烏丸麗子の御遣い㊴

 

「貴様ら……!! 何をやっている!?」


 ずんずんとこちらに歩み寄ってくる隊長を前に、大畑の顔がみるみる強張っていった。


 今にも叫びだしそうな大畑を卜部が身振りで制する。


 その間にも恐ろしい形相を浮かべて隊長はこちらに向かって歩いてきた。


 思わずかなめが目をつぶろうとした時、隊長は三人を素通りして側にあった木箱の上に飛び乗り叫んだ。

 


「これは……天皇陛下の御業である……!!」

 

 地下壕全体にざわめきが広がった。

 

「上官を疑うとは何事かああああああああ!!」

 

 狂気じみた声が空間を埋め尽くす。

 

 その瞬間兵隊達は一斉に気をつけの姿勢を取って掛け声をあげた。

 

 静まり返った兵隊達を順に睨みつけながら隊長は口を開く。

 

 

「いいか? 天皇陛下は……!! 我々が……!! この暗い地下で!! 国家安泰の礎として……!! 天皇陛下の御為に……!! 辛く苦しい作業に従事していることをご存知なのだ……!!」


「我々は……天皇陛下が創り上げる八紘一宇はっこういちうの家族である……!! ここで共に生き、共に死ぬのである……!!」

 

「我々が死に……骨はここに埋もれたとしても……!! 決して忘らるることはなく……!! 国家の礎となり……!! そこに住む民の支えとなり……!! 生き続ける……!!」


「今は秘密組織ではあるが……この戦争に勝利し、大東亜共栄圏を確立した暁には……!! 諸君の生き様は……帝国軍東京地下鉄道部隊の名とともに!! 千年先……二千年先の未来にも語り継がれるのだ……!!」

 


 多くの者が涙を流し、嗚咽を漏らしながらその演説を聞いていた。

 


 彼等の中にある国を想う強い気持ちをかなめは知らない。

 

 彼等にあって自分には無い、力強さにも似た

 

 を目の当たりにしたかなめの胸の中に、小さな熱い何かが灯った。


 その名もなき小さな火種は、戦争を忘れ、文明を消費し、利己的な不平をこぼしていた自分を炙りだす。

 

 その鈍い痛みを通して見る彼等の瞳は、どれも澄み切っているように思えた。

 

 

 卜部に肩を叩かれかなめは我に返った。

 

 顎で壁の割れ目を指し、卜部は進むように合図する。

 

 かなめはその合図に黙って頷いた。



 

 割れ目まであと僅かに迫った時、誰かが叫ぶ声がした。

 

 

「スパイだあああああああ!! 割れ目に逃げ込むぞおおおおおお!!」

 


 その声でその場にいる兵隊達が一斉に卜部達の方を見た。

 

 その顔を見てかなめは思わず絶句する。



 兵隊達には先程まであったはずの顔が無くなっていたのだ。

 

 のっぺりとしたその顔は、まるで灰色がかった薄い皮膚が顔全体に張り付いたかのようだった。


 そこにぽっかりと空いた口の奥には深い闇が待ち構えている。

 

 

「裏切り者……」

 

「俺達を忘れた非国民……」

 

「のうのうと生きる蛆虫め……」

 

 口々に呪いの言葉を吐きながら、顔の無い兵隊達はぞろぞろと卜部達の方に集まってきた。



 どん……

 

 後退ったかなめの背に何かがぶつかった。

 

 一気に呼吸が浅くなり、心臓が狂ったような音を立て始める。


 恐る恐る振り向くと、そこには顔のない隊長が立っていた。


 隊長はかなめの肩を掴んで耳元で囁いた。

 

 

「穴を掘らせてやろう……ここで……永遠に……我々と共に……」

 


「い、嫌です……!!」

 

 かなめは手を払いのけようとしたが、軍人の強い手はびくともしない。 


 

 卜部に助けを求めようと辺りを見回したが、卜部の姿は何処にもなかった。



「先生……!? 先生……!?」




「八紘一宇……八紘一宇……八紘一宇……八紘一宇……」

 

 叫ぶかなめを取り囲むようにして、兵隊達は虚ろな声を揃えて繰り返し言った。

 

 その声は開けた坑道の中で反響し、脳の中にまで染み込んでいく。

 

「あ……ああ……」

 

 かなめの目から意志に反して大粒の涙が溢れだした。

 


「非国民を辞めて、家族になるんだ……? もう寂しくない……皆一緒だ……我々は家族だ……ほら……?」


 

 隊長はそう言って人の皮膚で出来たマスクを差し出した。

 

 継ぎ接ぎの人皮がとかなめの肌に触れる。

 


 全身に鳥肌が立った。


 かなめは逃げ出そうと試みたが、足に力が入らない。

 

「我々は君を捨てない。永遠に家族だ。八紘一宇八紘一宇八紘一宇八紘一宇八紘一宇八紘一宇八紘一宇八紘一宇……!!」

 

 

「先生……」

 

 蚊の鳴くような弱々しい声でかなめは絞り出すように言った。



……!!」

 

 頭の中で声がした。

 

「先生……!?」

 

……!!」

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