烏丸麗子の御遣い㉞


 大畑の根城には木箱の残骸が散らばっていた。


 どうやらそこは陸軍の物資を保管するための倉庫のようだった


 大畑は奥の方から大事そうに木箱を抱えてやって来ると中を見せて二人に笑いかけた。

 

「へへ……もうこれだけしか残ってないが……あんたらが来てくれたからもう必要ないだろう……」

 

 大畑は申し訳無さそうに、少し照れたようにそう言いうと、カレー粉の入った缶を摘み上げた。

 

「こいつで味付けしたが最高なんだが……」


「えっ……!?」 


 それを聞いたかなめの表情が一瞬こわばる。

 

 大畑はそれに気が付き慌てて手を振った。

 

「いやいや……!! 今日は鼠がないんだ……!! だからこの豆の缶詰とカレー粉にするから安心してくれ……!!」

 


 あらためてかなめは大畑がここで過ごしてきた壮絶な日々のことを思った。

 

 怪異に怯えながら一人孤独に耐えて、狭く薄暗い坑道の中で娘を探し続けてきたのだ。


 

 そこまで考えてふとかなめの脳裏に何かが引っ掛かったような気がした。


 

「あんたはいいかもしれんが、俺たちは慣れないを食って腹を壊したら洒落にならん……」

 

 卜部は大畑の持っていたカレー粉の缶を手に取り眺めると、顔をしかめて言う。


「おいかめ……!! 飯の準備だ……!!」 


「了解です!! 亀じゃありません!」

 


 そう言ってかなめはリュックからレトルトのカレーとパックのご飯を取り出した。


 大畑はそれを見つめて固まっている。 


 かなめはそんな大畑を見て無理もないと思った。


「あんたほど長居する気はないが、俺たちも長丁場を覚悟してたんでな……」

 

 卜部はそう言って木箱の残骸で焚き火の準備を始めた。

 

 

「いただきます」

 

 二人が手を合わせてカレーを食べるのを、大畑は黙って見つめていた。

 

「どうした? 食べないのか?」

 

 卜部は大畑の手に乗った紙皿とカレーを指して言う。

 

「あ……いや……久しぶりに……こうやって人と……人間の飯を食えると思ったら……なんだか……」

 

 そうつぶやく大畑の目には涙が滲んでいた。

 

「大変だったんですね……きっとうまくいきます!! ささ!! 遠慮しないで食べてください!!」

 

 かなめはそう言って大畑にカレーを勧めた。

 

 大畑は照れくさそうに涙を拭い、ゆっくりとスプーンに手を伸ばしす。

 

 

 ずしん……

 

 ドアの外で地響きがした。

 

「まずい……奴だ……!!」

 

 大畑はそう言って立ち上がると、カレーを放りだし慌てて木箱を退け始めた。

 

「あんたらも手伝ってくれ……!! 奴が来る……!!」

 

 ずしん……

 

 先程よりも近くで地響きが聞こえた。

 

 卜部は目を細めて大畑を見据えていたが、やがてゆっくり口を開く。

 

「一体何が来るんだ?」

 

「でかい蛆の化け物だ……!! 急げ……!! こっちに秘密の出口がある!! 言ってた主の場所にも繋がってる道だ……!!」


 

 ずしん……!!

 


 とうとう扉のすぐ前で地響きがした。

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