烏丸麗子の御遣い㊺
気が付くと全身がガクガクと震えていた。
逃げ出したいと心の底から思ったが身体が言うことを聞かない。
そんなかなめのことなどお構いなしに糞山の君は優雅な所作で玉座から立ち上がった。
そうして数歩進んだ先には、大人の身丈ほどもある蛆達が女王の前に跪くようにして身を捩っている。
しかしどうも様子がおかしい。
彼らは何かに必死で耐えているようだった。
「始まるぞ……眷属の儀が……」
卜部が絞り出すように言った。
「奴らが儀式に集中している間に逃げるぞ……!!」
そう言って卜部は背後の壁に出来た岩の裂け目を盗み見る。
かなめが頷き走り出そうとしたその時だった。
パチン……
糞山の君が指を鳴らした。
気が付くと三人は先程まで立っていた場所ではなく、玉座のすぐ側に立っている。
「女王陛下は儀式を見届けるようにと仰っております」
そう言って玉座の背後から気味の悪いマスクを被った男が姿を現した。
嘴のような突起と、大きな目玉のような黒レンズの付いたペストマスクの奥から聞こえるその声に、かなめは小さくつぶやいた。
「青木さん……?」
青木は舞台役者のように大げさな手振りで礼をしただけでそれ以上何も言葉を発さない。
パチン……
再び女王の指が鳴った。
その音とともに、意志の力を無視して三人の首が儀式の方へと回転する。
かなめの本能が見るなと告げる。
しかし本能の声に従おうにもかなめの両目は閉じることを許されなかった。
必死に見まいとする視線の先では六匹の人面蛆が涙を流しながら顔を仰け反っている。
彼らの前にはうず高く積まれた糞の山が酷い臭気を放っていた。
小さな蛆が集った溶けかけの糞の山……
かなめは即座に彼らが何に抗っているのか理解した。
「
女王がそう言った途端、今まで必死に抗っていた人面蛆達が一斉に糞山に顔を埋める。
「ああああああああああああああああああ」
「いやだだだだだだだだだだだだだだだだ」
「おええええええ……おええええええええ」
泣き叫びながら糞を貪る蛆にかなめは吐き気を催した。
それでも、ただただ震えて涙を浮かべることしか許されぬかなめは、人面蛆達の宴を見守るしかなかった。
あれほど抵抗していた人面蛆達の呻き声はいつしか鳴り止み、今ではぐちゅぐちゅという咀嚼音だけが地下の神殿に木霊している。
必死に糞の山を貪り喰う彼らの変貌ぶりにかなめは心の底から恐怖した。
真剣な眼差しで獲物を喰らう彼らに、もはや人の心は残っていないように見える。
「素晴らしいでしょう? どれだけ初めは拒んでも甘い蜜の味を知ってしまえば人は抗うことが出来ない……たとえそれが糞の山だとわかっていても……」
ペストマスクの奥で青木が恍惚の表情を浮かべているのがわかる。
卜部はそんな青木に吐き捨てるように言った。
「烏丸麗子から尻尾を巻いて逃げた負け犬が、まるで自分のことでも自慢するように語るんだな……? 貴様はいくつになっても母親のデカいケツに乗ったまま、自分がデカくなったと勘違いしてるガキだ……!!」
「ふん……大事な助手の解呪をママに手伝ってもらうガキには言われたくないね……」
二人が睨み合っているのを見て、糞山の君は声を出さずにクスクスと嗤った。
いつの間にか視線の自由が戻ったかなめは、改めて脅威の姿を目の当たりにする。
真っ白な肌に青みがかった美しい黒髪が垂れ下がり、髪に隠れた目を見ることは出来ない。
ビロードのような黒を基調に、鮮烈な赫の刺繍が入った外套を素肌に羽織ったその姿は、妖艶で美しくさえある。
しかしかなめの本能がその美しさを拒絶した。
吐き気が止まらないのだ。
バラのような香りが鼻を突くたびに、彼女がする一挙一動が目につくたびに、腹の底から凄まじい嫌悪が迫り上がってくる。
「うっ……おええええええええ……」
かなめはとうとう堪えきれずに嘔吐した。
胃の中身を吐き尽くして顔を上げると、そこには糞山の君たる、真の姿が
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