烏丸麗子の御遣い㉟
「かめ……!! お前はあっちを手伝え……!!」
「先生は!?」
「確かめることがある……」
卜部はそう言っていつものがま口から何かを取り出すと、ドアの前に立ちふさがった。
「お……おい……!? 何やってる!? あの化け物と戦うつもりか!?」
大畑は作業する手を止め振り向き叫んだ。
かなめはそんな大畑の隣に走っていって木箱を退けながら言う。
「大丈夫です……!! 先生がああ言うからには何か手があるんです!! それよりこっちは早く出口を!!」
「さあ来い……力比べといこう……」
卜部はドアの方に目をやり不敵に笑った。
木製のドアがみりみりと音を立て始めた。
卜部は何やら考え込みながら蛆の体液をじっと睨んでいた。
そうする間にも蝶番の留め金が次々と弾け飛び、ドア枠いっぱいみっちりと詰まった蛆の顔が露わになった。
顔と言っても目や鼻は確認できない。
あるのは収縮を繰り返す輪状の口だけだった。
どこか哺乳類の肛門を思わせるようなその孔はぴったりと閉じてはいたが、獲物を呑み込まんと一定のリズムで蠕動運動しながら卜部の方を睨みつけている。
「蛆虫風情がガンを飛ばすとはいい度胸だ……!!」
卜部はそう言って白い布に
「
卜部が合唱して叫ぶと干からびた指がパキリと音を立てる。
かなめはその指に見覚えがあった。
パキパキと音を立てながら形を変えていくその指は、かつて
その時の恐怖を思い出し、かなめの背筋にゾクリと悪寒が走った。
「普賢菩薩の
卜部が真言を唱えると、干からびた指は粉々に砕け散ってしまった。
蛆はぶくぶくに膨らんだ身体を細く伸ばして部屋の中に入ってくる。
辺りは蛆の粘液でぬめり、独特の甘ったるい臭いが漂ってきた。
「ふ、不発か……!? 早く逃げないと……!!」
大畑は手に持っていた木箱を落とし青い顔で叫んだ。
しかしかなめは慌てふためく大畑を無視して木箱を退けながら言う。
「大丈夫です……!! 先生は怪異に負けたことないですから……!! これ重い……!! 大畑さん手伝って……!!」
「でも……切り札みたいなやつは粉々になって……」
どしん……!!
ものすごい音がして振り返ると、蛆が卜部の前でのたうち回っているのが見えた。
蛆は床を転げ回りながら必死に何かを振り払おうと藻掻いているようだった。
「一体何が……!?」
「多分蟲です……!! さっき先生が投げたのは、おぞましい蟲の呪物の指なんです……!!」
大畑が目を凝らすと蛆の体表に虹色に光る小さな点が大量に噛みついているのが見えた。
「
思わずつぶやいた大畑に、卜部は合唱しながら続けていた読経を止め、振り返って言う。
「そうだ。斑猫は食肉性の凶暴な昆虫だ。こいつらにとって蛆は捕食対象に過ぎん。仕上げだ……
卜部の真言に応えるように、斑猫達が一斉に蛆の皮膚を食い破って体内に侵入した。
蛆は体液を撒き散らしながらその場に倒れ込むと、内側から食い荒らされて跡形もなく消えてしまった。
床に残った体液溜りの中には、干からびた指が一本、ことりと落ちていた。
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