烏丸麗子の御遣い㊿


 恐る恐るかなめが目を開くと、大畑が覆いかぶさるようにしてかなめを庇っていた。

 

「大畑さん……!!」


 

 大畑さんを守らないと……!!



 慌てて軍刀男の方を見やったかなめは息を呑む。

 

 地に伏した軍刀男の背後には黒い影が立っていた。

 

 天井に取り付けられたハロゲン灯の強い逆光が、そこに立つ人物の輪郭を縁取っている。

 


「先生……」

 

 

 堪えていた涙が溢れ出し、かなめは泣きながら卜部に飛びついた。

 

「よくやった……お前が祓ったのか……?」

 

 卜部は周囲を見回して感嘆の声を漏らす。

 


「よぐわからないですけど……お願いじたら皆わがってくれまじた……」

 

 卜部の服を握りしめながらかなめは卜部の顔を見上げた。

 

「ぞれ゙より゙も……先生が無事でよがったです……」


 その時かなめは卜部の左手の違和感に気が付き卜部の手を取った。



「せ、先生……!! 指が……指が……!!」


 卜部は慌ててその手を引っ込め、ポケットに突っ込み言う。

 

「心配するな。そのうち生えるだろう……」

 

「生えるわけ無いじゃないですか!? 早く手当しないと……!!」

 

「ええい……!! 大丈夫だと言ってる……!! そんなことより、今は大畑さんだ……!!」

 

 卜部は右手でかなめを押し退け、大畑のもとに向かった。


 大畑は倒れたまま脇腹を抑えて苦しそうに喘いでいる。



「あんたのお陰で……切られずにすんだが……蛆が内臓を食い荒らしてる……」

 

 卜部がシャツをめくると脇腹が紫の斑状に内出血を起こしていた。

 

「とにかくアジトに戻るぞ……そこで蛆を除去する……行くぞかめ……!!」



「かなめです……!!」


 かなめは涙を拭って卜部と反対の側から大畑に肩を貸した。



「すまねぇ……すまねぇ……本当にすまねぇ……」

 


 二人に挟まれるようにして運ばれる間中、大畑はぽろぽろと涙を溢しながらつぶやいていた。

 


 

 


 木箱を繋げて急拵えした台の上に縛られた大畑に向かって卜部が言う。

 

「いいか大畑さん……ここには器具も麻酔もない……相当痛むから覚悟してくれ……」

 

 咥えた板切れを強く噛み締めながら、大畑が頷く。

 

 処置をする前からすでに大畑の顔色は真っ青だった。

 

「かめ……!! 見ての通り俺は左手が使えん……!! 傷口はお前が開いておいてくれ……質問は?」

 

 かなめは黙って首を振った。

 

「よし……それでは……始めるぞ……」

 

 卜部は焚き火でナイフを炙ると左手で大畑の左脇腹を押さえた。

 

 卜部がナイフを当てようとしたその時だった。

 

 

「待て……!! 待ってくれ……!!」

 

 堪らず大畑が叫んだ。

 

「何だ……?」

 

 卜部が目を細めて大畑を睨んだ。

 

 

「そ、そこの木箱の後ろに、とっておきが隠してある……!! ブランデーだ……!! 飲ませてくれ……!!」

 

 卜部はかなめに目で合図を送った。

 

 かなめは頷き木箱の裏からブランデーの瓶を持って帰ってきた。

 

 

「恩にきるよ……」

 

 そう言って大畑は横になったままブランデーを一気に煽った。

 

 かなめが板切れを差し出すと、大畑は覚悟を決めたように再びそれを噛み締めた。

 


「いくぞ……」

 

 卜部はブランデーで手を洗うと、今度こそ大畑の脇腹に刃を当てた。

 

 迷いのない真っ直ぐな赤い線が大畑の脇腹に描かれる。

 

 大畑は声を上げずにじっと痛みに耐えていた。

 

 

「かめ……この状態で押さえておけ……」

 

 卜部の指示でかなめは大畑の傷口を広げるように指をかけた。

 

 

「ぐぅうううううううううっ……!!」

 

 同時に大畑がうめき声を上げる。

 

 手を緩めそうになるかなめに卜部が怒鳴った。

 

 

「しっかり持ってろ……!!」

 

 

「っはい……!! 大畑さん頑張って……!!」



 かなめは大畑の方を見て声をかけた。

 

 脂汗を浮かべた大畑がこくこくと頷く。

 


「出血が酷い……少し痛むぞ……?」

 

 そう言って卜部は先程のウイスキーを傷口に注いだ。

 

「うううううううううううううううううう」

 

 大畑が悲鳴を上げる。

 

 卜部はさらに深くまでナイフを進めていく。

 

 その度に大畑は断末魔のような悲鳴をあげて頭を台に打ち付けた。

 

「大畑さん……!! もう少しだから頑張って……!!」

 

 かなめは震えそうになる手を必死で抑えて傷口を開いていた。

 

 ぶるぶるとした血餅や紫に変色した肉をかき分け、とうとう腎臓が姿を現した時、白いがのたうつのがかなめの目に映った。



「先生……!! いました……!!」


「よし……引きずり出す……!! オン ガルダヤ ソワカ……!!」



 卜部は真言を唱えながら蛆の尾を掴んで引きずり出す。

 

 すると異様に長い一匹の蛆が腎臓の裏側からずるずると伸びてきた。

 

 

「ぐううううううう……!! うううううううう……!! んぐうううううううう……!!」

 

 大畑は一際大きく叫ぶとがっくりと項垂れて口から泡を吹いた。

 

 

「先生……!! 大畑さんが!!」

 

「気を失ってるだけだ……!! おそらくだが……それより今はこいつだ……」


 卜部は目を閉じ深呼吸した。


ジャク ウン バン コク……!! 鉤召……索引……鎖縛……遍入……!!」

 

 卜部の真言で蛆の身体が激しく収縮した。


 卜部はその隙を見逃さず蛆を引きずり出すと、焚き火の中に放り込んで大きく息を付いた。

 

 

「よし……傷を閉じるぞ……ソーイングセット持って来い……」


 

 全ての処置が済むと卜部は床に大の字に倒れ込んだ。

 

 縫い針と糸で傷を塞ぐ間も、大畑は目を覚まさなかった。

 

 気絶したままの大畑を横目に卜部がつぶやく。

 


「大畑さんが目を覚ますまで、俺達もここに潜む……外界での事故は続くが……今の状態では勝ち目がない……」

 


 自分に言い聞かせるようにこぼす卜部を見つめてかなめも黙って頷いた。

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