烏丸麗子の御遣い㊹


「そろそろまことちゃん、に謁見してる頃かしらね……」


 烏丸はそう言って血の滴るラム肉を頬張っていた。


 バルサミコのソースとピンクペッパーを絡めて二口目を口に運ぶ。


「あそこにはおいでなのですか?」

 

 烏丸のグラスに赤ワインを注ぎながらが尋ねると、烏丸は満面の笑みで言った。

 

をご存知?」

 

バアルゼブブ糞山のことですね?」

 

「そうよ。彼の元々の名はバアル・。古代メソポタミアの言葉で或いは

 

「しかし唯一神ヤウェに仕える民がそれを文字って糞山の王バアル・ゼブブと呼んだ」


 烏丸は目を細めて赤ワインを口にする。


「存じ上げております……しかしあのバアル・ゼブブが日本の地下に封印されているとは信じられません……」

 

 烏が眉を潜めてそう言うと烏丸は手をひらひらさせながら応える。

 

「話を急ぐもんじゃないわ!? 誰もバアル・ゼブブとは言ってないでしょ?」

 

「では一体?」

 

「バアル・ゼブブの后……糞山の君ウメルケト・ゼブブよ」

 

 烏は危うく手に持っていたボトルを落としそうになった。

 

「糞山の君はの異名を持つ強力な邪神……疫病と腐敗を司る」

 

 烏丸は光にワインを透かして眺めながら、うっとりした表情を浮かべた。

 

「そんなものがなぜこの国の地下に……?」

 

 

「ふふふ……気になるの?」

 

 邪悪な紫の光を両眼に湛えて烏丸が微笑した。

 

「はい……」

 

 烏はそう言って静かに頷いた。



「ふふふ……!! いいわ!! 今夜は気分が良いから教えたげる!! 日本はね? 敗戦と共にアメリカに支配されたのよ! 教育を奪われ、食料を奪われ、そして……」


 

「信仰を奪われた……!!」


 

 そう言った途端烏丸の顔に暗い影が差し、憎悪の火が両目に宿った。

 

 食器がカタカタと音を立てたかと思うと、突風が吹付け全ての窓が一斉に開く。


 

「何も戦後だけの話じゃない……外界の蛆虫共は何度も何度もこの国に土足で踏み込んでは支配する機会を狙ってきたわ。という仮面を被り、民を誘惑しようと……ね?」

 

 

「それでもね! 敗戦までは持ちこたえてきたの! それがよ? ……!!」

 

 

「GHQは日本のを奪い去った挙げ句、代わりにを堕としていったの。都心の地下深くに……ね」

 

 烏丸は人差し指で地面を指差しながら憎悪で顔を歪て言った。

 

 

「おかげでどうなったと思う? この国の霊性は穢れてしまった……文字通りしたの。誰もに目を向けない。見ているのは目先の快楽と目先の苦しみだけ……」


  

「この国はね……? 永遠というへの渇望を失ったのよ……そうなっては人は動物と変わらない……わかるかしら?」


 烏丸はピースに火を点け重たい紫煙を烏に向かって吐きかけた。


 烏は表情一つ変えずに煙を受け切ってから口を開く。

 

 

「そこまでのお思いがあるのならば、主様ぬしさまが直々にしまわれればよいではありませんか……? あのようなに任せずとも主様なら……」

 

 

「お馬鹿。出来ない理由があるのよ。との契約でね……日本の存続と引き換えに手を出せないことになってるのよ……」

 

「そこに目を付けたは、糞山の君の元へと逃げ込んだわけ……」

 

 

 タバコをもみ消し烏丸は笑った。

 

「でもいいわ! お陰でいい口実が出来た! 私は契約通り手を出さない。代わりに私の可愛いまことちゃんが手を下す……そして……」

 

 

「彼が苦悩と絶望に打ちひしがれて、もっともっと素敵な味に熟成したら、一番得をするのは……この私……」

 


 烏丸はそう言って舌なめずりした。


 邪悪で底意地の悪い笑みを浮かべながら。 



「どっちに転んでも私は欲しいものを手に入れる……楽しみね? ふふふ……」

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