烏丸麗子の御遣い㊸
腰まで水に浸かりながら卜部達は暗闇の奥へ奥へと進んでいた。
蛆男の自死を介添えして以来、卜部は一言も言葉を発していない。
固く心を閉ざした卜部の隣を歩きながら、かなめは何とか卜部の心に寄り添う術を模索する。
しかし妙案は何も浮かばぬまま、安い慰めの言葉が浮かんでは消え、浮かんではまた背後の闇へと消えていった。
ランプを水に浸けないよう高く掲げて先頭を行く大畑の背中を見つめながら、かなめは先程卜部が耳打ちした言葉を思い出す。
「いいか……大畑は……奴は恐らく怪異と何らかの契約をしている……」
迷いなく暗闇を進む大畑の背中が、卜部の言葉を裏付けているような気がした。
それなのにどうして卜部が大畑に付いていくのかが、かなめにはわからなかった。
わからないことだらけで自分が嫌になる。
そんな時、ふと烏丸の言葉が脳裏に過った。
「あなた本当に何も聞かされてないのね……?」
闇と光の境目に烏丸の姿がぼんやりと浮かび上がり、意地の悪い笑みを浮かべてかなめを覗き込んだような気がした。
そのとおりだ……わたしは先生のことを何も知らない……
それでもかなめは卜部の隣を歩くことを諦めない。
死が充満する暗い地下で、腰まで水に浸かりながらも、かなめは卜部に付いて行く。
先生の助手それだけが、かなめが持つ烏丸とも他の誰とも違う卜部との特別な繋がりだった。
そんな細く頼りない糸を切らぬよう、そしてそのあやふやな立場を奪われぬよう、かなめは卜部に付いて行く。
そう思ってかなめが顔を上げると、烏丸はつまらなそうな顔を浮かべて闇に霧散していった。
「あそこです……」
その時大畑が抑揚の無い声でつぶやいた。
見ると黄色い光が岩の割れ目から差し込んでいる。
「ほ、本当にあんたはあの化け物を抑えておけるのか……?」
振り返り卜部に問いかける大畑の声は震えていた。
卜部は少し間を置いてから、大畑の目を真っ直ぐ見据えて言う。
「ああ。ただし、あんたが俺を裏切らなければな……」
その言葉に大畑の表情はみるみる強張っていった。
やがて観念したように大畑はつぶやく。
「わかってて付いてきたのか……?」
「ああ。自力ではここにたどり着けない。手引が要るのはわかっていたからな……」
その言葉に大畑は驚いた顔をする。
「最初におかしいと思ったのはアジトに通じる通路の結界だ。初めは国守の連中が書いたものかと思ったが、アレには国守が絶対に使わない西洋の術式が組み込まれていた」
「それなのにあんたはその文字は初めからあったと言った。そこで俺はあんたがあれを書いた奴を知っていて隠したと仮定した」
「次におかしいと思ったのはこの先にいる存在をあんたが恐れていたことだ。この先にいるのは見た者を逃がすような生易しい怪異じゃない。怪異という領域を超えた
なおも押し黙る大畑に卜部は迫って言う。
「脱出することも、娘を見つけることも出来ず途方に暮れていたあんたの元に、数日前、突然青木がやって来た……そこで奴はあんたに何かしらの取引を持ちかけた……」
「いや……あんたは奴に脅されたと言ったほうが正しいか……?」
大畑とかなめはそれを聞いて同時に目を見開いた。
「死んだ娘の魂を救いたいなら全て話せ……」
大畑は俯いていた顔を上げて卜部の目を見た。
その目には覚悟の色が滲んでいる。
「卜部さん……かなめちゃん……逃げてくれ……!!」
「逃げろおおおおおおおおおお!!」
大畑の叫び声と同時に辺りを覆っていた岩壁が一瞬で消え去り、気が付くと三人は黄土色のレンガで作られた
篝火が煌々と照らす円蓋の奥には肉で出来た不気味な玉座があり、そこには黒い外套を纏った真っ白な女が腰掛けている。
「
卜部は額から冷や汗を流して小さくつぶやいた。
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