。
白い手は、そんな榎本の顎に触れて優しく撫ぜた。
ぞぞぞぞぞ……
背筋に強烈な悪寒が走り、全身の肌が粟立つ。
まるで骨か神経を爪で直接掻き毟られたような嫌悪感が榎本を襲った。
「ひっ……!!」
榎本は頬を愛撫する手に視線を落とし悲鳴をあげた。
蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆
蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆
その手が無数の蛆が集ってできたものだと気付いたときには何もかもが遅かった。
扉の奥から次々と伸びる蛆の手に絡め取られ、榎本は扉の奥へと引きずり込まれていく。
「嫌だああああああああああああああああ……!! 助けて……!! 助けてぇぇえええ……!!」
腹這いで逃げ出そうとするも、榎本の身体はずるずると地を這った。
扉の縁に手をかけて必死に抵抗する榎本を嘲笑うかのように腕の数は増えていく。
扉にかけた指がずずずと滑る。
突き立てた爪に激痛が走り、榎本はとうとう扉から手を離してしまった。
闇に引きずり込まれる直前、榎本は藁をも縋る想いでボストンバッグの柄を掴む。
しかし最後の抵抗も虚しく、榎本は真っ暗な扉の奥へと呑み込まれていった。
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