烏丸麗子の御遣い㊼
大畑が震えながら口ごもっていると声が聞こえた。
その声で全員の視線が卜部に集まる。
メル・ゼブブに封じられていたはずの卜部が、いつの間にか数珠のついたロザリオを握り、黒い革張りの本を開いてメル・ゼブブを睨みつけていた。
「やめておけ……!! たとえ眷属になってこの場を切り抜けても待っているのは今以上の地獄だけだ……!!」
前に出ようとする青木をメル・ゼブブが笑顔で制した。
「たかが人間二人に、蠅の女王ともあろうお方が随分ご執心のようだな……? そうまでして躍起になってるのは
卜部はそう言ってにやりと嗤うが、不敵な笑みとは裏腹に、その額には大量の汗が滲んでいる。
「大畑さん……!! あんたの娘はこいつらにとっての特異点だ……!! ここに囚えたはずが、何故かあんたの娘は外にいる……!!」
「こいつらは娘に手を出せない……!!」
卜部のその言葉が蝿の女王の地雷を踏んだ。
先程まで微笑を浮かべていたメル・ゼブブは怒りを露わにして卜部に手を向ける。
みちみちみちみちみちみちみちみち……
卜部は磔にされたような姿勢で宙に浮いた。
卜部の顔は苦悶に歪み、聞いたことのないような悲鳴を上げる。
「先生……!!」
恐怖で動けなかったかなめの体内に一気に血が流れたような気がした。
弾かれるように立ち上がり、かなめは卜部に駆け寄ろうとする。
「く……!! 来るなァァああ!!」
裏返った声で卜部が叫んだ。
「お前は……助手だろうが……!! 生命線は大畑とその娘だ……!! 連れて行け……!!」
痛みに喘ぎながら絶え絶えに卜部が吠える。
「でも……でも……」
「行け……!! 行けええぇえぇええええええええええええ……!!」
かなめは大畑の手を掴んで駆け出した。
すかさず青木が二人を追いかけようと身構える。
「い゛がさん゛……!!」
卜部は目から血を流しながら青木を睨みつけて手印を切った。
「カーン゛……!!」
発声と同時に、青木の周囲を青白い焔が覆った。
「ぐっ……!! これは……!?」
みるみるうちに青木の皮膚が焼け爛れて塵になっていく。
堪らず青木は焔の外に退いた。
メル・ゼブブはそんな青木に冷酷な視線を送った。
両眼に空いた孔から二匹の蛆が青木を睨みつける。
「も……申し訳ございません……」
ひれ伏す青木には目もくれず、メル・ゼブブは逃げるかなめ達に手を伸ばす。
「ああああああああああああああああああああ……!!」
卜部は叫び声とも悲鳴ともとれるような大声を上げて、メル・ゼブブの力を振りほどいた。
同時にぶちぶちと何かが千切れるような嫌な音が響く。
それでも構わず卜部は呪縛を振り切ってロザリオの付いた数珠でメル・ゼブブの手を縛った。
「
(深い淵の鍵を……!! )
卜部がそこまで唱えるとメル・ゼブブは血相を変えて卜部をその手で打ち払った。
巨大な蛆に変貌した手が卜部を棒切のように吹き飛ばす。
卜部はかなめ達が神殿から逃げおおせたのを確認すると、よろよろと立ち上がった。
「さあ……出番だ……俺が逃げる時間くらいは稼いでくれよ……」
卜部は左の手首を右手で掴んで静かに唱えた。
「
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