烏丸麗子の御遣い㊶


「かめ……!! 嫌な予感がする……何が出ても心を開くんじゃないぞ……!!」

 

 卜部の真剣な声にかなめは唇をぐっと噛み締めて頷いた。

 

「大畑さん……あんたが先頭だ。何かあったら援護する……」

 

 

 ぎょっとしたような顔を浮かべてから、大畑は覚悟を決めて頷き闇へと踏み出した。

 

 大畑の右手に持ったランプがゆらゆらと揺れて辺りをぼんやりと橙色に照らしていた。

 

 壁からはところどころ水が滴り、ゆるい勾配の斜面を下って奥へ奥へと流れていく。

 


 揺れる影が不気味に踊っていた。

 

 誘うように揺れる影が時折の動きを無視しているように感じてかなめの背筋にぞくりと悪寒が走った。

 

 

「あれです……とてもおぞましい……」

 

 大畑はランプを高く掲げて前方を照らした。

 

 

「ひっ……」

 

 照らし出された無数の白い球体を見てかなめが小さく悲鳴を上げる。

 


「これで親玉の正体がはっきりした……」

 

 ぼそりとつぶやく卜部の横顔をかなめは盗み見た。

 

 卜部は悲痛な表情を浮かべて唇を噛み締めている。


 その頬にはすぅ……と一筋の汗が伝っていた。

 

 


「一体この奥に何がいるんですか……?」

 

 

 かなめはもう一度ふさのように垂れ下がった無数の球体に目をやった。

 

 球体の中には苦悶の表情を浮かべたがうっすらと透けて見えている。

 

 性別も年齢もてんでバラバラだったが不思議と子供や赤ん坊の姿は見当たらない。

 


 それは明らかにだった。

 

 にも関わらず中に詰まっているのは苦悶に歪んだ大人の顔ばかりなことに、かなめは得体の知れない恐怖を抱く。

 

 


 パキパキ……

 

 

 咄嗟に音の方に明かりを向けると、卵の一つが割れかかっていた。

 

 恐ろしい光景にも関わらず目が離せない。


 かなめはきつく手を握りしめながらその光景を固唾をのんで見つめていた。



 とうとう粘液で濡れた殻を押し破って中から巨大な蛆が姿を現す。


 蛆の顔は成人した男のようだった。


 男の顔は絶望の表情を浮かべて自分の身体を見ながら口をパクパクと開け閉めする。



「キィイイイイイイイイイイイイイイイイ……!!」



 蛆の身体を震わせながら、男はやがて天井を仰いで断末魔のような叫び声を上げた。




「かめ……同情するな。それが無理なら目を閉じてろ……」

 

 卜部はそう言って蛆に歩み寄った。

 

 

「俺の言葉が理解るか……?」

 

 男の顔が恐怖に引きつりながら小さく頷く。

 

「お前がここから抜け出すためには死ななければならない……」

 

 蛆の身体がぎゅぅ……と縮んだ。

 

 それに合わせて男の顔も暗がりに引っ込んでしまう。

 

 

「死を拒み……この世に縋り付けば……お前に待っているのは眷属としてのだけだ……」

 

 卜部はそう言って懐から小さなバタフライナイフを取り出した。

 


「キィイイイイイイイイイイイイイイイイ……!!」

 

 再び男は叫び声を上げた。

 

 恐怖と怒りに満ちた眼が暗がりから卜部を睨みつけている。

 

終わりにするんだ……機会は今しかない……眷属になれば、望んでも死は二度と訪れない……!!」

 

 そう言って卜部はナイフを構えて固まった。

 

 男は切っ先を見つめて震えている。

 

「輪廻に戻ってカルマと向き合え……俺からの最後の忠告だ……」

 

 

「あ……あ……あああああああああああああああああああ!!」

 

 男は叫ぶと涙を流しながらナイフに飛び込んだ。

 

 蛆の身体はを阻止しようと必死に抵抗していたが男は暴れる胴体を引きずって喉元に白刃を受け入れた。

 

 柔らかい蛆の皮膚を突き破り乳白色の粘液が辺りに飛び散る。

 

 小刻みに痙攣しながら男は卜部を見て口をパクパクと動かすと、目を見開いたまま絶命した。

 

 

 卜部はナイフを引き抜き半紙で刃を拭うと立ち上がって言った。

 

 

「行くぞ……」

 

 

 その声は無機質で冷たかった。

 

 しかしそれが、いつもの邪悪に対して吐く冷たさとは違う事に気づき、かなめの胸がずきりと痛む。

 

 かける言葉が見つからぬまま、かなめは卜部について水の溜まった洞窟の奥へと歩みを進めるのだった。

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