烏丸麗子の御遣い53
「卜部先生……かなめちゃん……俺はどれくらい寝てたんだい……?」
「丸一日だ」
身体を起き上がらせた大畑に卜部が答えた。
「ば、化け物は……?」
「安心しろ。動きはない」
それを聞いて大畑は安堵のため息を漏らした。
「早速で悪いが聞きたいことがある。話してもらおうか……娘のことを……」
大畑は唇を真一文字に結んで黙っていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
「もう気づいてると思うが……俺の娘は自殺したんだ……ここの地下鉄でだ……だが……世間では死んだことにはなっていない……」
「えっ……それってどういう……?」
思わず尋ねたかなめを、大畑は悲痛な表情で見つめた。
「死体が上がらなかったんだ……だが……」
そう言って大畑はポケットからくしゃくしゃになった紙切れを大事そうに取り出した。
「遺書はちゃんとある……!! それなのに死体が見つからない……!! あいつが……あいつが隠しちまったんだ……!!」
「榎本敏彦か……」
「あんた……榎本に会ったのか……?」
驚愕する大畑に卜部は黙って頷いた。
大畑はうなだれ大きなため息をついてから、懐かしむように話し始めた。
「娘はあまり器量が良くなくてね……きっと俺に似たんだな……恋人がいたことなんてなかった……」
「少し不安定なところもあったが……それでも素直で根が優しい良い子だった……妻に先立たれ男で一つで育ててきた大事な娘だ……!!」
そう言う大畑の声は震えていた。
「看護学校を卒業してからも、喜美子は俺と一緒に暮らしてた……いい人はいないのかと尋ねても困ったように笑うばかりだった……だから俺は……何かのきっかけになりはしないかと、喜美子を駅員の花見大会に連れて行ったんだ……そこで喜美子はあいつに……榎本に恋をした……」
大畑は肩を震わせながら床をじっと見つめて押し黙った。
その横顔に滲み出た悔しさと後悔が痛々しい。
かなめの手に思わず力が入った。
「嬉しそうだったよ……お父さんありがとうって笑ってな……」
そう言って顔を上げた大畑の頬を大粒の涙が伝う。
「喜美子は奴のことを本気で好きだったんだ……!! だが……奴は違った……!!」
「奴は喜美子が看護婦で金を持ってるの知ってたんだ……奴はそんな喜美子にせびった金で……風俗三昧してた……!!」
大畑は遺書を広げて二人に見せながら震える声で叫んだ。
「俺は……この遺書を読むまで
「間抜けな俺は、塞ぎ込みがちな娘のことを、こともあろうに榎本に相談してた……何かあったのか? 娘が落ち込んでいる。何か知らないか? ってな……!!」
「するとどうだ!? 奴は職場の人間関係が上手くいってないんだと抜かしやがった……!! 喜美子は人付き合いが苦手だろってな……!!」
「真実は違う!! 喜美子は自分の金で奴が風俗に行きまくってることを知ってたんだ……!! それでも自分はブスだから仕方ないと、喜美子は根気強く奴を待ってた……」
「そんな健気な喜美子といることに……奴に良心の呵責が芽生えたんだろう……居心地が悪くなったんだ……」
「そして奴は……疎ましくなった喜美子を、何の話し合いもなく一方的に突き放した……!!」
「遺書にはこう書いてあったよ……まるで敏彦さんに線路に突き飛ばされたような気持ちだ。どうせ死ぬなら、彼の運転する列車に轢かれて死にたい……ってな……!!」
「あの日の朝は珍しく喜美子が上機嫌で朝飯を作ってた……俺は嬉しくなってそいつを全部食った……これは俺の想像だが……あの朝飯に、喜美子は一服盛ってたんだと思う……病院からくすねた下剤か何かをな……俺はまんまと腹を下し、結果榎本一人に運転させることになった……」
大畑は再び大きなため息をついてうなだれた。
「俺は家に帰ってこの遺書を見つけた……だがその日は事故なんてなかった……俺は慌てて駅に戻って喜美子を探した。一縷の希望に縋るように一晩中探した……だが喜美子はどこにもいなかった……」
「榎本を問い詰めようと待っていたが、奴は職場に現れなかった。訪ねて行こうかとも思ったが喜美子を見つけることのほうが大事だった……俺は終電が過ぎた線路をひたすら歩いた。そして……あの扉の前にたどり着いたんだ……」
「薄く開いた扉の隙間から暗い地下鉄に黄色い薄明かりが漏れてた……俺の直感が言ってた……ここに娘は入れられたんだと……!!」
「中を覗くと、喜美子の赤い靴が落ちてたよ……奴からプレゼントしてもらった宝物の赤い靴が……」
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