烏丸麗子の御遣い55 榎本敏彦
卜部とかなめが開かずの扉に消えてから、すでに二日が経っていた。
落ち着き無く貧乏ゆすりを繰り返しながら、榎本は今朝の出来事を思い返す。
通勤ラッシュが終わり閑散とする列車の中で、榎本は今朝の出来事を思い返す。
何で俺がこんな目に……
何で俺がこんな目に……
何で俺がこんな目に……!!
身の程も弁えないあの女に優しくしてやっただけの俺が恨まれる筋合いなんてねぇ……!!
それを感謝もせずに……これは逆恨みだ……!! 逆恨みなんだ……!!
そうだ……俺が怯えてるから付け上がるんだ……!!
今度あの女が現れたら……逆に蹴散らしてやればいい……
榎本の身体は思考とは関係なく、染み付いた作業を淡々とこなしていた。
そうして列車を発進させようと笛を吹いた時、女が駆け込んでくるのが目に止まる。
がこん……ぷしゅー……
閉じかけたドアを咄嗟に開けた自分に腹が立つ。
『駆け込み乗車はご遠慮ください……』
当てつけのように不機嫌なアナウンスをぶつけると、連結部分の奥から、じっとりとこちらを見つめる女と目が遭った。
ぞくり……
背筋に嫌なものが走る。
先程までの威勢がしゅるしゅると縮んでしまったことに榎本は気が付かない。
慌てて視線を逸らして運転に集中しようとするが、背後が気になって仕方なかった。
コツコツと響く足音に気が付き榎本は自分に言い聞かせる。
あれはあの女じゃない……靴を履いてた……顔だって……
そこまで思って榎本は不意に考え込んだ。
あの女……どんな顔だった……?
大畑喜美子の顔が思い出せない……
昨夜見た写真に映る顔さえも思い出せなかった。
思い出せるのは闇の中に浮かび上がるフラッシュで照らされた白い顔……
チカチカと明滅する明かりに気づいて思わず榎本は振り返る。
まず目に飛び込んできたのは、仄暗い薄緑色をした異様な一号車両の景色だった。
その最奥に女が立っている。
切れかかった一両目の蛍光灯の下、女がこちらを睨みつけながら歩いてくるのが見えた。
蛍光灯の点滅に合わせて乗客が消え失せ、代わりに女と榎本だけの世界が訪れる。
ストロボのような蛍光灯の下、明かりの中に消えては、薄闇の中に現れてを繰り返し、とうとう女は先頭までやって来た。
女は運転席のすぐ側のシートに腰を下ろし落ち窪んだ黒い眼孔でこちらを凝視している。
と・し・ひ・こ・さ・ん
明かりの明滅に合わせて動く口元を見て榎本は震え上がった。
「こ、こっちを見るな……!!」
思わず口を突いて出た榎本の言葉に、女の口元がにぃぃぃい……と歪む。
見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな……!!
必死の念が通じたのか、蛍光灯の明かりが元に戻り、車内はもとの様子に戻っていた。
びたんっ……!!
窓を叩く音で腰を抜かしそうになると、窓に張り付いた女と目が遭った。
左右の目で別々の方を向いた女がつぶやく。
「敏彦さん……ここを開けて?」
「わあぁぁぁぁああああああああああああああああ!!」
叫び声を上げると同時に女の姿は消え失せていた。
最前列の席ではケバいメイクの女が榎本を睨みつけている。
思わず会釈した榎本の目に女の履いた赤いハイヒールが飛び込んできた。
このままじゃ……殺される……殺される前に……俺があの女を殺すしかない……
レバーを握る榎本の手にぐっと力が籠もった。
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