烏丸麗子の御遣い52
大畑が目覚めぬまま、すでに一日が経過していた。
ここに入ってからもうすぐ丸二日ほどになるだろうか?
時間感覚の希薄な地下壕の中、卜部とかなめはひたすらに大畑の目覚めを待っていた。
「先生……本当に指は大丈夫なんですか……?」
もう何度目かもわからないかなめの問いかけに卜部が目を細めて答える。
「大丈夫だ……何度も言わせるな……!!」
「だって……」
かなめがじっと左手を見ていることに気が付き、卜部は左手をポケットに仕舞った。
「それよりも気になるのは、敵の動きが全く無いことだ……その上、俺達の仕事を達成する上で致命的な問題も残ってる……」
「メル・ゼブブですか……? でも都市伝説創りは祓えないほど強力な霊を封印するためにあるんですよね? それならメル・ゼブブだって……」
無理やり明るい声で言うかなめに対して、卜部は首を横に振った。
「奴に都市伝説創りは使えない……」
「そんな……!? どうして……?」
「
「それを国守の連中が封印して、影響力を最小限に留めたんだろう……そんなものを都市伝説に封印して日本中にバラ撒いてみろ……? 今度こそ日本という国の霊が死ぬ。この国の霊とは、この国に住まう者達の霊……精神だ……」
卜部のその言葉でかなめは絶望的な表情を浮かべた。。
「じゃあ……一体どうするんですか……? あんなおぞましい……」
かなめの胸に生じた畏れが最後の言葉を拒絶した。
化け物……そう言おうとしたはずが言葉にならない。
そんなかなめの様子を悟って、卜部はずいとかなめに近寄った。
「奴が怖いか?」
真っ直ぐに自分を見つめる卜部の目を見ることが出来ず、かなめは咄嗟に視線を逸らした。
「正直に言って構わん……」
角の取れた卜部の声色に釣られて、かなめはおずおずと口を開く。
「怖い……です……すごく……」
「なら簡単な恐怖の乗り越え方を教えてやる……!!」
卜部は元の場所に戻ると、不便そうに片手でタバコに火を付けた。
「どうやるんですか!? 教えてください……!!」
卜部はゆっくり紫煙を吐き出してから言った。
「もっと怖いことを思い浮かべろ……」
「なんですかそれ!? 冗談か何かですか!?」
かなめは乗り出していた身体を引っ込めてため息をついた。
「冗談じゃない。本気だ……」
卜部の目の奥に鈍い光が揺れた。
それを見てかなめは思わず姿勢を正す。
「奴の持っている恐怖は突き詰めれば死の恐怖だ。俺は死ぬことは怖くない……怖いのは……」
そこまで言って卜部の顔に一瞬後悔の色が滲んだ。
「何ですか!? 教えてください!! 何が怖いんですか!?」
はぐらかされまいとかなめが詰め寄る。
卜部は小さく舌打ちをしてから頭を掻きむしった。
「ええい……言うんじゃなかった……くそ……」
「あっ……烏丸先生ですか……?」
かなめが覗き込むように言うと卜部のチョップが飛んできた。
「い゙ったあぁぁい!!」
「あんなものは怖くもなんとも無い!!」
「嘘です!! 俺はあの人が恐ろしい……って言ってたじゃないですか!?」
卜部の手が届かない距離からかなめは物真似を交えて言った。
「言ってない……」
「言いました!!」
「言ってない……」
睨み合いの末、卜部がため息をついて口を開く。
「仮にだ……仮に言ったとしても、それが俺の怖いものじゃない……」
「じゃあ何なんですか……?」
盾にした鞄の影からかなめが尋ねる。
「俺が怖いのは……成すべきこと成せずに死ぬことだ……俺には…必ず成さねばならぬことがある……それまでは絶対に死なん……!!」
それを聞いたかなめが次なる質問を投げかけようとした時卜部の背後でうめき声が上がった。
二人が同時に目をやると、大畑が傷口を押さえながら上半身を起き上がらせた。
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